第42話 初周チートビルドVS十周引継ぎビルド
シュテファンは二刀流に切り替えてから、まず「夜と吹雪、うざいな」と言った。
「カスナー。この二つ、邪魔だから消すぞ?」
「は? そんなことでき―――」
「できるさ。ルーン魔法の環境変化ごとき、一撃で切り裂ける」
「―――ッ、まさか」
シュテファンは笑う。そして、デウス・エクス・マキナを振るった。
【空砕き】
吹雪が去っていく。夜が砕け散る。俺が作り上げた戦闘空間が、一振りの下に破綻する。
「ん、やっぱりだ。一撃」
「……シュテファン。お前チートだよ」
「オレは悪いことなんかしてないぜ。ただ、同じ時間を繰り返し生きてるだけだ」
俺の文句に、シュテファンは得意げになって笑う。機構剣が嘲笑うように歯車の噛み合う音を響かせる。
「確かに、これで互角だな。素の環境ならオレの方が強い。お前の作った環境ならお前の方が強い。そしてオレたちはお互い、環境を自分色に塗り替えられる」
シュテファンはニ、と笑う。これは、分からなくなってきた。分からなくなってきてしまった。―――それが、どうしようもなく楽しくなってしまう。
「行くぜ、カスナー」
シュテファンはずんと一歩踏み出した。ルーンの輝き。一気に肉薄してくる気配を感じて、俺は大曲剣のルーンをなぞる。
【縮地】
【影狼】
高速で俺たちは交錯し、剣戟を交わす。大きな金属音が響き、俺たちはお互いを弾き合う。
「ホントそれ一本で完結するの羨ましいねッ! ―――【陽薙ぎ】ッ!」
俺は弾き合った一瞬の空白に合わせて大曲剣を振るった。太陽が沈み、夜が訪れる。
「やらせるかよッ! 【空砕き】ッ!」
そして夜が砕ける。俺はそのやりあいがバカバカしくて笑いだしてしまう。シュテファンもバカ笑いを上げて、離れた場所から呪刀を俺に振るう。
【死狂いの
呪刀から放たれたどす黒い斬撃が、俺に向かって一直線に飛んでくる。状態異常『即死』を大きく蓄積させる斬撃。「怖い攻撃するなよバーカ!」と言いながら、俺は指を鳴らした。
氷ビルドに転身する。小盾で、斬撃をパリィする。
【氷鳥の報復】
斬撃は無効化され、その魔力の全てを氷鳥へと変換した。「何だそれ知らねぇぞ!」とシュテファンは機構剣を構えた。
氷鳥がシュテファンを襲撃する。しかしその時にはすでに、シュテファンは準備を終えていた。
【縮地】
氷鳥の攻撃を避けながら、奴は俺へと接近してくる。俺は一瞬の内に様々な手を考慮し、そして大盾のルーンをなぞった。
【シールドバッシュ】
切りかかってくるシュテファン目がけて、俺は大盾を構えて突撃する。大技ぶっぱしまくる中で小技を使ってくると思っていなかったシュテファンは、大盾に突き飛ばされて転がった。
「ぐっ、テクい技を!」
「隙だらけだぜシュテファンッ! 【陽薙ぎ】ィッ!」
夜が来る。シュテファンは『空砕き』で環境優勢を取り返そうとするが、そうは問屋が卸さない。
起き上がり、剣を構えるシュテファンに、俺は再び【シールドバッシュ】で突撃した。シュテファンは慌てて【縮地】で回避する。だが、その隙で十分なのだ。
俺は指を鳴らす。氷ビルドから影ビルドに転身する。行くぞ、シュテファン。
【影踏み】【影狼】
俺が『影狼』でシュテファンに近づく、その歩みの度に、『影踏み』は発動する。一撃でも重い威力を持つ影の棘が、【縮地】で逃げまわるシュテファンに追いすがる。
「いつまでも逃げられると思うなよッ?」
俺はシュテファンの動きを先読みして、一瞬先手を打って切りかかった。大曲剣と呪刀がぶつかる。だが、それだけで十分だった。
【影踏み】の棘が、シュテファンを打ち上げる。
「ガァアアッ!」
「まだまだァッ!」
俺は踏み込み、【影踏み】と【影狼】のコンボでシュテファンを完全にハメに掛かる。一歩の動きも許さない。一撃の反抗も許さない。俺は80レベルそこらで、500レベル超のシュテファンを蹂躙する。
「ぐぅっ、クソ、クソクソクソクソッ! 【空砕き】ッ!」
それでも、吹き飛ばされて、激痛と衝撃にもまれながら、シュテファンは一方的な局面を打開した。夜が砕ける。俺は舌打ちをして、シュテファンから距離を取った。
「ゼーッ、ゼーッ、ゼーッ!」
シュテファンは激しく呼吸しながらも、血まみれになりながらも、俺を強く睨みつけていた。そしてポーションを飲む。ああ、いいだろう。俺も殺す気なんかない。ただ、心をへし折って勝ちたいだけだ。
シュテファンは、消耗した様子で俺に語り掛けてくる。
「……カスナー……お前、オレが、思う、何倍も、強いな……」
「だろ? ステータスも武器も揃っちゃないが、こちとら記憶じゃ数百周はしてるんだ」
「数百周……!? ハハ……そりゃ勝てねぇわけだ……。前の周のお前とは、比べものにならねぇよ、ホントさ……」
けどな、とシュテファンは言う。
「それでも、オレは負けねぇよ。数えきれないくらい死んで、合計十回も世界を救って壊して、その強さをすべて引き継いで、オレはここに立ってるんだ」
「そうかい。で? どうするっていうんだ?」
「奥の手を、使わせてもらう」
シュテファンは機構剣デウス・エクス・マキナを高く掲げた。来るか、と思いながら、俺は後ろ手に指を鳴らして、とあるものを呼び寄せ、懐にしまい込む。
「帝国四聖剣、デウス・エクス・マキナ。奥の手を、起動しろ」
機構剣は、歯車をこれ以上ないほど高速回転させる。その中で、残像同士が奇妙に組み合って、独特のルーン文字列を浮かび上がらせた。
それは、デウス・エクス・マキナ固有の、伝説のルーン。
「【機械仕掛けの神】」
シュテファンの言葉と同時、その背後に機械で出来た妙な幻影が現れる。幻影は緩やかに手を広げ、そして俺めがけて飛んできた。
俺はそれを躱さない。躱せないし、これそのものに威力はないからだ。
そうして俺は、機械仕掛けの神の支配下に置かれる。シュテファンが話し出す。
「『機械仕掛けの神』は、因果律を人工の手段でもって干渉し、たった一撃だけ、何が起ころうとオレからお前への攻撃を必中にする」
言いながら、シュテファン用済みだとばかり機構剣を地面に突き刺した。そして、呪刀死狂いを、突きの形に構えだす。
「それは、宿命レベルの必中だ。逃げても当たるし、オレが死んでも当たる。そして今からその必中の攻撃として、渾身の【死狂いの運命】を放つ。お前に、問答無用の死を与える一撃だ」
「おーおー怖いねぇ。俺を殺すつもりはないんじゃなかったか?」
「オレにも意地があるんでね。殺した後で生き返らせてやるよ。―――全力も出さずに負けるなんて、性に合わないんだ」
呪刀死狂いから、澱んだ黒いオーラが立ち上る。それは飛ばす斬撃のそれの比ではなく、おびただしいほどの量を放ち始める。
「【死狂いの運命】は、斬撃単体でも敵を死に近づけるが、刀身部分に切られれば、一撃で即死だ。これでオレは、お前に勝利する」
「果たしてそれで勝てるかな?」
「勝つさ。この一撃を受けて、生き延びた奴は居ないんだ」
そして、【死狂いの運命】が溜まりきる。俺は「やってみな」と剣を握ったまま両手を広げた。
シュテファンが、大きく一歩を踏み出す。
「貫け、死狂い」
【縮地】が発動する。地面に突き刺さっていたはずの機構剣が、ルーンを自動で発動させ、シュテファンの背中を後押しする。シュテファンはまっすぐに俺へと肉薄し。
―――そして、俺を死狂いで貫いた。
「か、は……」
俺は心臓を貫かれる。心臓に死狂いの呪いが入り込み、侵していくのが分かる。
そしてシュテファンは、呪刀を切り払った。俺は倒れる。
「……こんな反則みたいな方法だが、それでも、勝ってやったぞ、カスナー」
言い切ってから、シュテファンは一気に崩れ落ちた。大きく深呼吸を繰り返しながら、手を地面について喘いでいる。
それを見ながら、俺は立ち上がった。
「……は?」
俺を見上げて、シュテファンは呆然とする。俺はニンマリとシュテファンに笑いながら、「なぁ」と呼びかけた。
「俺、えほんのもりに行った、って話したろ? 何でだと思う」
「……」
「正解は」
俺は、先ほど懐に隠したそれを取り出した。
「仲間を身代わりにするオギリザルと、『報復』の花言葉を持つマボロシアザミで作る呪物、『身代わり人形』を作るため、でした~」
「――――ッ!」
シュテファンは人形を見て、一気に総毛だった。身代わり人形。呪いを使用者の代わりに受け取るという、シンプルな呪物。デウス・エクス・マキナと死狂いの二刀流環境を終わらせた装備品。
その身代わり人形は、俺の代わりに左胸に大きな穴を開け、呪いの汚泥を垂れ流していた。俺は用済みになった身代わり人形を手放しながら、シュテファンに近寄っていく。
「さて、じゃあ勝負再開といこうか、シュテファン。『機械仕掛けの神』の反動で、寝るまで体力も精神も回復できなくなったシュテファン君。圧倒的不利な状況で、もう一度、ほぼ敗北した剣戟を交わそうか」
「あ、ああ、あああ……!」
俺が笑いながら近づくと、シュテファンは怯えながら、這うように後ろに下がる。それを俺が追い、シュテファンが逃げ……とうとう、逃げ場がなくなった。
シュテファンの背中が、木にぶつかる。シュテファンは背中を振り向くことさえできずに、俺を見上げている。
俺はその首筋の真横から、背後の木に、大曲剣を突き刺した。
「ほら、再開だ。立てよ、シュテファン」
「……~~~~~~っ」
シュテファンは心底悔しそうに唸り、俺を睨みつけ、そしてとうとう、項垂れた。
「……降参だ」
俺はそれを聞いて、満面の笑みで剣を肩に担ぎ直す。そして一言、こう告げた。
「はい勝ち~」
勝利、最高に気持ちいい。
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