第5話 初めまして、妖精さん。……え、初めまして?

 今日は、ブレイドルーンに存在する『派閥』という要素について少し考えたい。


 『派閥』。


 ブレイドルーンはキャラと多種多様な人間関係を結べるゲームだけあって、勢力を現す『派閥』という要素がある。


 この派閥、中々に危険な要素で、ある程度メインストーリーを進めると強制加入or立ち上げイベントが始まり、自分の立ち位置を明らかにしなければならなくなってくる。


 で、何が危険なのか、というと、派閥に属すると明確に敵と味方が決まってしまうのだ。


 とても簡単な例を挙げるなら、悪人派閥に入れば正義派閥の超強い奴が敵として現れることになる。そういうフラグは派閥によって引き起こされる、ということ。


 ……居るのだ。本当に強い奴が、このゲームにはたくさん。ラスボスと肩を並べるような奴に、多分俺は今日中に複数人会おうとすれば会えてしまうほど。


 派閥は旨みがないでもないが、リスクが大きい。強くなるまでは避けなければならないだろう。


 で、何でそんな事を考えていたかと言うと。


「……じー……」


 何かよく分かんない女の子が、俺のことをずっと見つめているからだ。


 大図書館。その机の片隅。そこで俺は、淡々とお手製大ルーンの制作に励んでいた。授業態度がいいと褒められて以来、全ての授業をブッチするほどの熱心さで。


 それが派閥に目をつけられるリスクであることは分かっていたのだ。特にここは大図書館。知識にまつわる派閥―――『大図書学派』という知的でマッドな派閥の拠点でもある。


 だが拠点にされるだけの快適さがあることは動かぬ事実。見つからなければいいだろうと、この研究を助けてくれる大量の蔵書に囲まれた大図書館で研究を勤しんでしまった。


 で、気付いたら正面に女の子が居た。


「……じー……」


 そして何か俺のことをじっと見ていた。


「……」


 俺はどんな顔でそれに対応すればいいのか分からなかった。何せゴミカス伯爵である。目と目が合う奴は全員嫌な顔をしてくる日々を過ごしているのだ。


 はっきり言おう。俺は前世の記憶を取り戻して数日。すっかりコミュ障になっていた。


「……」


 故の無視。黙殺。コミュ障にその察してビームは辛いのだ。ヘルプミー。全然集中できません。


 そう思っていたら、少女はガタ、と立ち上がった。ようやく解放される。そう安堵の息を落とすと、真横からガタと音が聞こえた。


「……じー……」


 少女は俺の真横に腰かけて、至近距離から俺を見つめていた。


「……」


 俺は冷や汗をダラダラ流す。流石にこれはご勘弁願えませんか。え、何? 俺が腫物扱いなの知らないの?


 そう思ってから、知らない人もいるか、と思い直す。最終的には人類の敵になったゴミカス伯爵だが、今は一クラスのゴミカスでしかない。誰かこのゴミみたいなレッテル捨ててくんない?


「な、何かな」


 とうとう根負けして、俺は横を向いた。そうして初めて、少女の姿を目の当たりにする。


 その少女は、実に神秘的な姿をしていた。赤と青のオッドアイに、薄いピンクと紫のグラデーションを描くふわふわのリングツインテール。それは花や蝶の髪飾りで彩られている。


 俺はそのあまりにファンタジーファンタジーした容姿に、思わず呟いていた。


「……妖精?」


「!」


 その言葉に、パッと少女は表情を華やがせた。え、何この子可愛い。可愛いが、知らない。


 ―――そして、そんなことはあり得ない。


 俺はブレイドルーンの大ファンだ。数百周もして、ゲームのことを遊び倒している男だ。


 だから、知らないキャラが居るなんてことは、ほとんどあり得ない話だった。


 確かに人数が膨大過ぎて、全てのキャラと恋人になったことはない。レイブンズ先生と恋人になったことはないし、ゴミカス伯爵とも恋人になったことはない。あとヤンナも。


 だがそれでも、見たことがないキャラは居ないと自負していた。だから俺は、彼女に動揺した。


「えへ」


 そんな彼女は、俺の反応に気を良くしたようで、ふにゃっと笑った。いや可愛いんだけどさ。可愛いんだけど。


 誰よ、お前。


「何やってるの?」


 小首を傾げて、妖精さん(仮)は俺に尋ねてくる。視線の先には大ルーンの記述だ。やっべ、あんまり見られたら良くないな。


「えーっと、研究?」


「ふーん……?」


 妖精さんの興味は、俺から俺の研究ノートに移ったようだった。俺はノートを閉じつつ、この子が誰かを考える。


 真っ先に思い至るのは、大図書学派だ。この大図書館を拠点とする知識派閥。知識欲の権化にして、深部でマッドな研究にも手を出すヤベー奴ら。


 簡単に表すならば、「色んな知識を集めようね! 知識は友達! 知識を集めてくれるみんなも友達! 秘密を知ったな? 死ね」という派閥だ。豹変がすごい。


 だが、だからこそ大図書学派ではないのか? とも思う。今考えた通り、大図書学派は秘密主義。重要人物にはそう簡単には出会えない。


 そう考えると、派閥に属していない現在の俺が、この大図書館で起こりうるキャラクターイベントは三つだけのはず。


 大図書館の本の虫ちゃんイベント、創造主邂逅イベント、そして悪戯妖精イベント。


 ただし、前者二つは、時期が適切でない、また俺がという二点の理由で否定できる。


 だから恐らく、彼女は悪戯妖精ということになるのだが。


「……ふふーん?」


 ルーン文字が分かるのか分からないのか、じっと妖精さんはノートを見つめている。ちょっと待ていつの間に奪った。取り返す。


 ―――悪戯妖精イベント。これは厳密に言うと、


 というのも、クエストなのだ。七不思議解決クエスト、という長尺のクエストがあって、その一つが「大図書館の悪戯妖精を目撃せよ!」という内容だった。


 割と楽しいイベントで、大図書館を歩き回っていると、まるで図ったように目の前に妖精のものらしき痕跡が現れる。それを追っていくと、最後にトイレで水浸しにされる悪戯を受ける。


 そうしてトイレを出ると、『また遊んでね』と記したメモが置かれていて、さぁ真相やいかに、というイベントなのだが……。


「ね」


 妖精さんは俺を見て、問いかけてくる。


「お名前、教えて?」


「え? ……何でかな」


「あなた、変で面白いから」


 にへ、とちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべる妖精さん。……これマジであのイベントの妖精かもしれないな。イメージピッタリだ。


「こんな言葉がある」


 だが、俺は相手のペースに任せるのが嫌いだ。前世の上司にやられたみたいで癇に障る。


 なので、こう続けてやった。


「人に名を尋ねるなら、まず自分から名乗るべし」


「……おぉ~」


 反応やいかに、と思ったが、意外に感心してもらえたらしかった。妖精さんは、にっこり笑って言う。


「わたし、フェリシー・アリングハム! あなたは?」


「ゴットハルト・ミハエル・カスナーだ。ゴットと呼んでくれ」


「よろしくね、ゴット! フェリシーちゃんのことも、名前で呼んで?」


「ああ。よろしく頼むよ、フェリシー」


「えへー」


 ふにゃっと笑うフェリシーである。そこはかとない不思議ちゃん感がすごい。


 そうして自己紹介を終え、フェリシーは立ち上がった。非常に小柄な子だな、と思う。学生服も着せられている感がすごい。ボディラインもスットントンだ。


「じゃね! ゴット。また会お!」


 言って、フェリシーは立ち去って行ってしまった。俺は首をひねりつつ、考える。


「……結局、妖精さんで合ってるのか? ここの学生ではあるみたいだったけど」


 最初から最後まで謎に包まれた少女だったな、としみじみしていると、司書さんが俺の方に歩み寄ってきて、言った。


「図書館ではお静かに」


「……すいません」


 そういやフェリシー、基本大声だったな、と思う。小さいことながら、してやられた一幕だった。

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