第4話 ルーン魔法で悪いことしちゃうぞ!
ゴミカス伯爵こと俺は、俺という人間を少しでも知るすべてから嫌われている。
生徒たちは当然ゴミカス伯爵の性格の悪さを知っているし、教師もゴミカス伯爵の不真面目な授業態度に眉を顰めていたのが今までだ。
だから今の俺の態度は、奇異の目で見られていた。
「……カスナー君。今日は随分と熱心だね」
カラスのような雰囲気の教師、レイブンズ先生が、カリカリとノートを取る俺にそう言った。俺は顔を上げ「それはどうも」と返して再び板書に戻る。
……どうしたんだ、カスナーの奴……今まで授業は寝てるか大声でしゃべって邪魔するかだったのに……今更真面目ぶってるのか? 気に食わないな……
周囲がコソコソ言い合っているが、俺はどうでもいいと聞き流す構えだ。だって今やってるのルーン文字の授業だぞ。些事にかかずらっている暇はないのだ。
ともあれ、レイブンズ先生は一つ咳払いしてから、黒板に文字を書きながら続ける。
「改めて説明するが、ルーンとは魔法文字だ。一つ一つに意味があり、それを適切に綴ることで魔法を為す」
昨日確認したね。
「では、今日はやる気のあるらしいカスナー君。敵を痺れさせる魔法の例文を述べたまえ」
レイブンズ先生が生徒を指名する。ん、俺か。俺は立ち上がり答えた。
「飛ばす、雷、敵。与える、麻痺、敵。散―――」
「そこまで。まさか複数答えてくれるとは思わなかった。しかもどちらも正解だ」
レイブンズ先生は、少し機嫌がよさそうに口端を持ち上げる。一方周囲の生徒たちは、俺に一層不審げな目を向けてきた。
……特に主人公のシュテファンが俺を睨んでるの、嫌だなぁ。ヤンナを解放したの、聞いてないのだろうか。
「カスナー君が述べた通り、ルーン文字は『どうする』『何を/どのように』『何へ』を刻むことで、神がそれにふさわしい魔法を我らに授けてくれる、というものだ」
カッカッとレイブンズ先生は黒板に図を書いて説明を続ける。
「敵に対する攻撃ならば、末尾に『敵』のルーン。仲間への回復や補助なら、末尾に『仲間』のルーン、ということになる。ルーン文字は基本的に三文字までなので、そこは注意するように」
三つのルーン文字を並べて武器に刻むことで、エンチャントとする。それがルーン魔法の基本だ。
例えば『回転切り』というスキルなら、綴りは『切る、回転、敵』となる。それを直剣に刻み、ルーンをなぞると、素早く回転切りを放つことが出来る。
そんな手軽で奥深い魔法ビルドがウリだったブレイドルーンであったが、俺含むプレイヤーが大いに気になるところが一つあった。
すなわち、ルーンを三文字以上記すとどうなるのか。
システムで出来ないが、やったらどうなるんだろう系の疑問だ。割と一般的な疑問だと思う。試しにいくつか似た例を挙げてみると―――
例えば、ダンジョン探索で最大六人パーティと言うが何故か。もっと大人数はダメなのか、とか
例えば何故アクセサリ装備は多種類あって四つしか装備できないのか。指輪首輪アンクレットをジャラジャラつけてもいいではないか、とか。
俺も思う。何故ルーン文字は三文字までなのか。四文字とか百文字とか書いていいではないか。即死級魔法が乱舞してる地獄を、手軽に呼び出せる魔法を作ってもいいではないか。
大ルーンの碑石なんてものもあるし、頑張れば行けると思うのだ。やりたい。興味津々。
そんな事を妄想しながらルーンについて思いを馳せていると、授業が終わった。
俺は駆け足でレイブンズ先生の下に駆け寄る。
「おお、カスナー君。今日の授業態度は素晴らしかったぞ。ぜひ続けてくれたまえ」
「それはどうも。先生、質問があるんですがいいですか?」
「ほう。構わないよ。聞いてくれたまえ」
俺はとうとうこの疑問が解決するのか、と考え、ワクワクを止められないままに問いかけた。
「何でルーン文字って三文字までなんですか?」
「む……これは難しい質問をするじゃないか」
「難しい質問なんですか?」
「ああ。今でも議論がなされている分野だ。というのも、ルーン魔法についての知識というのは先の戦乱で大部分が喪失している」
レイブンズ先生は、神経質そうな線の細い顔にお似合いな眉間のシワを揉んで、首を振る。
そういえば考察でもあったな、戦乱。何だっけ。数十年前の畏怖戦争に、十数年前の信仰戦争だったか。確かどっちも世界大戦だった気がする。こわい。
「端的に言うならば、三文字よりも多く、四文字以上記載しても何も起こらない、と言うのが正しい。逆に言えば、三文字ならば効力を持つ。そのため、三文字と学生たちには伝えることになるのだよ」
ふーむ、と俺は考えこむ。それにレイブンズ先生は「何故その質問を?」と聞いてきた。
俺は答える。
「学院内にある大ルーンの碑石は、ものすごい膨大な数のルーン文字が刻まれてますよね。それで不思議に思って」
そこで割り込むものが居た。
「バッカじゃねぇの? 大ルーンはルーンとは違う、特別なんだよ! 歴史の授業で習ったろうが!」
生徒の一人が俺に吐き捨てて教室を出ていった。え、ゴミカス伯爵って日常会話で罵倒されるレベルの嫌われ方してるんだ。こわ。
そう俺は目を丸くするも、「どうなんですか? 先生」と聞き直す。
先生は吹き出した。
「……ふっ。カスナー君、君は実に勉強熱心で、強い心を持っているようだ」
「はい?」
レイブンズ先生は肩をゆすりながら、しきりに頷いている。それから言った。
「先ほどの言葉はある意味では正しい。欠けたルーン魔法学において、大ルーンの碑石は確かに特別だ。大ルーンだから、成立している。しかしそれは思考停止でもある」
先生はサラサラとメモを書いて、俺に渡してきた。
「これらの書籍を当たりなさい。あの碑石の大ルーンは、現状では研究者たちがこぞって解析に当たっているところだ。そう難しいルーン文字は出てこないが、授業のように魔法偏重のルーン文字では解読できないものも多い。この書籍が君を助けてくれるだろう」
「おぉ……!」
俺はメモを受け取り、「ありがとうございます!」と頭を下げた。レイブンズ先生は上機嫌で「精々励みたまえよ」と言って歩き去っていく。
ということで、俺は大図書館に訪れ、レイブンズ先生に勧められた本の山を積んで解読に入っていた。
大図書館。実は大図書学派、という「知識大好き! 秘密を知る奴は殺す」というあんまり関わりたくない派閥の拠点でもある。
だから、危機回避のためにも距離を置いていた場所なのだが、今回ばかりは仕方ない。大図書学派なんか知るか! 俺は考察するぞ!
「……思った通りだ……!」
俺はニヤリと笑いながら、『大ルーンの碑石の写本』とされる本を片手に、ルーン文字辞典を見比べていた。
大ルーンの碑石には、想像通り、ゲームでは使われない類のルーン文字が大量に存在した。つまり、直接戦闘に関係ないタイプのルーン文字だ。
「だからゲームではどうやっても解読できなかったんだな。なるほど、なるほど、興味深い……」
俺はもう、単に一ファンのスタンスで、大ルーンの碑石を読み解こうとしていた。考察勢的なのめり込み方だ。ブレイドルーンは考察のし甲斐もあるのだ。神ゲー! 神ゲー!
特によくあるのが『この時』や、『繰り返す』という意味のルーン文字だった。それが頻出するから、大ルーンの碑石の解読は難航していた。
「……ふむ」
俺は首を傾げながら考える。最初の文章からして、正直成立しているとは言い難いのだ。
俺は直訳をノートに記す。
「『繰り返す』『この時』『中つ国≒人間世界』からの改行で、『法則』『適用』……。何なんだ、この時、って。繰り返す時? どういう時だよ」
俺は首をひねる。何らかのよく分からない繰り返される時に、人間世界の法則が適用される? どこに。
「文字自体は簡単なんだが、イマイチ意味が掴めないな……」
確かにこれは解読も難航するだろう。議論の余地が多すぎる。
俺は首を傾げ傾げしながら考え込む。ルーン文字、というだけあって、基礎文法が日本語でないのだろうか。ちなみにブレイドルーンの世界はすべて日本語だ。ちょっと面白い。
となると、英文法か? ちなみに俺はプログラマーだが、英語はプログラミング言語から外れると全く読めない自信がある。ハッハッハ。
「繰り返す、ねぇ。繰り返し処理? この時はifにして、―――……は?」
俺は今まで理解できなかった文の意味が分かるようになって、目を剥いて向き直る。
「……世界のあるゆるルーン文字発動に対して適用、という意図で繰り返し処理を挟んで、『人間世界なら』と条件付け。そこから、以下の法則を当てはめる、と……?」
なら、何だ。碑文の大ルーンは、人間世界のあるゆるルーン魔法に対して干渉しているとでも言うのか。
「っ……!」
俺は口を押え、動揺を隠しながら、解読に没頭した。次の授業も、次の次の授業も無視して、解読に勤しむ。
脳が熱を放っている。知恵熱が出るほど、俺の頭脳は大ルーンの解読に全力投球していた。昼は終わり、夕方も過ぎ、夜になりかけようというタイミング。
そこで、俺は解読を終えた。
「……ハハ」
乾いた笑いばかりが漏れる。それから、頭を抱えた。
「これは、多分、知ってることを知られた時点で、どっかの派閥に殺されるな」
多分大図書学派とかに。
―――それだけの情報だった。誰にでも見られる情報だが、俺にしか読めない情報だった。
だってそうだろ。こんなファンタジー世界で、プログラミング言語と全く同じ文法構成を理解できる奴なんて、そうそう居ない。
だが、俺は読めてしまった。読めてしまったし、一日で解読してしまった。俺はプログラマーとしてはそこそこ優秀であったがために。この大ルーンの可読性が、ほどほどに高かったために。
「……大ルーンは」
一つ、四文字以上のルーン魔法の発動を禁じている。
一つ、代償として、ルーン魔法の失敗における神罰を無効化している。
一つ、人間世界のあらゆる場所あらゆる時間で、この処理は行われる。
そして俺は、それ以上に重大なことを理解してしまうのだ。
―――大ルーンは、『学院碑文の大ルーンの影響を排除する』と記せば排除できる。
―――ルーンは、プログラミング言語同様の記述方法で記せば成立し、新たな大ルーンと化す。
俺は俯く。
周囲から気取られないために。俺だけが、ルーン魔法の真の利用方法に気付いてしまったことを知られないために。
この、わっるい笑みを、誰にも見られないために。
「ふ、く、うくくくくく……」
マジかよ、おい。悪いことし放題とか言うレベルじゃないぞ。
それってもう、この世界の法則、俺が書き換えて良いのと同じじゃん。
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