ゲーム世界にゴミカス伯爵として転生したプログラマー、ぶっ壊れルーン魔法を量産し皇帝まで成り上がる
一森 一輝
1章 転生者と秘密の妖精さん
第1話 ハマってたゲームだったんだようん……
大型連休を休めなかった絶望から現実逃避するために、お気に入りのゲームについて語らせて欲しい。
そのゲームの名は『ブレイドルーン』。
異世界学園ファンタジーもので、魔法を学び、冒険に出、キャラと仲良くなったり恋をしたりし、最後には魔王の陰謀を打ち砕く。王道ファンタジーもののゲームだ。
一つ一つの要素はどこかで見たことあるような感じだが、作りが丁寧で「こう言うので良いんだよこう言うので」としみじみ遊んだものだ。しみじみっていうか無限に。何百周も。
そんなブレイドルーンで俺は大型連休を潰すつもりでいたのだが、何でか俺は部長とサシで、炎上中のプロジェクトの対応に追われていた。
しかも部長、プログラマーじゃないから、ほぼ俺のワンオペ。
俺は新人と変わらない給料なのにリーダーだから休日出勤。部下は全員大型連休を謳歌中。
「早くしろ! 何さぼってんだ!」
「だからさっきも言ったじゃないですか……。今ツールが色々やってくれてるから、私は何もできないんですって」
「いいから手を動かせ!」
ぶち殺すぞ、と言えればどんなに気持ちいいか。俺は重い重いため息をついて、もうフリをするためだけにメモ帳を開き、適当にコードを書いては消し書いては消す。
「ったく……最初からそうやっていればいいんだ!」
俺が何の意味もない作業をし始めたのを見て、部長はまたクライアント対応に戻った。無。無である。もう数日間家に帰っていない。連休の何日目かも分からない。
従って睡眠も足りない訳だ。意味のないコードを書いて消してを繰り返すと、流石に連日数時間の睡眠不足が祟って、意識が飛び始める。
意味のない作業。終わる気配のない仕事。無能な上司。休む部下。そのしわ寄せを一身に食らう俺。
俺は虚しさにげんなりしながら、淡々と意味のない手を動かす。そうしながら着実に睡魔は大きく襲い掛かってきて、気付けば俺は意識を取りこぼしていた。
そして我に返り、周囲の状況に息をのんだ。
「どうしたね、ゴットハルト・ミハエル・カスナー」
目の前に立つのは、カラスのような外套をまとった中年男性だ。眼鏡をかけ、教師然として俺に尋ねている。
「……いえ、何でもないです、先生」
「そうか。ならば真面目に授業を聞くことだ」
それだけ言って、先生はツカツカと教室中を練り歩く。……教室?
俺は周囲をさりげなく見回して、大学のような段々畑的な教室に、自分が落ち着いていることを悟る。
だが大学よりも幾分かこじんまりとした教室だった。座っているのも高校生くらいの少年少女たち。
混乱しきりの俺は、しかしどこかこの光景に既視感を抱いていた。
体を見る。豪華な装飾がたくさんついた、センスのいい異世界風の制服。見覚えがある。
周囲を見る。教室、生徒たち、先生。黒板に書かれているのは、数学でも国語でも、ましてや英語でもない。
ルーン。
「では、説明に戻る。今回学ぶルーンは、『雷』。効果は知っての通り―――」
俺は、興奮に目を輝かせる。ルーン。その説明を俺はよくよく知っている。何周も何周もして、なお飽きず、なお発見がある大のお気に入りのゲームでも、大好きな要素。
「……マジかよ」
俺は喜色を抑えられないままに、小声でつぶやく。
「俺、ブレイドルーンの世界に転生したのか……!?」
その可能性に思い至り、俺の心は高揚に沸き立った。
さて、ここで一度状況を整理しておきたいと思う。
授業終わり、俺は今日の予定を確認しつつ考える。
転生、と認識したのは、俺はこの世界に生まれて成長して、という記憶を持っていたが為だ。貴族として生まれ育ち、そして適切な年齢になったので学院に入学した覚えがちゃんと残っている。
その記憶を思い返すほど、この世界は間違いなくブレイドルーンの世界であると確認できた。ゲームで見た場所で育ち、ゲームで見た魔法を使った覚えがある。それでさらにワクワクしたものだ。
が、ここで重大な事実が判明した。
「……」
俺は眉を顰めて、トイレにて鏡を覗き込む。
くねる天然パーマに、丸眼鏡。ゲームキャラ故の美形ではあるが、その陰険そうな目つきが気に入らない。
俺の転生先の少年の名は、ゴットハルト・ミハエル・カスナーと言った。伯爵家の生まれの貴族だ。
「ゴットハルト・ミハエル・カスナー、な。……笑えないって」
通称ゴミカス伯爵。ゲーム内ではそのゴミっぷりから蛇蝎のごとく嫌われ、プレイヤーからは『悪役としては美味しかった』と爆発四散する破滅っぷりから逆に愛される男。
周回プレイでは、毎回特に意味もなく殴ったり殺したりされるポジのキャラ、ということだ。ゴミカス伯爵排除RTAなんてものがあるほど。世界最速で殺さないで欲しい。
「……なるほどなぁ……」
俺は項垂れ、ため息を吐く。
ブレイドルーンには好きなキャラがたくさんいる。どんなキャラとも仲良くなれるし恋人関係にもなれる。
……のだが、人間関係については、ちょっと自重した方がいいかもしれない。
というのも、このゴミカス伯爵、本当にゴミカスなのだ。
例えば序盤でゲーム主人公に助けられて礼一つ言わないどころか罵倒するとか。
例えば婚約者を極度に束縛したり、他の生徒に嫌がらせをしたり、あまつさえ主人公の秘密を握って脅迫したり、とか。
ついに追放されたら魔王に寝返って、学院のキャラを誘拐したり殺したり、とか。
ともかくゴミだしカスなのだ。最序盤ですでに色々やってるから、とっくにクラスの腫物扱い。授業もまともに受けないから先生にも嫌われている。
そう。最序盤ですでに、色々とやっているのだ。ゴットこと俺は。
「だから、……気分の悪いことに、俺はすでに、いくつかの悪行をすでにしているし、その記憶もある」
すでに嫌われ者という訳だ。切ない。泣きそう。
俺は転生できた嬉しさと、よりにもよって転生先がゴミカス伯爵だったことのショックで板挟みになり、ふらふらとトイレから抜け出した。
周りの生徒たちが、らしからぬ様子に怪訝な目で見ている。そうだね。いつもなら無駄に胸張って歩くもんね、俺。
そうしてふらふらと歩いてたどり着くは、学院端の人気のないエリア。そこには、巨大な碑石がドンと直立している。
大ルーンの碑石。
ゲームでも有数の建造物の一つだ。
刻まれるは無数のルーン文字。極度のブレイドルーンオタクな俺は、その並びが記憶と一致することまで確認できた。
やはり俺は、ブレイドルーンの世界に転生したのだ。死ぬほど楽しんでまだ飽きない理想の世界に。
でもゴミカス伯爵になったのだ。ゲームでも最も嫌いなキャラクターに。誰からも嫌われるクソキャラに。
でもブレイドルーンの世界なのだ。
でもゴミカス伯爵なのだ。
情緒壊れる。超嬉しいこととクソ嫌なことがセットで押し付けられている。
「ハハ……やったぜ……やっぱりここはブレイドルーンの世界なんだ……。クソゥ……!」
俺は嬉しいやら切ないやらで一人静かに笑い泣きだ。主人公になりたかった、とまではいかなくても、適当なモブとか、その辺が良かった。何でゴミカス伯爵なんだ。何ですでに悪いことしてるんだ。
俺はため息交じりに大ルーンの碑石に触れる。まぁでも、この世界に来られただけでもいいか。俺は対戦勢でもあるが、考察勢でもある。
特に碑石に刻まれた大ルーンの内容は、未実装のルーンが多く考察しきれなかった点だ。この世界に入って、この世界を味わえる。それだけでもいいじゃないか、うん。
「クソブラック企業とはおさらば。さようなら現実、こんにちは異世界だ。貴族だから食うに困ることもない。友達は前世にもほとんどいない。実家には何年も帰ってない。だから、これでいいんだ」
そこまで口にして、ようやく色々と飲み込めてくる。しょぼくれた顔はもうやめだ。目の前のことに楽しんで生きよう。
あとはまぁ、アレか。ゴミカス伯爵の立場として、会いたくない奴とは極力会わないように―――
その時、背後から声がかかった。
「……お前、何でそこに居る」
「ん?」
振り返ると、一組の男女がそこに立っていた。
男の方は、黒髪短髪の人当たりの良さそうな顔をした少年だ。一方女の方は穏やかな顔つきで、亜麻色の髪を三つ編みにした少女だった。
その姿に、俺は硬直する。
何故なら、それは今、俺が一番会いたくない人物たちだったからだ。
片方は、このゲームの主人公。シュテファン・ジンガレッティ・コウトニーク。苦境の中にも強き心を持ち、謎めいた展開でも知恵を巡らせる、人気の主人公。
もう片方は、ヒロインの一人、ヤンナ。ゴミカスがごときクソ婚約者から迫害の限りを受ける可哀そうなキャラだ。
つまり俺の婚約者だった。その婚約者が、主人公と共に現れたわけだ。
……泣いていい? ダメ? ダメか。ゴミカスなの俺だもんな。初手NTRでも納得の所業をしている。切ない。
「あ、ああ、あああ……!」
そのヤンナは俺を見て、ガタガタと震え出した。そして彼女は、俺に向けて額を地面にこすりつける。
「もっ、申し訳ございませんゴット様! や、ヤンナはゴット様の言いつけを破り、特待生の彼と共に歩いていました! で、ですがそれはヤンナが言い出したこと! お願いですから、お願いですから、罰はヤンナだけにお願いします……!」
「なっ、そんなことしなくていい、ヤンナ! ―――カスナー、お前は嫌な奴だと思ってたが、一体ヤンナに何をやったんだ! こんな、こんな……!」
ゴミカス伯爵こと俺が散々躾をしたせいで、尋常でない怯えっぷりを発揮するヤンナ。そして前世記憶覚醒以前に俺を助け、そして俺が罵倒を返した時から険悪なシュテファン。
自分で色々やったことはよくよく覚えている。前世の記憶と照らし合わせてもやっぱりゴミカスだなぁと思う。思うが、言わせてくれ。
ゴミカス伯爵、人間関係が初手で詰んでるの、キツイ。
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