第6話 妖精さんにルーンを教えよう
それ以降、俺が図書館に行くと必ずフェリシーが現れるようになった。
「やは、ゴット」
ふにゃっとした笑顔で現れるファンシー不思議美少女だ。そして当然のような顔をして、俺の隣に座って「えへ」と笑いかけてくる。
可愛い。いや可愛いじゃない。
俺は美少女が俺に懐いてくれるだけでちょっと絆されつつあるが、そもそもこの少女はブレイドルーンやりこみ勢の俺でさえ正体の掴めない、謎めいた少女なのだ。
俺自身がシビアな立ち位置に居る以上、ちゃんと警戒してしかるべきだろう。
そう思いながら、俺はフェリシーを横目で見る。フェリシーはくりくりした目で俺を見て言った。
「……もしかしてゴット、フェリシーちゃんのこと、忘れちゃった?」
「初対面以来、毎日会ってるのに忘れるか」
ノータイムでボケてくるじゃん。しかも塩対応の俺に対する皮肉付き。こいつやりおる。
しかし、俺の戦慄など気にもした風もなく、「流石ゴット……」と褒めてるんだかバカにしてるんだか分からないことを言ってくる。
「変な人なだけある……」
分からなくないわ。バカにしてる一択だわ。
俺は扱いあぐねて、フェリシーを無視してルーンの研究に戻ることにした。フェリシーは自分から俺の視線が外れたことが分かって、不満顔だ。
「やっぱり忘れちゃった……?」
「……その他人の記憶力に対する信用の無さは一体何なんだ」
ダメだ無視できない。何で一貫して俺の記憶力をディスってくるんだ。ただでさえ「あのー、アレ、アレだよ」と前世で言葉が出なくて悲しい思いをしていたのに。
俺が改めてフェリシーに向かうと、パァッと笑顔を華やがせた。チクショウ可愛いぞ。美少女は得だなぁ。
「またルーン?」
フェリシーは俺のノートを確認して聞いてくる。俺は警戒してそっとフェリシーの視界からノートの内容が隠れるようにしながら、「まぁそうだな」と返す。
すると、フェリシーは言った。
「ルーン、習ったけどよく分かんない。教えて?」
「……あー」
俺は改めてフェリシーを見る。妖精然とした姿ではあるが、ちゃんとこの学院の制服を身にまとっている。恐らく、フェリシーもちゃんとこの学院の生徒なのだろう。
……制服の魔改造っぷり、半端ないけど。
「ルーン魔法専攻じゃないのか?」
「ちがうよー。フェリシーちゃんは変身魔法使いなのです!」
「あー、はいはい」
学院ではルーン魔法以外にも様々な魔法を教えている。変身魔法というのは、ルーン魔法以外の魔法でも有力な魔法の一つだ。
ゲームで学べるルートがなかったから、詳しくは知らないのだが、何か腕に入れ墨を入れたりするらしい。武器もなく魔法をバンバン使いこなすチート魔法使いは、割と変身魔法使いだったりする。
なお怪物に変身したり、ということはない。何で変身魔法という名前なのだろうか。その謎を追うべく俺は大図書館の奥へと向かった……。
そんなふざけたことを考えつつ、改めてフェリシーを見ると、右手だけ真っ白な手袋をつけているのに気が付く。恐らく、そこに変身魔法使いの入れ墨が入っているのだろう。
「む! えっちな視線を感じました……」
「え? 何が?」
「―――っ! 失礼なひと!」
フェリシーは一瞬息をのんでから、パシーンと俺の肩を叩いてくる。痛くな。痛くなさ過ぎてビックリすることなんかあるんだ。驚きだ。
「これで手打ちとします」
「ああ、これはどうも……」
そして許されたらしい。釈然とせずに首をひねっていると、「ぷふっ、うふふふふふふ」とクスクス笑い出す。
……構って欲しいだけか? これ。でも何でわざわざ俺?
「それでそれで、ルーン魔法って、どういう魔法なの?」
「んー……。授業では習ったんだよな?」
「よく分かんない文字を、頑張って彫刻刀で木に刻んで、お手々疲れちゃった……。どう使うかも分かんないし」
「それは初歩の初歩だな。いざというときには使えるんだが、ほぼ利用しない奴だ。―――そうだな。じゃあせっかくだし、俺の復習も兼ねてやるか」
「おー! 楽しみ!」
楽しみそうなフェリシーだ。これだけ懐かれてしまうと、こちらの気分も悪くない。
「ということで、『これから猿でもわかるルーン魔法』をお教えしよう。準備はいいかな?」
「うきーっ」と挙手をするフェリシー。
「ノリがよくて大変よろしい。では、ルーン魔法とは一体何か……」
「ゴクリ……」
フェリシーは固唾をのんで俺を見つめている。俺はその隙に紙を破いてさっとメモと図を書き込み、折り畳んで順番に見せられるようにした。
そしてフェリシーに向かい、メモを見せる。
「第一に、武器にルーン文字を刻みます!」
「刻む!」
「第二に、刻まれたルーン文字を手でなぞります!」
「手でなぞる!」
「第三に、スキルが発動します!」
「発動!」
「終わり」
「終わった」
はえー、という顔をするフェリシー。俺は紙を机に置く。
「思ったより簡単だった」
「まぁ、うん。簡単だよ。ただこう、スキルは覚えて使うもの、みたいな固定概念があると、ちょっと飲み込みにくい、ってとこかな」
「変身魔法はそんな感じだよー」
「あー、だよな。あいつら詠唱とかしないし」
「あいつら?」
「こっちの話」
技名を叫ぶだけでボコスカやってくる奴らは後々出てくる。こちらもルーン文字をなぞるだけなので同じくらい楽ではあったが、武器の数しかスキルがないので羨ましかった。
とはいえ、大ルーンの秘密を知ってしまった今となっては、ルーン優勢と言ったところだろうか。良く知りもしない他の魔法など捨て置けばいい。今の俺は大ルーン魔法使いになるのだ。
そんなことを考えていると、フェリシーはふにゃっと笑って俺を見た。
「ありがと、ゴット! じゃあそろそろ、フェリシーちゃん次の授業あるから行くね? 寂しくても泣いちゃダメだよ?」
「何で俺が構ってもらってたみたいになってるんだ」
「ぷふっ、うふふふふふふ」
俺の返しがツボなのか、ひとしきり笑ってからフェリシーは「じゃね!」と去っていく。俺も司書さんが近づいてくる気配がしたので、さっと荷物をまとめて出ていくことにした。
にしても、フェリシーでさえちゃんと授業出てるのか……。
「……俺も出るか、授業。久しぶりに」
何だか身につまされるような気持ちになったひと時だった。
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