第100話 学院の地下英霊墓

 俺は翌日、一人で大図書学派の研究院を訪れていた。


 シュゼット、フェリシーとは後で待ち合わせる予定だ。にも拘わらず俺が一人で大図書学派を訪れたのには、理由がある。


「おや、誰かと思えば、昨日入派したばかりで高難度依頼を狙って受注した、勇者のカスナーさんではないですか。朝早くから勤勉なことですね」


「すごい意地悪な挨拶をどうもありがとう、ネリーナ」


「っ!? 会って二回目なのに名前を呼び捨てされました」


「いや、三回目だよ。一回目は君寝てたし」


「!?」


 俺をからかってきたネリーナに軽く反撃しつつ、俺は大広間へ向かう。ネリーナって昼間に寝るんだよな。朝は重役も通るので起きてるのだ。


 大広間に着くと、「お、勇者様のお出ましか」「腕のある学派員が依頼をこなしてくれると助かるからな」と遠巻きにコソコソと声が聞こえる。


「……なるほど、噂ってのは足が速い」


 俺は気恥ずかしさを覚えつつ、ローブを被って大広間を進む。朝の大図書学派の大広間は人が入り乱れていて、俺の大嫌いな人ごみも同然だ。


 俺は必要なこととはいえ人ごみに辟易しつつ、脱出してからとある席に座った。ここでしばらく休むとしよう。


 落ち着いて少しすると、俺の背後に座る者が居た。金髪の大男。バカルディだ。


 バカルディはこちらに振り向かず、背中合わせのまま小声で言った。


「ったくよ。都合よく使ってくれるよな。え?」


「助かってるよ。そっちが困ったときは駆け付ける。賭けてもいい」


「……お前のことを女ったらしっていう奴がいるけどよ、間違いだよな。お前みたいなのは、人たらしって言うんだ」


「それは光栄だね」


「抜かせ」


 背を向け合ったまま、バカルディはククッと笑う。それから、こう言った。


「例の件だが、動きがあった」


 俺は目を剥く。


「……というと」


「学派長、クローディア・マクファーレンは、お前らが秘密の女王に関わっていると知っている。お前が持って行った三つの依頼書。その内、異常存在の監獄で、お前らを捕らえる算段だ」


 俺はそれを聞いて「はー……」とため息をつく。


「調査、助かった。危険だったんじゃないか?」


「俺は大図書学派では影が薄くてな。そうでもない」


「そうかい。ともあれ、ありがとう。十分だ」


 バカルディは立ち上がる。立ち去りざまに、こう言った。


「ひとまず、礼がしたいなら女の一人でも紹介してくれ。お前からの紹介なら、手厚く扱うぜ」


「あー……ま、心当たりがあれば教えるよ」


「おう。じゃあな」


 それだけ言って、バカルディは去って行く。俺は腕を組み、独り言をぽつりと。


「元々食いついてくる可能性を考慮して連れてきたのはあるけど、もうそこまで動いてるとはな」


 まぁいい。仕掛けるタイミングが分かったなら、食い破ればいいだけの話だ。


 俺は立ち上がり、他の用を済ませるべく動き出した。











 俺、シュゼット、フェリシーの三人は、学院のとある場所で集合していた。


「知ってはいたが、暗いな……」


 俺の呟きに、うんうんと頷くシュゼット、フェリシー。


 俺たちの眼前にそびえるのは、森だった。


 学院内の森だ。以前シュゼット、というかシュテファンと戦ったのとはまた別の森。


 その名も、『異形の森』と言った。


「ひどい名前付けるよな。平民交じりの特待生寮に続く道だからって、『異形の森』ってさ」


 俺はゲーム時代から思っていたことを口にする。


 アレクサンドル帝学院は、貴族学院だ。だから基本的に貴族しかいない。しかしたった一つだけ、平民、というか身分問わず受け入れる制度が存在する。


 すなわち、特待生制度。


 かなり難関とされるアレクサンドル帝学院の特待生制度は、下手をすれば数十年特待生が現れない、ということもあるらしい。詳しくは知らないが、大天才しか入れないと。


 そんな特待生が押し込められる特待生寮は、維持コストの関係もあり、この真昼間でもひどく暗い異形の森を抜けた先の、不可思議な建物となっている。


「今って誰が特待生寮に入ってるんだっけ。『殴竜姫』……スノウのお姉さんと」


「今はそんなもんじゃない? 秋学期からは飛び級で入る姫様の妹、『運命姫』が追加されるはずだけど」


「そうなんだよな……正妃様の娘三人って、スノウ除いて全員特待生なんだよな」


 スノウ……というのは置いておくとして。ちなみに飛び級追加はもう一人いたはず。確かに日本枠みたいなキャラだった。


 そんな話をしていると「むー!」とフェリシーが俺たちの服の袖を引っ張る。「どうしたどうした」「フィー? 何か気に入らなかった?」とそれぞれ問うと、フェリシーは言った。


「フェリシーちゃんも特待生! 忘れないで!」


「……えっ、そうなの!? マジか全然知らなかった」


「へー! そっかフィーがその枠だったんだ! 特待生名簿で一つ情報のない枠があると思ったら」


 俺たちは感心の構えだ。フェリシーってブレイドルーンでは設定上全然出番なかったけど、実はかなり重要な役割についてるよなこいつ。


「じゃあこの先の特待生寮に?」


「住んでる! ……怖いからあんまり帰んないけど」


「そうなのか……え、じゃあいつもどこで寝てんの?」


「……寒くないとこ?」


 えっ、野宿?


 俺はマジか、という目で見てしまう。いや、帰ればいいだけの話なのだが、それでも野宿は不憫が過ぎる。


「……大人しくできるなら、俺の部屋で寝るか?」


「え! 本当!?」


「えっ!? いやいやいやいや! それはダメだよ! ゴットがよくてもアタシ含めた他の皆が許さないよ! ただでさえ最近思春期入ったのに!」


 それはそうかもしれない。思春期が特に。


「でも流石に不憫が過ぎるよ……女の子が野宿って」


「分かった! フィー、話は通しておくから、アタシ、ヤンナっち、姫様のお部屋においで」


「えー……ゴットの部屋がいい~」


「わがまま言わない! 順番が回ってきたら許されるでしょ」


「確かに」


「その順番制って何? 聞けば聞くほど俺の意志が介在してない気がするんだが」


「「……」」


「何か言えよ」


 せめてこっち向け。明後日の方向むくな。


 ともかく、そんな形で俺たちは出発した。


 異形の森、と言われるだけあって、非常に不気味な森だった。俺たちが進んでいる道をまっすぐ進めば特待生寮に至るが、今回は用がない。


 しばらく歩くと、横道が現れる。俺たちは目配せし合って、横道に入っていく。


 さらにしばらく行くと、見慣れない女神像が建てられていた。そこだけ日が差していて、神々しく見える。目を閉じ、手を組んで祈るようにした少女の女神像。


 詳細は知らないが、この女神こそが帝学院生のレベルアップ制の根幹となっているらしい。俺は像に向かって手を組み、祈りをささげる。


「礎となりし大英雄に、無上の敬意を」


 ガガ、と音を立てて、女神像が動き始める。フェリシーはそれを見て「おぉ~!」と目を輝かせ、シュゼットは「ここの結晶ゴーレムって物理攻撃全然効かなかったよね」と言う。


「ああ、そうだ。だからドルイド修めてるとやりやすいぞ。俺も朝方に大図書学派で短杖を七本ちょろまかしてきた」


 俺はスノウに買ってもらった短杖と合わせて、八つの短杖を指の間に挟んで腕を交差させる。「そんな爪武器じゃないんだから」とシュゼットは苦笑だ。


「っていうか、よく見たら短杖って全部違う材質だね。木製は木製だけど、木の種類が違う?」


「お、よくぞ気付いた。木の材質で属性威力って変わるんだよ。と、終わったな」


 女神像が動き終わったその足元には、秘密の階段があった。「すごいすご~い!」とフェリシーは飛び上がって喜んでいる。本当に飛びあがっている。翅で飛んでいる。


 宙返りに失敗して墜落しかけたフェリシーを抱き留めつつ、俺は秘密の道に足を踏み入れた。カツン、と硬質な足音が、地下へ地下へと続く道に反響していく。


「こう言う瞬間は、いつだって滾るんだ」


 俺はうずうずする冒険心に身を任せ、いの一番に進んでいく。その後から「待ってよゴット~!」とフェリシーが追い、「はしゃいじゃって」と肩を竦めてシュゼットが追従する。


 いくか階段を下ると、いかにもダンジョンという道が広がっていた。石造りの道が真っすぐに伸び、いくつかの横道と突き当りで左右に分かれる道がある。


「ま、初見じゃないから迷ったりはしないけどな」


 一度死ぬほど迷った道は、再び足を踏み入れれば何となく道の繋がりが分かるもの。ここをまっすぐに行くと小部屋があって敵モブがいる。ここを横に曲がればさらに道が続く。


 そしてその道を少し行くと足元にスイッチ罠が―――


 とか思いながら歩いてたら、足元からカチッと音がした。


「あ」


 これやったわ。


 俺は近くで聞こえたガシャンという音に、横を見る。すると壁が上がっていき、上り坂に続いているのが分かる。


 その頂上には、とても大きな鉄球が。


「やっちまったぁ~……」「わ、わ、わ」「これ走るしかないね。トゲの落とし穴には落ちないよう気を付けて、行くよ!」


 俺たちは反転し、猛ダッシュで鉄球から遠ざかる。だがフェリシーは小柄で、俺たちの速度についてこられない。


「ご、ゴットぉ~っ……!」


「くっ、フェリシー! 飛べ! あの鉄球はデカイが、天井をこするほどじゃない! 上側には隙間があるから、そこに潜り込め!」


「で、でもゴットたちとはぐれちゃう……」


「そのまま脱出してくれ! このダンジョンは初見では無理だ!」


「うぅ~! 分かったぁ……!」


 翅を生やしたフェリシーは、すい、と空中に上昇する。鉄球の上をすんなり潜り抜け、「躱せたよ~!」とフェリシーは言う。


「よし! じゃあそのまま脱出だ! 俺たちはこのままクリアしてから戻る!」


 言いながら、俺たちは猛ダッシュを続ける。だが鉄球のが幾分か速い。避難所はもうすぐそこだ。


「アハハッ! 何ていうか、こういうのってダンジョン攻略の醍醐味だよね!」


 必死に走りながら、いい汗をかいてシュゼットがいうものだから、俺は笑ってしまった。


「ああ、そうだな! じゃあ―――」


「うん―――」


 俺たちは同時に武器を展開する。


「影走り」「走れ、デウスエクスマキナ」


 俺の指鳴らしと、シュゼットの指輪弾きが合わさる。現れる武器のルーンに手を翳し、俺たちは駆ける。


【影狼】【縮地】


 間一髪のところで道横の隙間に転がり込む。その横を鉄球は通り過ぎていった。ふーっ! ギリギリセーフだったな! あー楽しかった。


 俺は汗をぬぐいながら、「いやぁ迂闊だった。悪いな」と軽く謝る。すると「ううん、気にしないで」と言いながら、シュゼットはピンク色に輝く飲み物を手にしていた。


「……シュゼットさん?」


「いやぁ喉が渇いちゃったな。ちょっと飲むね」


「いやあの、それ、媚薬」


 俺の制止など気にもせず、シュゼットはゴクゴクとピンクに輝く飲み物を飲み下す。錬金フラスコに入ったその飲み物を飲み終えたシュゼットは、「ぷはぁ」と飲み終え息を吐いた。


「……あの、それさ。俺の勘違いじゃなきゃ、昨日作った強めの媚薬なんじゃないかなーって思うんだけ、ど……?」


 シュゼットの瞳が、明らかに焦点が合わなくなる。顔が紅潮し、「ふぅ……♡」と湿度の高い息を漏らす。


「にしても、動いて熱くなっちゃった……♡ ちょっと脱いじゃうね……?」


 ぼんやりとした目のままに、シュゼットは服を脱いでいく。制服の前ボタンを外すと、小柄なのに大きな胸が弾む。身をよじって服を取り去るごとに、黒のツインテールが揺れる。


「ね、ゴット……♡」


 シュゼットはゴソゴソと服を脱ぎながら、俺に言った。


「前言ってた、ゴットの全裸装備、アタシもちょっといいかなって気持ちになってきたかも……♡」


 服を脱いではポイと虚空に突っ込んで、シュゼットはとうとう下着姿と化した。それから俺にしなだれかかって「ね、ゴット……♡」と俺の顔の至近距離から見上げてくる。


「ゴットも、全裸装備で一緒に冒険しよ……♡ どうせ即死トラップばっかりのダンジョンだし、回避率のが大切だよ……♡」


 ね、ゴット。とシュゼットは言う。


「一緒に、悪いことしちゃお……?」


 俺は理性と下心の激しい争いを行いながら、拳を固めて叫んだ。


「俺はッ! 負けないッ!」


 指を鳴らしながら「装備セット、魔法使い!」と叫び、俺は杖とローブに身を包む。

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