第7話 君は誰だい妖精さん?

 どうせ大ルーン分析なんてフェーズはすでに済んでいる、ということで、俺は大図書館を離れて、授業中にルーン研究を行うようになった。


 どうせ他の学生は授業に集中しているし、俺が四文字以上のルーン記述を試していたとしても、『アイツ、バカなことしてんなぁ。三文字までだってのに』とスルーしてくれると考えたのだ。


 どうせ起動しなければバレるまい。所詮はゴミカス伯爵である。侮られる立場を最大限利用するわけだ。


 ということで俺は、授業でゲーム知識の補強というか復習を行いながら、授業に出ていた。


 そしたら何かフェリシーが現れた。


 教室の前の方から。


「……」


 何で?


 俺は困惑しつつ、無言で成り行きを見守る。


 フェリシーは平然とレイブンズ先生の横に並び、それから席の方を見た。手を額のあたりに当て、遠くを見るような仕草でぐるり、だ。


 俺は呆れていた。何の意図かは知らないが、そんなことをして怒られない訳がなかろうに。


 そう思っていたから、違和感に気付くのに一拍遅れた。


「……ん?」


 何で、誰もフェリシーについて騒がないんだ?


 俺は理解に苦しんで、パチパチとまばたきをした。レイブンズ先生はフェリシーに最初から気付いていないかのように、淡々と授業を進めている。


 俺は流石に困惑して、周囲をキョロキョロと見回した。すると「何だ……?」とか「カスナーの奴、どうしたんだ」とか言い始める。教室が針のむしろで辛い。いやそういうことじゃない。


 そこでフェリシーは「あーっ! 見つけた!」と俺を指さして大声を上げた。それから、俺の方に駆け寄ってくる。


「やは、ゴット!」


「……」


 俺は、図書館のノリで堂々と近づいてきて、元気に挨拶してくるフェリシーに瞠目した。ちょっと待ってくれ色んなことがありすぎて脳が処理できてない。


「アレ? ゴット? ……もしかして、フェリシーちゃんのこと忘れちゃった?」


「忘れるか! いや、違う、そうじゃなくて」


 そこに、レイブンズ先生が言葉を差し込んでくる。


「カスナー君、私語は慎みたまえ。最近やっとまた授業に出てくれるようになったというのに、初期のように授業妨害する気かね?」


「……すいません、黙ります」


 俺は怒られて口を閉ざす。周囲では、小声で「ハッ。誰と話したんだよ、話す相手なんか居ないだろ」とか「独り言デカすぎんだよ。授業の邪魔」とか言われている。つら。


 というか。


「良かった! ゴット、フェリシーちゃんのこと忘れてなかった!」


 


 俺が目をパチパチさせながら黙っていると、フェリシーは当然のように俺の隣に座りこんだ。そしていつものように、「えへ」と笑う。可愛い。いや可愛いじゃ騙されんぞこの妖精娘め。


 俺はノートに質問を書いて、フェリシーに見せる。


『何で誰もフェリシーに気付かない? 見えてないのか?』


「? 何でゴット書いて質問するの? ……あ、そっか、それが普通だ」


 授業中だもんね、とフェリシーは言う。そう言うことじゃないのだが、と俺はもう一度メモを指で叩く。


「あ、うん。えっとね? 見えてないんじゃないよ。見えてるし、聞こえてるんだけど、んっとね、んっとね。……説明が難しい……」


 フェリシーはムムム、という顔になって考える。それから、絞り出すように続けた。


「何かね? とか何とかって。フェリシーちゃんの魔法、強いけど、制御できてないから、あらかじめフェリシーちゃんのこと知ってないと、こうなっちゃうんだって……」


 はんみーむ……? 分からん。聞いたこともない。何だそれ。


 とはいえ、何となく理解した。ブレイドルーンのキャラストーリーでも、そう言うことはままあった。


 つまりは、才能豊かだが未熟故に魔法を制御できない、というシチュエーションだ。


 詠唱で強すぎる威力が出てしまうキャラや、しばしば良くないものに体を乗っ取られてしまうキャラなどを俺は知っている。


 要するに、フェリシーはその一種、という事なのだろう。そして、それが疑似的な不可視に近い能力につながっている、ということ。


 俺は、今までのフェリシーの振る舞いの理由が垣間見えた気がして、息を吐いた。


 妙に構って欲しがるのも、何故か俺にばかり近づいてくるのも、そう言うことなのだろう。


 誰とも触れ合えない。誰とも会話できない。そんな中で、唯一俺がフェリシーを見つけた。


 ゲームで、妖精さんイベントをこなして、疑似的にフェリシーをあらかじめ知っていたが故に。


 ……ブレイドルーン開発さんよ。この設定どこに活かすつもりだったんだい? 聞かせてくれよ。


 と思うが、まぁいい。となると、と俺は改めてフェリシーを見る。


「ねね。この授業、どんなことやってるの?」


 こうやって質問してくるのは、本当に気になっているからではない。コミュニケーションに飢えて、俺と会話したいからだ。


 だから俺に絡んでくるし、俺をからかうし、ものすごいスピードで俺に懐く。それが分かって、何だか不憫で、俺はメモにさらさらと記す。


『さぁ何でしょうか?』


「む! シンキングタイム……」


 悩みだすフェリシーだが、何とも楽しそうだ。


 俺はそんな様子を眺めながら、その無邪気な姿に、改めて可愛いな、と思う。


 今までは不思議で、読めなくて、扱いに困っていた。だが、もうフェリシーの素性はある程度知れている。


 疑似的な不可視能力の魔法の天才で、その才能を制御できないが故に。だがあらかじめ自分を知っている俺には見ることが出来て、その所為で急速に懐いた。


 そこに裏なんてない。フェリシーはただ、構って欲しがりなだけの、可哀そうな少女でしかなかった。


 そこに、警戒など不要だろう。俺は今までの自分に苦笑して、ノートにさらさらとメモを書いた。


『変ないたずらしないなら、いつでも俺のところに遊びに来てもいいぞ』


「え……っ、―――本当……?」


 フェリシーは表情を空っぽにして、俺を見上げた。俺が微笑みがちに首を竦めると、口元をもにょもにょとさせて、実に嬉しそうに言う。


「も~、ゴットってば寂しがり屋さん! 仕方ないから、フェリシーちゃんがずっと一緒に居てあげるね!」


 フェリシーはそう言って、ふにゃふにゃと笑った。

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