第2話 まずは今後の方針を

 主人公シュテファンは、いい奴だ。


 何周もプレイした俺だから断言する。人当たりがよく、率直で、空気も読める。


 性格は自分と他人の境界がはっきりしていて、困難な場面でも人の言葉に耳を傾ける。だが、敵に優しくするほど甘くない。


 その優しさは、魔王にさえ住み分けと共存を持ち掛けるほど。その容赦のなさは、魔王とは相いれないと判断したら迷わず殺すほど。


 正義と親切の押し付けをしない、と言うのが実に俺好みで、その場その場でどうすればみんなが幸せになれるかを良く考えるキャラだった。


 そして敵と割り切った相手には容赦をしないのが、痺れるのだ。


「―――答えろ、カスナー」


 そんなシュテファンの審議の目が、俺をまっすぐに見つめているから、やりにくい。


 要するに、俺、ゴミカス伯爵は今、主人公シュテファンに問われているのだ。


『お前は敵か? それとも味方か?』と。


 ……ゴミカス伯爵破滅イベントは、もう少し先のはずなんだがな。今シュテファンと敵対するのは勘弁願いたい。


 となれば、俺の答えは一つだ。


 俺はシュテファンから視線を外し、ヤンナに目を向ける。


「ヤンナ、命令だ。今日から俺に関わってはならない」


「え……っ?」


 ヤンナは意味が分からない、という顔で俺を見る。穏やかな顔つきは、状況を理解できない、とばかり呆然としている。


 そういえばヤンナって攻略したことがないんだよな。ゴミカス伯爵の婚約者だった、と言うのでちょっと敬遠していて。


 ある意味では今が攻略の好機なのかもしれないが、背に腹は代えられない。


 俺は微笑んで続けた。


「そこの彼とは仲良くしてやりなさい。他は、そうだな。俺なんかと婚約者にされて迷惑だっただろう。それも適当に破棄しておいてくれ」


「え……? あ、あの、ゴット様……?」


「ということで、ヤンナ。お前は解放だ。おめでとう」


 俺は立ち上がり、「適当に幸せになれ。もう俺はお前を縛らないよ」と告げ、すれ違う。


「カスナー、どういうことだ。お前、何考えてる」


 シュテファンの鋭い声が後ろから追ってくるが、俺は「何も。俺はお前が怖いだけだよ、シュテファン」と告げて、「では二人とも、ご機嫌よう」とその場を去った。






 そして一人きりになり、俺は呟く。


「何だご機嫌ようって。適当に誤魔化そうとしたら勝手に口から出てきたぞ? でもゴミカス伯爵の語彙もこんな感じだったよな。うえ、吐き気してきた。自分じゃなかったらもう殺してる」


 俺はゴミカス伯爵のゴミオブゴミっぷりを知っているので、かなり嫌な気分でいた。ひとまずの敵対フラグは折れただろうか。折れててくれ。シュテファンとやり合うのはごめんだ。


 俺はさらにしばらく歩いて、また別の人気のない物陰に到着してから、一人悶々と考え始めた。


 まず、正しく現状認識をする必要がある。


「俺は、ブレイドルーンの世界に、ゴミカス伯爵として転生した」


 転生だ。ゴミカス伯爵として生まれて育ってきた記憶がある。言うなれば、俺はこのタイミングで前世の記憶を取り戻したに過ぎない。


 ゴミカス伯爵。


 プレイヤーが名付けた、ひどく辛辣なあだ名。名前のもじりでもあり、やったことを実によく表しているともいえる。


 今の俺にとって重要なのは、その末路だ。


「このまま行けば、俺はまず学園で破滅を迎え、次に魔王に寝返って悲惨な死に方をする、と」


 プレイヤーのときはヘイトも溜まっていたのもあって、爆笑したようなひっどい死に方だった。マジで酷かった。汚い花火だった。


 たしか魔王が死んで、その魔力を取り込もうとしたら暴発したのだ。勝ち誇って笑っていたと思ったら、急に爆発四散したはず。


 最後の最後で大間抜けやらかしたわけだ。今でも思い出しても笑える。


 俺だけど。


「……」


 俺は青い顔で眉根を寄せて懊悩する。


「まず、大前提だ。……俺は、死にたくない」


 せっかくブレイドルーンの世界に転生したのだ。やりたいことは山ほどある。だから死ぬわけにはいかない。


 だが、それはそれとして、だ。



 善人であれ、という意識は、そもそも俺にはない。


 何せブレイドルーンは自由度が高いゲームだ。あらゆるキャラは、好感度を上げて恋人になることも出来たし、一方で敵対し殺すことも出来た。当然、やりこみの過程で経験済みだ。


 俺もやりこみの過程で色々と経験している。悪人プレイに対する忌避感は正直ない。破滅だって、学園追放・爵位剥奪くらいなら問題ない。


 だが、死ぬのだけは勘弁、というところになる。


「それより魔法いじくりたいしな」


 やりたいことは無数にある。俺はキャライベもほどほどにやってきているが、一番はやはり魔法ビルドだ。


 俺もぶっ壊れ魔法をいくつも構築し、PvPで無数のプレイヤーを倒してきた身。そこにこだわらないという選択肢はない。


 なおPvPと言うのはつまり、別プレイヤーとのオンライン対戦、ということだ。俺のプレイヤースキルはそこまで高くないから、その分ビルドにこだわっていた。


 構築したビルドが上手くハマり、対戦プレイヤーのHPが瞬時に溶ける快感は、もう気持ちよくて堪らないのだ。


 まぁ一週間でそのビルド分析されて使えなくなるんだけど。それもまた乙なもの。


 という趣味の話はともかく。


「死ぬのは良くない。死んだらゲームオーバーだ。この世界が本当にゲーム世界でもない限り、死んだらそれで終わりだろ」


 分が悪い賭けはしない。だから今後、意味のない悪事は働かない。


 魔法の組み合わせでラスボスを一撃で溶かすような魔法を構築する、といったは率先してしたいが、キャライジメなどの倫理的に悪いことは、やっても楽しくないしな。


 ……固まってきた。じゃあ、今後の方針を整理しよう。


「ブレイドルーンみたいな、魔法の悪い使い方を模索する。そして、死なないよう必要な最低限の気を払う。ただまあ、学院追放・爵位剥奪くらいなら許容範囲ってとこか」


 つまり、死なないようにしつつ、適度に趣味に勤しむって感じだな。


 他にも、各種『派閥』とか気を付けることはあるが、ひとまずはこのくらいでいいだろう。


「よし、方向性は固まったな。変なフラグを立てないためにも、あんまり他人とは関わらないようにしないと―――」


 そう結論付けたその時、気配を感じて俺は顔を上げた。


 そこには、何故かヤンナが一人立っていた。ひどく不安そうな顔で、俺に向かっている。


「あ、あの、ゴット、様……? 今日は本当にごめんなさい……っ! ……それに、さ、先ほどの、お言葉は」


 顔を真っ青にしたヤンナは、涙を流して俺に問うてくる。流石に心が痛むというものだ。ゴミカス伯爵ことゴットの非道っぷりが伝わってくる。


 事実ゴットは、ヤンナに随分と執着していた。束縛し、意に沿わなければ殴る蹴る、だ。


 ……先ほどの言葉では、ヤンナの心までは解放できなかった、というところか。シュテファンも同行していたのが大きいだろう。二人きりになれば意見を翻すと考えているのかもしれない。


 だから俺は、繰り返しヤンナに告げる。


「先ほど言った通りだ。俺はもうお前に関わらないし、お前は俺に関わってはいけないよ。それは、彼がいなくても同じだ。……じゃあね、幸せにおなり」


「お、ゴット様ッ!? あの、あ……」


 俺は後ろ手をひらひらと振って、その場を離れた。


 これで、ひとまずの主人公との敵対フラグも折れることだろう。繰り返し解放を告げたのだから、これで恨まれては敵わない。


 これに付随して思うのは、人間関係について。キャラと戯れることは、ゴミカス伯爵の俺には荷が重いので諦めたほうが無難そうだ。


 それよりも、可能性が潰えていない魔法を楽しみたいのだ。特に今は、ルーン魔法をいじくりたくてうずうずしている。


 厄介ごとを運んでくるくらいなら、しばらくは放っておいてくれると嬉しいね。俺のお楽しみはこっちなのだから。

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