第3話 ルーン魔法って何ぞ?

 俺は自由時間で、ルーン魔法がゲーム通りであるかを確認しに来ていた。


「この辺りでいいか」


 俺は学院を出て少し歩いたところにある、森の少し開けた場所に出る。


 モンスターも出てくるような場所だ。ルーン魔法の準備のためにが出来るのも大事だが、ルーン魔法の練習台モンスターがいるのも重要なのだ。


 ということで一旦、ルーン魔法とは何ぞや、という事をおさらいしておきたいと思う。


 俺は図書館から借りてきた『ルーン魔法初級編』という本を開き、その冒頭分を音読する。


「『ルーン魔法とは、魔法文字であるルーン文字を、なぞることで発動する魔法である』」


 うん、と頷く。記憶通りだ。


 簡単に言えば、ルーン文字を武器なり書物なりに記し、それをなぞると発動する諸々を、概してルーン魔法と呼ぶ、ということ。


 例えば、ナイフに『突き』のルーン文字を刻む。そして『突き』のルーン文字をなぞる。すると達人も真っ青な鋭い『突き』を発動することが出来る。


 例えば、盾に『防御力向上』のルーン文字を刻む。そして『防御力向上』のルーン文字をなぞる。すると盾の防御力が上がり、素の状態よりも大きな衝撃に耐えられるようになる。


 なので、厳密に言うと魔法、というよりスキル寄りだったりする。


 もちろん魔法らしい魔法もたくさんあるのだが、意外にスキルっぽいルーン魔法の方が使いやすかったり、という場面は多い。いかにも魔法魔法してる奴も格好いいし強いのだが。


 要するに、スキルは覚えるものではなく武器に刻むもの、ということだ。外付けアタッチメントである。武器が強ければ俺が強い必要はない。わぁなんて運動音痴に優しい世界!


「ということで、焚き木を作ります」


 いぇー、と一人で気分を上げていく。自分の機嫌を取るのは得意な方だ。


 ひとまず購買で売っていた焚き木用の木を取り出して組む。高難易度積み木。


 次にその辺の枝も適当に拾って足す。メインの木組みが崩れないか心配だ。気分は将棋崩し。


 最後に着火種という、種の形のファンタジー素材を、強く焚き木にぶつければ。


「よし、まず焚き木完成」


 焚き木の真ん中で着火種が砕け、内側の液が自然発火して焚き木を燃え上がらせた。


 ルーン刻みをするためには必要不可欠なのが、この焚き木だ。というか火が必要なのだ。彫刻刀でゴリゴリやってもいいが、高熱で柔らかくしてハンコで印字する方が遥かに早い。


「んで」


 俺はこれまた購買で買った小型のナイフ三つを取り出した。そして焚き木の前に腰を下ろし、腕まくりをする。


「じゃ、やりますか」


 まず俺は、焚き木に爆ぜ種という、焚き木の火力を短時間、さらに高める素材を投入する。すると焚き木は火力を上げ、炎の色を青に変える。あっつ! 火の粉!


 俺は腕を冷ましてから、焚き木にナイフの一つをかざした。三秒。引き抜くとすでに、ナイフは赤熱している。


 あらかじめ入れるルーン文字をどうするかを決めていた俺は、手際よく印章を押し込んでいく。


 印章。要するにハンコだ。


 ルーンが刻まれたハンコを赤熱した武器に押し付ければ、ルーンがそこに刻まれる。


 ―――基本的にルーン文字は武器に刻むのが相場と決まっている。


 何せルーン文字は三文字まで、と厳格に決められていて、長文記述などは出来ないらしいのだ。であれば使い勝手がいい武器に刻んで、さっと使用するのが最適というもの。


 だから話を聞いた時は「何だ。魔導書を開いて魔法を使うプレイは無理なのか」と落胆したのはほろ苦い思い出だ。


 とはいえ大ルーンの碑石なんてのもあるので、可能性はゼロではないと思うのだが。せっかくこの世界に転生したんだし、その辺りを研究するのも面白そうだよな。


 そんなことを考えながら、俺はそばに用意していた鉄バケツの中の水で冷却し、最初の焼き入れを終える。ただこれだと強度が下がるから、赤熱しない程度に熱してから冷却する焼き直しが必要になる。


 そうして、俺はルーン入りのナイフを三つ作成した。ほう、と満足感にため息をついてしまう。


「いやぁ~……やっぱいいよな、この作ったぜ感……。さっそく試し切りするか」


 俺は立ち上がり、それからナイフの一つを手に取った。


 刻まれるのは、『回転切り』のルーンだ。俺は適当な細木を前にして、ナイフのルーンを手で撫でた。


 ルーンが輝く。俺は踏み込み、そして回転した。スキル発動。


【回転切り】


 俺は前世も今世も、運動神経がいいと断言できるような人間ではない。だが、生まれて初めての回転切りで俺は、目も回さず鋭い動きで回転切りを放った。


 細木が、一拍遅れて切れ落ちる。


「よぉし! 無事スキルが発動したな。ってとは、ゲームと手順は完全に同じってことだ」


 一安心である。うんうんと俺は満足に頷き、二本目を手に取る。それで、「あー、そうだったな。ちょうどいい敵を探しに行かなきゃか」とルーンの内容を考える。


 そこで、声が聞こえた。


「グゲ、グゲグゲゲゲゲ」


「ゲ?」


 いかにも人間ではない声だった。この森は低レベル帯で、入学したばかりの俺でも通用する程度の雑魚しかいない。


 ちなみに俺は学生証(という名のステータスカード)で12レベほどとされている。このレベルアップはクエストクリアや敵の打倒でなされ、ステータスポイント振り分けて伸ばしていく感じになる。


 その確認は後日に回すとして、さて、俺はどうするのかと言うと。


「……ベストタイミングで武器と敵が揃ってしまった」


 ゴミカス伯爵に転生したこと以外は、何だか運がいいな、と思う。転生先だけがゴミカスだ。


 俺は立ち上がり、敵の襲撃に備える。そんな俺の動きを敵も見つけたのだろう。森の木々の陰から、奴らはのそのそと歩み出てきた。


 ゴブリン。


 三匹のゴブリンが、俺を見つめていた。大柄のが一匹、普通サイズが二匹。構えるは棍棒や小さなナイフ。ノーマルゴブリンと言ったところか。ノーマルなら可愛いもんだ。


 俺はニヤリと笑ってナイフを両手に構える。


「グゲ……」「グゲグゲ……!」「ゲゲゲゲ……」


 ゴブリンたちも臨戦態勢になる。いいね。モンスターはこの辺りが迅速でいい。人間と違って、殺し合うまでにウダウダやらなくていい辺りが、特に。


 俺は最後に、ゴブリンたちの武器に視線を這わせる。ノーマルゴブリンでもありうる最後のリスク。だが、ルーンは刻まれていなかった。ああ、なら何も問題ない。


 だって俺の刻んだルーンは、リリース初期のPvPで猛威を振るった、最序盤最強ビルドなのだから。


「「「グゲゲゲゲゲッ!」」」


 三匹同時に、切りかかり殴りかかってくる。俺はニンマリ笑って、ルーンを撫でた。


【回転切り】


 かかってきた全員を、回転切りが一気に切り払い吹っ飛ばした。ナイフだから傷は浅いが、それでも鎧袖一触にされたのは衝撃だろう。


「グググ、グゲゲゲッ!」


 大柄な一人が、それでも立ち上がって、棍棒で殴り掛かってくる。俺は残る二本のナイフを構え、同時にルーンを撫でる。


【見切り】【ステップ】


 俺はその殴り攻撃を紙一重で躱し、そしてステップで大柄ゴブリンの背後に回った。あとは足をかけてこかしてやれば、無様に倒れ込んでしまう。


「まず一匹」


 俺は倒れたゴブリンの喉元を掻き切った。「グゲっ!」と短い叫びをあげて、大柄ゴブリンはこと切れる。


「ゲゲッ!?」「ゲッ、ゲゲーッ!」


 残る二匹はそれを見て逃亡の構えだ。俺は「逃がさないぞ~」とニンマリ意地悪く笑い、ルーンを撫でた。


【ステップ】


 達人のような動きで俺はもう一匹の背に追いすがり、その首筋にナイフの刃を突きたてた。「グゲガッ」と叫んで倒れる。最後の一匹は恐れおののいて、そのまま地面に倒れた。


「グゲ……グ、ゲゲゲ……」


 木の根元まで這っていった最後のゴブリンは、振り向いて俺を見つめた。俺はその胴体を踏みつけにし、手短に喉を掻き切る。


 いいね。スムーズだ。ビルドがハマって一方的に蹂躙するのは、いつだって楽しい。勝負より勝つのが楽しいんだよ!


「ふぅ、討伐完了」


 俺は汗をさっと拭って、姿勢を正す。前世の記憶を取り戻してから初めての戦闘ではあったが、そう難しいことはなかったな。トドメ差しくらいならカスナー伯爵家の訓練でもやらされたし。


 にしても。


「いやー、やっぱルーン魔法が決まると気持ちいいな! 流石最序盤最強スキル回転切り」


 シンプルだが特に入手条件がなく、しかも出が早い、というので特殊なルーンが見つかるまではこれが一番強かった。すぐに特殊ルーンを装備した奴らにボコられたが、使い心地は悪くない。


 そこで、不意に俺は思う。


「……でも、あのくらいの動きなら俺でもできそうな気がする。トドメ差しも出来たし。言っても回って切るだけだろう? 素で使えればその分枠が空く……」


 ルーンだけの力なのだろうか、と思いながら、俺はルーン魔法無しで回転切りを試してみた。


 目を回して、スッ転ぶ。

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