第9話 妖精さんといっしょ!:鍛冶編

 かなりの時間をかけて、俺はルーンの基礎構造の再確認を終えていた。


 随分とフェリシーに邪魔されてのそれこれではあったが、孤独に続けるよりは華やかで、結果的に良い刺激になったと思う。


 という事で俺は、大ルーンの使い方の基礎を理解して、実践に移るところだった。


「ようし」


 学院の敷地内でも、人が絶対来ないような、ほとんど森の中。


 まず焚き木を一連の流れで用意して、適当な切り株に腰を下ろす。そして腕輪とナイフを用意した。


「ルーン入れるの?」


「ああ。大ルーンの仕組みが分かりかけてきたしな」


「おぉ~? ……全然分かんないけど、すごそう!」


「分かんないのかよ。結構これすごいんだ、ぞ……?」


 俺は自分が誰と話しているのか、という疑問に駆られ、顔を上げた。そこには花と蝶の髪飾りを身に着けたふわふわガール、フェリシーが立っていた。


「……相変わらずどこでも現れるな、フェリシー」


「やは、ゴット」


 フェリシーは上機嫌で俺に手を振る。可愛い。


「こんなところまでついてきたのか。一緒に行きたいって言えば、普通に連れてきたのに」


「ゴットを驚かせたかったから!」


「悪戯娘め」


「えへ」


 フェリシーはふにゃっと笑う。最近この笑みが照れ笑いだと気付いてきた。


「ゴットは何でここに?」


「あー……えっとな」


 俺は少し考えて、フェリシーになら問題ないか、と判断する。フェリシーはそもそも誰かにこの事を伝えることがほとんどできない。それに、言うなと言えば言わないだろう。


 とはいえ、危険な知識でもある。慎重を期した方がいいのは確かなことだ。


「……」


 俺は眉根を寄せた。この大ルーン知識、知られたら全然殺されかねないような内容なのだ。知らない方が幸せな可能性はある。


 ある、が。俺はフェリシーになるべく隠し事はしたくない、と思う程度にはこの妖精娘を入れ込んでいる。


「?」


 そして肝心のフェリシーは首を傾げ、何も分かっていないご様子だ。何とも無邪気な限り、というところ。


 俺はフェリシーに向き合う。


「フェリシー。今から大切な話をするぞ」


「なぁに? ゴット」


 一応聞く体勢になったフェリシーに、俺は説明する。


「俺が今からやるそれこれはな、知られたら殺されても仕方ないくらい重要な情報だ。フェリシーも殺されたくないだろ?」


「!? こ、殺されるのやだ」


「だよな。じゃあ、フェリシーはこの事、秘密に出来るか?」


 俺の真面目な顔に応えるように、フェリシーも真面目な顔になって言った。


「できますん」


「どっち?」


「できま」


「だからどっち?」


「上出来」


「何が?」


 イェーイ、とフェリシーは俺にハイタッチしてくる。仕方なく俺は応えた。するとフェリシーはご満悦に言う。


「おっけ、秘密! フェリシーちゃんは秘密の妖精さんだから、秘密ごとは大得意なのです」


「……そうだな。これはお前の身を守るためでもある。頼むぞ」


 俺は微笑んで頷いた。それから再び、目の前のことに取り掛かる。


 俺は焚き木に爆ぜ種を投げ入れて、金属腕輪をトングで掴んだ。そうすると、じわじわと背徳感が背筋に上ってくる。


 ……ここからだ。ここから、俺は大ルーンそのものに背く。誰かが禁じたルーン魔法の真髄の領域を、俺は侵すのだ。


 ―――堪らない。俺は口を盛大に吊り上げ、言った。


「さぁ、悪いことしちゃうぞ」


 金属腕輪を、炎にかざす。


 そうして待っていると、赤熱するほど腕輪が熱された。そこめがけて、印章でルーンを刻む。


 『排除』『影響』『大ルーン』。


 これで、なぞるだけで大ルーンの影響を外れることが出来る腕輪が完成した。俺は焼き直しを行い、冷却してから脇に置く。


「カッコイイ……鍛冶師だ」


「ルーン入れてるだけなんだけどな」


 俺は肩を竦めて、集中し直す。


「次に、ナイフだ」


 俺はだいだい色に戻ってしまった炎に、もう一度爆ぜ種を投げ入れ青に変える。そこにナイフをかざし、赤熱させ、ルーンを入れた。


 『与える』『性質』『不可視』『存在』『類する』『大剣』『武器』


 二度の赤熱化とルーンの印章押印を経て、俺は冷却、焼き直しの工程を済ませる。そうして鉄バケツの中から、七つものルーン文字が刻まれたナイフを取り出した。


「わお、ルーン文字がいっぱい」


「苦労したんだぞ。このルーン配置でちゃんと効果出るかって検証するの」


 ルーン文字は紙に書いても一応作動するので、大図書館でこっそり試してノートの切れ端を切ったりして検証していたのだ。


 その中でも一番ヤバかったのは、ルーンを発動したら見えない大剣が紙の上に現れた時だった。無から発生した不可視の大剣が机を破壊したのだ。


 それをして、俺は悟った。つまり大ルーンが除外する『神罰』とやらは、実はこの事ではないのか、と。


 要するに、プログラミングでいうところのバグだ。事態を正しく理解できなければ神罰にも感じられるだろう。


 そんな訳で、完全にルーン魔法がプログラミングであることに確信を持った俺は、何とか挙動確認を経て、ナイフにこの小さな大ルーンを刻むに至ったのだった。


「どうなるんだろ……! 楽しみ……!」


 そしてフェリシーは実に都合のいい観客として、俺の横で楽しみに待ってくれている。俺は腕輪とナイフを手に、ドヤ顔で立ち上がった。


「じゃあ、初の小さな大ルーンの観客になってくれ、フェリシー」


「了解!」


 俺は周囲の適当な岩を前に、ナイフを構えた。腕輪を装着し、まずそちらのルーンをなぞる。


 大ルーンの影響が、排除される。その様子に、フェリシーが戸惑いの声を上げる。


「お、おお……?」


 ルーン文字はなぞられると、基本的に僅かな光を放つ。だが、この大ルーン排除のルーンは、虹色に輝いている。その光景は、見慣れなければ奇妙に見えるだろう。


「そして、ナイフの大ルーンを起動することで」


 大ルーンをなぞる。すると、僅かな重さがナイフの先に生じた。


 俺は両手でナイフを掲げる。そして、鋭く振り下ろした。


 ナイフの刃が当たったわけでもないのに、ひとりでに岩が真っ二つになる。


「……!」


 フェリシーは、とうとう言葉を失った。俺も同じだ。初めての大ルーンの行使に、その威力の高さに、声が出ない。


「ご、ゴット。これ、どういうこと……?」


「……不可視の刃だ。それが、このナイフの先から生じてるんだ」


 危険なのでナイフの大ルーンを解除する。それから、改めてナイフを見つめた。


 ナイフなのに、大剣の攻撃範囲を持った武器。しかもその判定は不可視ときた。……ヤバいな。もうだいぶ強いぞ、これ。


 それに、フェリシーは。


「す―――っごぉおおおおおい!」


 わー! と沸き立った。可愛いなこいつ。


 そのままぴょんぴょんと飛び跳ねながら、フェリシーは俺の手を掴んでブンブン振り回す。


「すごいすごい! ゴットすごい! 何これ! 何これ!」


「ハハハハハッ! だよなだよな! これすごいよな! もうこんなの作りたい放題だぜひゃっほー!」


「イェーイ!」


「いぇーい!」


 俺はフェリシーと飛び上がって喜びあう。


「いやー嬉しいな。想像はしてたけど、これはかなりいい。しかもここにエンチャントとスキルを乗せられると考えると、それだけでかなり強いぞ」


「つよつよ!」


「そうだつよつよだ! うおーやったぁ~」


 俺はまじまじとナイフを眺める。こういうのが成功した瞬間ってすげー気持ちいいんだよな。前世の会社は嫌いだったが、プログラミングは嫌いじゃなかった。意図通りにプログラムが走った時は、達成感があった。


 となると、ちょっと欲張りたくなるな。


 俺はナイフを見つめて考え込む。それにフェリシーは「ん?」と首を傾げた。


「どうしたの? ゴット」


「ああ。せっかく良いのが出来たから、是非ともここはさらに良いルーン、いい武器の確保のために使いたいと思ってな」


 すると、フェリシーはキョトンと首を傾げた。


「良い武器は分かるよ?」


「ん? ああ」


 どうした一体。と思っていると、フェリシーは不思議そうに尋ねてくる。


「……良いルーンって?」


「あー理解した。そうだよな。ルーンって他専攻からだと『刻めばいいじゃん』ってノリだもんな」


 専攻でなくとも、他の魔法の概要くらいは学べるのが学院だ。そして初歩の初歩としてのルーン魔法は、彫刻刀で石などに素早く刻むもの、として習う。そう言えばそれは習ったみたいなこと、前にも言ってたな。


 だがそれは、あくまで初歩の話だ。真に強いルーンは、刻むのでは複雑に過ぎる。


「ルーン魔法ってのは奥深くてな。学校で貸し出してるような汎用ルーンじゃダメ、っていう特殊なルーンが存在するんだ」


「ふーん?」


 よく分からなさそうなフェリシーに、俺はニヤリと笑う。


「人呼んで、『伝説のルーン』」


「……おお」


 ロマンが伝わったらしく、フェリシーはワクワク顔だ。


「この伝説のルーンっていうのは、昔のルーン魔法使いが残した、特別なルーンなんだ。ルーン魔法なんて知っちゃえば誰でも使えるから、本当に強いルーンは秘匿されたんだよ」


「秘密の伝説のルーン!」


「そうだ。矛盾しているように感じられるかもしれないが、しょせん人の口に戸は建てられないからな。使っている姿や、酔って口を滑らして、いつしかそれは伝説になる」


 そして、伝説となったルーンは、他のルーン魔法使いの手によって求められる。


「だから、奪われたくない魔法使いたちは、こぞってその『伝説のルーン』をひた隠しにした。隠し工房という名の小さなダンジョンに。あるいは奪われないように死後モンスターになり果てて。あるいは誰かに託すために謎を用意して」


「おお、おぉおおおおお……!」


 フェリシーは俺の語りに目をキラキラさせている。俺の目もそうだろう。伝説のルーンの話は、今でも俺をワクワクさせる。


「ってことで、俺の狙いは序盤最強の伝説ルーンと名高いルーンを狙う。その名も、『影踏み』。普段使いするには弱いが、ある状況下で猛威を振るう。ぶっ壊れルーンの代名詞の一つだ」


「ふぇっ、フェリシーちゃんもっ! フェリシーちゃんも行きたい!」


「そう言うと思ったよ。一人で行くには少し遠いからな。良ければ付き合ってくれ」


「いぇーい!」


 フェリシーはすっかり俺に乗せられて、うっきうきで答えた。本人的には楽しければ良いのだろう。そう言う感じがする。


 ということで、ゴミカス伯爵と秘密の妖精さんの二人で、旅に出ます。いぇい。

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