第43話 ヤンナの思惑

 ゴットとシュテファンの激しい戦いをこっそりのぞき見ていたヤンナは、戦闘終了後、そっとその場を離れ、駆け足で自室へと戻った。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 激しい呼吸を繰り返す。息切れもあるが、感情の大きさがほとんどだ。その、大きすぎる感情を抱きしめて、ヤンナは叫んだ。


「ゴット様!!!!! 可愛すぎ!!!!!」


 想い、爆発である。


「あああああああ! 何ですかあの調子乗ったお顔! 可愛すぎます! ダメですダメダメダメ! あんなお顔エッチすぎます!」


 ヤンナはぼふぼふベッドに頭をぶつけながら身悶えする。それからひとしきり暴れた後、「ふぅ~……」と静かになった。


 静寂の中ぽつぽつ呟く。


「でも、これでゴット様のお命を狙う不届き者はもういない、という事でいいのでしょうか? ゴット様もお優しいことです。殺してしまえばいいものを」


 完全に心を折った雰囲気があったから、ヤンナから差し出がましいことをするつもりはなかったが。それでも、後顧の憂いは断ってしまえば、と思ってしまう。


 とはいえ、それもゴットの考えだ。尊重せねばならないだろう。難しい顔で、ヤンナはそう結論付けた。


 それから、大きなため息を吐く。


「にしても、本当に立派になってしまわれました……。そこだけ、ちょっと残念です。ダメダメで、ヤンナだけに依存していた少し前の状態も最高でしたのに……。少し嫌なことがあっただけで癇癪起こすところとか、赤ちゃんみたいで可愛かったですのに……」


 ヤンナはうんうんと唸る。今のゴットも前のゴットも好きなだけに、悩ましいばかりだ。


「でも、味わいが変わっただけ、みたいなところありますよね。調子に乗りやすいところは変わってませんでしたし。あ~、でももっとダメになって欲しいです。ダメダメになって、ヤンナだけに甘えて欲しいです……うぅ~」


 そう。ヤンナにとって、今のゴットはちょっと立派過ぎるのだ。ヤンナは生粋のダメ男好き。自分がいなきゃこの人はダメ感が好きなのだ。暴力を振るってくるクズとか割と最高。


 なのに、今のゴットと言えば。


「姫殿下と知らない内に婚約結ばれるくらい仲良くなってますし、フェリシーさんとも妙に仲がいいですし~。ヤンナを一挙手一投足まで束縛してた頃のゴット様はどこに行ったんですか~。むぅう~」


 強くなっているし、賢くなっているし、その上モテ始めている。


 これではダメだ。ダメなのだ。ここまで手塩にかけてゴットをダメ男にしてきたのに、ここにきて立派になって、他の女に取られました、ではヤンナに立つ瀬がない。


「あぁ……ゴット様……もっとヤンナは束縛されたいです。もっと、もっともっともっと!」


 ヤンナはベッドの巨大なゴット人形をぎゅううと抱きしめながら考える。


「最近は大ルーンをお手伝いしていますから、そこで何とか秘密を共有する仲間、みたいなポジションを作れてますけど、そんなのじゃヤンナは不服なのです。もっと依存して欲しいのに」


 ぷん、と少しおこなヤンナである。とはいえ、一人で悶々としていてもどうにもならないというもの。


 ならば、ヤンナの選択肢は一つだ。つまりは、行動である。


 だからヤンナは起き上がる。起き上がって、鼻歌交じりに小さな人形を並べた。


 人形は四つ。ゴット、ヤンナ、スノウ、フェリシーを模って、ヤンナが製作したものだ。


「でも、ゴット様、呪物にまで造詣が深いとは思いませんでしたね。まぁルーン魔法も呪物も親戚関係なので、そこで知っただけかもしれませんが」


 さて、どうしようか、と考える。ゴットと一緒に作った身代わり人形が破壊されたのは確認したし、今ならそのまま呪術が通るだろう。


 呪術。ここでいうそれは、古代からある根源的なそれだ。、高度なそれではない。ちょっとしたおまじない程度の物。本気でやるならば、もっと大掛かりに幻想を構築しなければならない。


 だからヤンナは、とても気軽にゴットを呪う。


「とりあえず、ヤンナに依存はして欲しいですよね」


 ゴットの人形をヤンナの人形に抱き着かせる。その上で、チクチクと縫い針で縫って、ゴット人形がヤンナ人形から離れられないようにする。その様が何だか可愛くて、「うふふ」とヤンナは笑う。


「あとは~そうですね。そうは言っても他二人が中々強力そうなので、いい機会ですし排除してしまいましょうか。これでまた、ヤンナとゴット様の二人きり……♡」


 言いながら人形を手に取ろうとする。そこで、手が止まった。


「……あ、れ……手が、届きません」


 ヤンナは、人形に伸ばした手が、どうしても人形に届かないと眉を顰める。そうしていると、小さな、囁くような声が聞こえた気がした。


「スウーン」


 ヤンナは妙に眠くなって、「むにゃ、ゴット様……」と呟きながら、ベッドに倒れ込む。


 その上から、声が降ってきた。


「ね。その呪術っていうの怖いから、ゴットにも、姫様にも、フェリシーちゃんにも使わないでね。オーダー」


 ヤンナの意識に、その三人に呪術を向けてはならない、という命令が刷り込まれる。そんな刷り込みの命令にも気づかないまま、ヤンナは静かに意識を落とした。

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