第40話 犯人

 学院七不思議の一つに、『旧校舎の情報屋さん』というものがある。


 もう使われていない旧校舎の、寂れた下駄箱。その一つに手紙を投函すると、『正解』だったとき、旧校舎裏の森に情報屋が現れる、という噂だ。


 この『正解』というのが難しくて、基本的にイベント経由で『正解の下駄箱情報』を手に入れる以外では呼び出せない。


 なので俺は、七不思議イベントのフラグを軽く踏んで、情報を握っているキャラからコソッと情報を貰って、旧校舎の『正解』の下駄箱に手紙を投函しておいた。


 その翌日。放課後。俺は旧校舎裏の森を訪れていた。


 旧校舎裏の森は、何処か薄暗いところがある。まだ昼、という時間でもそうだ。放課後の、少し夕暮れの時間だからなおさら。


 そんな薄暗い森の木の陰に、全身ローブの情報屋は立っていた。


「やぁ、会いたかったよ。好き勝手遊んでいたところ、俺を見付けたってところかな。随分嫌ってくれちゃって。傷つくね」


 情報屋は、俺を前にしてなお無言だった。逃げ出す様子はないが、フードを目深に被って、顔を伺えなくしている。


 俺は、構わず続けた。


「にしても、中々難題だったよ。最近送ってきた呪物だけの問題だと思ってたら、違うんだからさ。結構悩んでたんだよ。まさか、俺の周囲の妙なこと、全てお前の所為だとは」


 ふたを開けてみれば単純な話だった、と俺はくつくつ笑ってしまう。情報屋は何も言わない。俺の意図を探るように、まっすぐに俺に相対している。


「まず、スノウの取り巻きが離散したこと。あそこでお前が関与していることを知った。情報屋から聞いた、ってな。でも、情報屋っていう七不思議が、自分から情報を与えることがあるなんて知らなかったから、様子を見ることにした」


 情報屋は動かない。俺はそのまま続ける。


「俺への呪詛。ヤンナへの警告。これは最初お前だとは思わなかった。どこかで妙なフラグを踏んで、敵対されたのかって思ってたんだ。サバト倒したり、俺もやんちゃしてたしな」


 けど、これが決定打だった。俺は告げる。


「えほんのもり。お前、あそこに足を踏み入れたろ。居ないはずなんだよ、そんな奴。あそこは、七不思議イベントを進めた人間しか知らない、秘密のダンジョンなんだ。あの森に足を踏み入れる奴は、ブレイドルーンには存在しない―――ただ一人を、除いて」


 俺は、情報屋を見る。視線で、射抜くように。


「そうだろ、。あの七不思議イベントを攻略して、えほんのもりダンジョンに足を踏み入れることになるのは、この世界でお前だけだ」


 灯台下暗し、という奴だ。誰も足を踏み入れない、と言いながら、俺はゲームで足を踏み入れている。そしてその時、俺はゲームの中で主人公であるシュテファンだったのだ。


 俺は、じっとローブの男を見つめた。情報屋を騙るそいつは、俺の問いにしばらくしてからため息を吐き、そしてフードを取り払った。


 シュテファンの顔が、露わになる。


「……お前の話、ほとんど何言ってるか分かんなかったんだけどよ。呪詛? だの、姫様の云々、だの。よく分からんが、『情報屋』なんていうちょっとした悪戯を暴いて、そんな喜ばれてもな」


「そんなシュテファンに、情報屋と見込んで、俺は一つ質問をしたい。いいよな? だって情報屋は、聞かれたことを一つ、必ず答えてくれる。だろう?」


 俺がシュテファンの言い逃れを無視して言うと、舌打ちして「何だよ」と聞いてきた。


 俺は、核心に踏み入る。


「なぁ、シュテファン。―――お前、今何周目だ?」


 俺の問いを聞いて、シュテファンは明らかに反応した。瞠目し、それから僅かに口角を上げて、俺を凝視している。


 そして、高らかに笑いだした。


「ぷっ、アッハハハハハハハ! ダメだ、堪えらんねぇ! アハハハハハッ! なるほど、なるほどなぁ。お前、最近動きが妙だと思ったら、そこまで掴んでやがるのかよ! アッハハハハ! これは、適当にでちょっかい掛けたのは、大正解だったな」


 腹を抱えて笑うシュテファンに、俺は、ああ、と思うのだ。その思考は、完全の超越者のそれ。この世界の人間よりも、だ。


「シュテファン。お前の行動には、思い返せば返すほど違和感があったよ。アレだけ俺にべったりのヤンナをデートに連れ出せるとか、カスナー祭りでちょっと挑んでやめるとか」


 俺が話し出すと、シュテファンは興味深そうにうんうんと頷く。


「一周目のお前なら、そんなことはしないはずなんだ。一周目なら、知らないことばかりだし、その中で順当な動きって言うのはある程度掴んでいられる。特にまだ序盤だ。一周目のお前は、今頃近辺のダンジョンに熱心に挑んでたことだろうさ」


「よく分かってるな、正解だ。一周目のオレは、夢中でダンジョン攻略に、学院の魔法授業、みんなが持ち込んでくる問題の解決に大忙しだった」


 シュテファンは、ゲームのイベントで見るよりも、何だからしくない表情で肩を竦めた。それから、笑いながら続ける。


「でもさ、オレも、何回も魔王倒したり、逆に魔王側について世界を滅ぼしたり、色んなことして、その度に世界が巻き戻るのを経験したら、そんな純粋に楽しむようなことできなくなるんだよ。だから今回は、まず与しやすいスノウ姫様を下すところから、全派閥崩壊を目指してたんだけど、さ」


 俺は、それに背筋の冷えるような思いをする。そして理解するのだ。


 これは、俺の知るシュテファンではない。もっとプレイヤー寄りで、世界そのものにすら飽きつつあるのに、主人公シュテファンを辞められない呪縛を背負った、怪物だ。


「ああ、そういや質問に答えてなかったな。じゃあ、答えてやるよ、カスナー。オレはこの時間軸で―――十周目。ちょうど、十周目だ」


 シュテファンは、ニヤリと笑いながら、右腕を伸ばした。その中指には、一つ指輪がはめられている。俺は、それに見覚えがあった。「マジかよ」と息をのむ。


 シュテファンは言った。


「なぁ、カスナー。せっかくだし、オレからも質問させてくれ。オレのループについてよく知るお前は、一体何者だ? ああ、答えなくていい。お前にはいくつもの時間軸で騙されて、痛い目を見てきてるからな。だから、痛めつけて、嘘を言えなくしてから聞きだしてやる」


 シュテファンは、中指の指輪をピンと親指で弾く。すると指輪が変形を始め、歯車式の機構が回転し、明らかに体積を超える仕掛けが指輪から展開されていく。


 その機構は歯車同士をかみ合わせ、ものすごいスピードで組みあがり、拡張し、広がった。そしてそれは最後に、大剣となる。歯車の機構が見え隠れする、強大な武器へと。


 そしてシュテファンはその大剣を構え、言うのだ。


「走れ。帝国四聖剣、デウス・エクス・マキナ」


 シュテファンの言葉に応じるように、大剣は内部機構をさらに駆動させ始める。歯車には様々なルーンが輝き、無数のルーン文字列を瞬時に完成、破綻させていく。


 シュテファンは言った。


「やろうぜ、カスナー。少し前までお前に興味なんか微塵もなかったが、今は興味津々だ」


 デウス・エクス・マキナの切っ先が俺に向かう。


「聞かせてくれよ。お前の秘密」


 十周目主人公シュテファンが、未知に飢えていた。

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