第39話 えほんのもりの秘密の足跡
俺とヤンナが赴いたのは、大図書館だった。
「ゴット様? 何か調べものでしょうか」
「いいや、今回の目的は採取だ」
「はい。採取ですね。……?」
一瞬納得しかけたヤンナは、周囲を見回して、もう一度俺に疑問の視線を向けてくる。確かに周囲にあるのは本本本の山なので、その疑問は当然だろう。タネを知る俺は面白いが。
俺はちょっとした意地悪で、説明をしないまま、大図書館の奥の奥へと歩いていく。大図書館は奥の方に進むと、灯りで照らされているにもかかわらず、段々と暗くなっていく。
その様子は、まるで深海だ。深く深くへと潜ると、光が届かず暗がりにすべてが沈んで行く。
そんな暗がりの中に、その本はあった。俺は見つけて、「これこれ」と手に取る。
「ゴット様、やはり調査だったのですか?」
「ん? だから採取だって。それで、ヤンナ。この本、開いてもらっていいか?」
「はい。……―――キャッ」
俺が手渡した本を開くと同時、ヤンナは絵本の中にしゅるりと吸い込まれてしまった。俺はくくっと笑ってから、「俺も行くか」と開き、絵本の中に吸い込まれる。
闇。それはすぐに晴れる。俺は足に力を入れ、来る衝撃に備える。
着地。俺の足が、森の土を踏む。
「あいたたたた……」
そして俺のすぐ横で、こけたらしく涙目のヤンナがいた。ああ、これはちょっと失敗したな。せめて体勢に気を付けて、くらいのことは言うべきだった。
「あ、アレ……? ここは、どこでしょうか……」
「さっきの絵本の中だよ」
「キャァアア! ……あぁ。な、何だ。ゴット様でしたか」
「驚かせて悪いな。採取って言うのは、つまりこういうことだ」
俺はヤンナに手を差し出して、そっと立ち上がらせる。それから制服についた土をパッパッと払ってやると「ご、ごめんなさい。ゴット様にこんなことをさせて」と謝ってくる。
「いいや、悪いのは俺だ。ちょっと驚かせようとしたら、転ばせてしまった。慣れないことはするもんじゃないな」
「……いえ、そんな」
言っている内に汚れを払い終える。そして俺は「さて、じゃあ採取に取り掛かろうか」と姿勢を正した。ヤンナは何でかちょっと赤くなっている。
「……ヤンナ?」
「えっ!? ああ、いえ、何でもないです! ゴット様に触っていただいて嬉しいとか、そんなことは考えていません!」
考えてなかったら出てこない台詞なんだよなそれ。
突っ込もうかと思ったが、俺が言うのもやぶ蛇に感じて、「じゃあ行こうか」とお茶を濁す。俺は先導として歩きながら、今回狙うのが何かを説明し始めた。
「今回狙うのは、オギリザルとマボロシアザミだ。オギリザルは俺が捕まえてくるから、マボロシアザミを採取して欲しい。あ、これ軍手」
「は、はい」
俺が登校中に、そういや採取するなら軍手欲しいよなぁ、と用務員さんに頼んで借りたものだ。ヤンナに渡しつつ、軽く注意点を伝えておく。
「マボロシアザミは花の部分がトゲトゲだから、手を怪我しないように注意してくれ。大体十程度摘んでくれればいい。外の世界だと全然ないからマボロシって呼ばれてるけど、この『えほんのもり』では群生してるから、見つけたらそこを拠点に動こう」
「承りました、ゴット様」
さっと話を通して、俺たちはサクサク先に進んでいく。森の真ん中には人も来ないだろうに道めいた空白があって、進むのに迷わない。
そうしていると、ヤンナが話しかけてくる。
「その、ゴット様? その素材で、何を作られるのでしょうか? 良ければ、お手伝いしたいです」
「そうか? 人形みたいなのを作ることになるんだが、作れるか?」
「得意です! ヤンナは手芸が得意ですので」
ヤンナは目を輝かせて言う。そうなのか、知らなかった。でも確かに得意そうな雰囲気はある。
そこでヤンナが道の脇を見た。
「あ。ゴット様、アレでしょうか?」
「ん? ああ、アレだな」
ヤンナの指さす方向に視線をやり、俺は頷いた。真っ赤に透き通ったアザミの群生。マボロシアザミだ。
俺たちはそちらに足を踏み入れる。ヤンナが早速摘みにかかるのを確認してから、俺は「さて、オギリザルもそう遠くにはいないはずだが」と呟き、周囲を見渡した。
すると、空から声が聞こえてくる。
「―――卑劣な卑劣なオギリザル。仲間を売り捨て生き延びて、お前は一体何望む。今日は子を捨て逃げ延びて、明日には親捨て逃げ延びる。ならばあくる日はどうか? 切り捨てられる尾は、お前ではないか?―――」
お、これは近くに居るな。サンキュー謳い鳥。
俺は謳い鳥の声に近づくように、息をひそめてこそりこそりと近寄っていく。すると一見仲睦まじげな猿の群れを発見した。
俺は隠れ、息を吸って大声を上げる。
「うぉおおおおおおおおお!」
『キキッ、キーッキーッキーッ!』
サルたちはきゃいきゃいと慌て始め、外敵がどこか探し始めた。しかし俺は隠れたまま。オギリザルたちは外敵を見つけられず、恐慌状態に陥る。
俺は小声で呟いた。
「殺し合え~」
オギリザルがその生態通りに仲間割れを始める。
「キキーッ! キキキーッ!」
たった一匹のオギリザルを、他のオギリザルたちがこぞって殴り掛かり始める。えっぐい生態してるよなぁ、と思いながら、俺は何も言わずに観察を続ける。
そうしてしばらくすると、オギリザルたちはぞろぞろとどこかに立ち去って行った。残されるのは、一匹のオギリザル。他のオギリザルたちに袋叩きにされて、ほとんど瀕死だ。
俺はそれに近寄っていって、真上から見下ろす。仲間に切り捨てられた猿は、ピクピクと痙攣している。
要するに、こういう生態なのだ。外敵が来たら、群れの一匹を『トカゲのしっぽ』にして、群れは助かろうとする。
そして残された一匹は、仲間に裏切られ見捨てられたという大きな恨みを体に宿す。
故に、呪物の材料として適切なのだ。
「よ。散々だったな。恨めしい最期だ。その恨み、呪いに昇華してやるから、俺と一緒についてきな」
俺は言って、オギリザルの頸動脈をナイフで掻き切った。瀕死のオギリザルは「ギィ……」と短い断末魔の叫びを上げて息絶える。
調達完了。俺はオギリザルを背負ってヤンナの元に戻る。
その過程で、一瞬どっちに進むのが正解か分からなくなる。『えほんのもり』は鬱蒼とした深い森だ。呪い関連で結構来た覚えがあるが、それでも地形を覚えきれていない。
とはいえゲームで歩きなれた場所であることは確かで、俺は周囲をキョロキョロ見回しながら適当に歩いていると、「ああ、そうだ。こっちこっち」と知った道を見つけて戻ることが出来た。
その時だった。俺が足跡を見つけたのは。
「……ん?」
俺はその足跡に、首を傾げる。それから、その足跡の真横に俺の足を付けた。
比べる。僅かに、大きさが違う。俺よりも大きい靴のサイズ。ヤンナのでもないだろう。
「何だ、これ……」
俺は眉を顰める。えほんのもりを出入りするようなキャラ、居たか? いや、知らない。
ヤンナイベントみたいに俺が深く知らないだけ、というのではない。俺がパッと思いついて来られるくらい、慣れ親しんで、知り尽くしている場所なのに、知らない。
「……」
俺は不審に思って、しゃがみ込んでじっと足跡を見下ろしてしまう。そして、重ね重ね、誰だ、と思う。
知らないのだ。えほんのもりは、良く来るマップで、アイテムやモンスターの生態に至るまでをちゃんと理解している。なのに俺は、この足跡の主に心当たりがない。
そんなことありうるか? と自問する。この手のゲームでは、どこどこに現れる誰それ、といったキャラ出現情報は、攻略サイトでも一番に取りざたされる要素の一つだ。アイテム一つの見逃しならともかく、キャラ情報を俺が押さえられていないと?
そう考え、不意に、全てが繋がった。
「……そうか。そういうことだったか」
俺は何だか面白くなってしまって、ぷっと吹き出してしまう。それから、迷いない歩みで、ヤンナのいる花畑へと戻っていく。
ヤンナもマボロシアザミを取り終えたらしく、「ゴット様! 終わりました」と腕いっぱいのアザミを手に微笑みかけてくる。それに俺は、笑い返していった。
「ありがとな。突然で悪いが、犯人、分かったぞ」
「えっ、ほ、本当ですか!」
驚くヤンナに、俺は頷く。そして心中で思うのだ。
―――お前とは、是非腹を割って話したかったんだ。会いに行くから、待ってろよ。
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