第41話 主人公、シュテファン

 帝国四聖剣とは、帝国に在籍していた歴代勇者が残した、四つの聖剣のことだ。


 宝剣デュランダル、剣の王、秘刀無形、そして機構剣デウス・エクス・マキナ。


 そのすべてが絶大な力を持ち、ぶっ壊れビルドを構築する一要素と化しているのだが、デウス・エクス・マキナはその中でも『単体でビルドとして成立する』とプレイヤーたちに言わしめた、単体最強武器の一つだ。


 高すぎる対応力に、一度きりの。環境が来たときは俺も何度か使ったが、強すぎて面白くなかったので、すぐに使わなくなった。


 しかもさらに組み合わせを組んで最強ビルドを組んでしまえるのだから、環境が過ぎ去ってもなお一定の使い手がいるほど、この武器は強かった。


 ―――要するに、そう言う武器なのだ。今、シュテファンが握り、俺に向かおうとしているのは。


「これは、滾るな」


 俺は、武者震いを起こすほどの高揚と緊張を覚えてしまう。これはもう対人の空気感だ。


 今までの、ネタが分かっている敵とは訳が違う。推察は出来るが、確定は出来ない。そういう、不特定要素の拭えない戦いになる。


 ああ、ヤバい。ワクワクしちゃうね。


 


 俺の思考は、もう、ほとんどそこに集約されている。


「……いいね。俺も、お前とは是非やり合って見たかったんだ、シュテファン。しかも、十周目とかさ。燃えてくるじゃんか。レベルも、大体500の大台に乗ってくる頃だろ?」


「ああ、521だ」


「ハハハッ! 俺の今のレベルの六倍以上って訳だ! こりゃあ腕がなるなぁ。ったく……」


 俺は笑みを抑えきれない。だから、手を指鳴らしの形にし、ギラギラとした目で奴を見つめるのだ。


「是非ともやらせてくれ。その胸借りるぜ、主人公」


 俺は指を二度鳴らす。書召喚の大ルーンが、起動する。


 俺の手元に、大ルーンの書が現れた。現行の正式版だ。大ルーンの書は勝手に開く。だから俺は、「装備セット、氷影」と告げ、そこに左手をかざす。


 ページが、勝手に捲れていく。そこに記された大ルーンが一気に起動し、俺の記述した術式が成立する。


 そして俺は、本を閉じた。大ルーンの書は光の粒子となって消えていく。代わりに現れるのは、深雪の直剣に氷の鎧に大盾。腰には氷鳥の小盾と氷の槍がくくりつけられ、右手には氷雲のブレスレットが装着される。


 氷ビルド。その、フル装備バージョンだ。


「……一気に重装備になったな」


「そりゃあ聖剣なんか持ってこられたんだ。こっちだって伝説武器フル装備でやらせてくれよ」


 茶化しながら、俺は頭鎧の蓋を下げ、氷ビルドを完成させる。大盾を構え、守りを構築する。


 まずは見だ。知り尽くした雑魚でもない限り、これは絶対に揺るがない。


「慎重なことだ。だが、その守り一辺倒な戦闘スタイルは、俺相手には悪手だぜ」


 シュテファンは、デウス・エクス・マキナを高く掲げる。機構剣が、ギャリギャリと歯車を回している。


「何せ―――どんな重装備だろうと、この一撃には耐えられないんだからな」


 踏み込み、機構剣の中で歯車がかみ合い、ルーン文字列が成立する。俺はそのルーンを見て、「あ、やべ」と言っていた。


 シュテファンの機構剣に、澄んだオーラが立ち上る。そのまま、奴は大剣で周囲を薙ぎ払った。


【光波】


 白い衝撃めいた波が、シュテファンの薙ぎ払いから一気に周囲に伝播する。俺は慌てて大盾の内側に深雪の直剣を突き刺して、ルーンをなぞった。


【吹雪呼び】


 周囲に吹雪が訪れる。吹雪バフがかかり、氷ビルド全体が強靭になる。あとはもう、俺が必死に耐えるしかない。盾を力強く構え、俺は腹に力を入れた。


 とてつもない衝撃が、盾を正面に襲い掛かってくる。


「ぐっ、あぁぁぁあああああああ!」


 俺は叫びながら必死に耐えた。パイロットライトの火の砲弾以上の衝撃。だが俺とてレベルを上げている。レベルが上がれば基礎防御力も上がる。だから耐えろ! 耐え切れッ!


 衝撃のすさまじさに、俺の足がどんどんと後退し、土にめり込んでいく。もっと、もっと姿勢を低くしろ。発動時間的にあと少しでいい。あと一秒―――ッ。


 衝撃が、俺を大盾ごと吹き飛ばす。


「へぇ。やるじゃん。盾を構える程度なら、すぐに飲まれて死ぬんだが」


 その俺の大きな隙を前に、シュテファンが肉薄していた。機構剣はすでに振りかぶられている。マズイ―――ッ。


 と、本来なら思うのだろう。


「ふは、ヤベーおもろすぎだろっ」


 俺は盾を引っぺがされても、余裕を崩さない。体勢はこのままでは食らうばかり。何せ氷ビルドは頑強な代わりに鈍重。一度崩れれば立て直すのは困難。


 だから俺は、指を一度鳴らす。


「はっ?」


 シュテファンが戸惑いの声を上げる。何故なら、俺の氷ビルドが一瞬の内に、光の粒子となって弾け飛んだからだ。それはシュテファンの目を潰し、一撃を空振りに終わらせる。


「クソ、その程度の子供だま」


「子供だましで良いんだよ。一瞬あれば、十分なんだから」


 光が消える。目くらましが終わる。その頃には、もう氷ビルドは俺の周囲から失せ、ただ手の中に大狼の大曲剣が収まっている。


 そして俺は、ルーンをなぞるのだ。


 尻もちをつきかけていた体勢を、ルーン魔法が無理やりに整える。体勢に無理をさせて、足で強く地面を掻く。


 さぁ、反撃の時間といこう。


【影狼】


 俺は影となって、シュテファンの真横を駆け抜ける。


「カッ、ぐ、テメェ……!」


 横薙ぎの一閃を食らって、シュテファンは血を流した。だが、浅い。俺はシュテファンに向き直りながら、再び大剣を肩に担ぐ。


「いや、流石機構剣デウス・エクス・マキナだ。知ってはいたが、『ルーン文字列』の自動生成機能、えぐいな。装備一つで汎用ルーン魔法撃ちまくりだろ? いやぁ困っちゃったな。そんな強い武器持ち出されるなんてさ」


「ハ、ふざけやがって。今のルーン魔法、覚えがあるぞ。どこかの森の狼が使ってた奴だ。ってことは、それ伝説武器じゃねぇかよ」


「大当たり~」


 俺はニンマリと笑う。シュテファンも笑っている。お互いの手の内が分からない敵、と言うのは楽しいのだ。


 ―――何をしてくる。


 ―――俺はそれに対応できるか。


 ヒリヒリして、どうしようもなく勝利が欲しくなってくる。


「つーか、今の何だよ。どうやって装備を一瞬の内に変えた? 最初に出してた妙な本は、今回は出さなかったよな」


「何を言ってるんだ。そんなの今教えるわけないだろうに。でも、安心してくれ。ちゃんと俺が勝ったら教えてやるさ」


「逆だろ。オレがお前をボコボコにして、力づくで聞きだしてやるんだよ」


 挑発がぶつかり合い、空気が心地よくヒリついていく。再び機構の大剣を構えるシュテファンに、俺は言い返した。


「何言ってるんだ。レベル六倍ごときが、世界の法則レベルでズルしてる俺に勝てるわけないだろ?」


 俺は二回指を鳴らす。大ルーンの書が手持ちに召喚される。「大魔法、夜」と告げると、大ルーンの書の途中が開かれる。


 俺はそして、ニヤリと笑った。




「さぁ、悪いことしちゃうぞ」




 本に手を当てる。ものすごい勢いでページがめくられ、そして終わった。本を閉じる。手の中から失せていく。


「……お前、今何した」


「悪いこと、さ。この世界の法則そのものを乗っ取って、俺に都合よく変えてやった」


 くつくつ笑う俺を、シュテファンは気味悪そうに睨んでいる。一方自己主張を強めるのは大狼の大曲剣だ。『大魔法、夜』の発動中、俺の武器は常にその刀身に闇を宿す。


「もったいぶっても仕方ないから、早速見せてやるよ。夜の大魔法。名付けて―――」


 俺は大曲剣を、


「―――【陽薙ぎ】」


 太陽が、沈む。


「なッ!」


 太陽が、剣に弾かれたように消える。森が暗がりの中に沈んで行く。そうして、俺の領域が広がっていく。


「お前、まさか」


「ああ、そうだ。大魔法に相応しいだろ? 太陽は落ち、そして夜が来る。夜がくれば闇が覆う。そして――――」


 俺は、強く足踏みをする。


「【影踏み】が、お前を襲うのさ」


「―――ッ!」


 シュテファンに、夜の闇の全てが棘となって襲い掛かる。それにシュテファンはいくつかのルーン魔法を抗おうとするが、その膨大な量の攻撃を捌ききれず、一撃でボロボロになる。


「ガ、くぅ、は、ぁ……!」


 影の棘に打ち上げられ、なおシュテファンは倒れなかった。立ち上がり、そして何かを飲む。ポーションか何かか。対人勢は宗教上(仕様上ポーションの数で有利不利が生まれるため)あんまり飲まないのだが、普通は窮地になればそりゃ飲むよな、と思う。


 シュテファンは言った。


「は、はは……! こりゃあ、ズルいな。こんな魔法、見たことないぜ。しかも、夜にめちゃくちゃ強い『影踏み』かよ。オレも用意してくればよかった」


「だろ? これで、状況づくりは完了だ。お前の攻撃はこの吹雪の中、一撃までなら氷ビルドで耐えられる。そしてこの夜は、お前のガードを大きく上回って貫ける」


 だから、と俺は続けた。


。これで、俺の想定する十周目のお前と、互角になる。……そろそろ、手の内全部明かせよ。持ってんだろ。もう一振り。えげつねぇのをさ」


「……ふ、くく、はは、アハハハハハハハハハハッ!」


 俺が言葉を突き付けると、シュテファンは心底可笑しそうに笑う。目じりに涙がたまるくらい、本気の本気で笑いだす。


「ははは、ぷっ、あはははははっ。カスナー。お前本当にオレのことメチャクチャ知ってるんだな。いいや、違うな。把握されてる、ってところか? 推測で言ってるような雰囲気がちょっとある」


 が、とシュテファンは俺を見た。


「正解だよ、カスナー。お前のこと抜かないでおいたけど、このままじゃ負けるなら、抜くしかないよな」


 シュテファンは虚空に手を突っ込む。空中でシュテファンの手が無にのまれ、その手首を中心に波紋が広がる。


 そして抜き出した時、その手にはボロボロの、禍々しい刀が握られていた。それに、俺は分かっていても文句を言いたくなる。


「うわー、出た出た、出たよ。最強最悪の中二ビルド。強武器で暴れられればいいキッズがよぉ」


「はぁあ? お前が抜けって言うから抜くんだろうが、この野郎」


 言いながらも、シュテファンは獰猛な笑みを宿したままだ。その刀に呼応するように、デウス・エクス・マキナがギャリギャリと歯車を回す。


 警句。とシュテファンは宣言した。


「『見れば衰え、触れれば障り、抜けば勝利に死に狂う』」


 シュテファンが刀の鯉口を切ると、ぎ、と鈍い音がした。抜くと、ぎりぎりぎり、と錆びたような嫌な音がする。


 それに俺は、ああ、と思うのだ。


 抜き放たれるその刃は錆びだらけ。あらゆる遣い手に愛されず、ただ勝利のみをもたらしてきた刀。そしてその勝利の代償に、宿主の運命を奪ってきた呪いの一振り。


「呪われた勝利の十三振り。呪刀『死狂い』」


 抜き放たれたその刀身には、触れたものすべてを呪い殺す怨念が宿っていた。俺はそれを見て、興奮に笑ってしまう。


 常に遣い手に『即死』の状態異常を蓄積する、恐ろしい刀。溜まり切ったら文字通り遣い手は即死する。その分恐ろしいほど高い攻撃力とスキルを持つ。まさに諸刃の剣。


 だがその欠点は、デウス・エクス・マキナの汎用ルーン魔法『自動浄化』によって喪失する。


 作中最強格の聖剣に、作中最悪の妖刀。二振りは不思議にかみ合い、ピーキーな片方の欠点を埋めて最強と化す。


 ゲームでも、一時期対人人口の半数以上を占めるほどの、圧倒的な環境武器となったビルド。


「オレがこれを抜くときは、相手を確実に殺すと決めた時だけなんだぜ、カスナー」


 シュテファンは俺を見る。


「お前が抜けって言ったんだ。簡単に、死んでくれるなよ」


 そう告げるシュテファンの瞳は、抑えられない興奮に彩られていた。

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