第61話 孤独なる勇者の末裔
ギリギリ姿を目視できる距離でコソコソついていく分には、ミレイユは俺に気付けないようだった。
「まったく遺憾ね。末裔筆頭に真っ向から言い返してのけた時に、少しでも格好いいかもと思ったのがバカみたい」
ぶつくさ何か言いながら進むミレイユ。俺はフェリシーに「何て言ってるか分かるか?」と小声で尋ねると、フェリシーはむすっとして「分かんない」と言った。
むすっとするなら分かってるだろ。
俺はじっと見つめるが、フェリシーは「要注意……」と言ってミレイユを凝視している。まぁいいか。ミレイユが死なないようにだけ気を張っていればいい。
さらに進むと、ミレイユは大ムカデと遭遇したようだった。人間に絡みついたら、そのまま絞め殺せてしまいそうなサイズ感だ。スノウとかなら間違いなく負ける相手。
だが、ミレイユは果敢に挑みかかった。
「はぁああ!」
【末裔の剣技】
大ムカデの攻撃を受けた瞬間、ミレイユはくるりと身をかわし、鋭い突きを入れた。レプリカ剣の専用スキルだ。アレ割と強いんだよな。カウンター技として人気だった。
そうして、大ムカデの隙を突いたり、スキルを発動したりして、ミレイユは無事大ムカデに勝利した。
なるほど、割と強いらしい。まぁ戦えない人間ではなかったからな。納得の結果ではある。
目算、大体30~40レベル前後だろう。そういうダメージ感だ。立ち回りにも隙らしい隙がなく、よく訓練されている。
「あの人、強い?」
「まぁまぁ強いな。序盤のダンジョンのボスなら苦労せずに倒せそうだ」
「ここのボスは?」
「死ぬな……」
「世知辛い……」
俺とフェリシーは揃って腕を組んで首をひねる。ここのボスもそう強くはないんだけどな。いかんせん推奨レベルが50以上で、かつ呪いと毒属性がよろしくない。
実際今の戦いで結構疲弊したのか、ミレイユはぜーはーと荒く息をしている。そして、いら立って叫ぶのだ。
「何なの!? 何で勇者様の、ワタクシのご先祖様の隠し工房が、こんなにもおぞましい虫で埋め尽くされているの!」
目元をごしごしこすって、ミレイユは速い歩調で進む。フェリシーが俺を見上げて、「ゴット~」と呼んでくる。
「ん? どうした?」
「前の隠し工房も、この隠し工房も、何で気持ち悪いの? 勇者って格好いいと思ってた」
「ああ……まぁシンプルな話でさ。勇者って、倒す前から勇者って定められてるタイプだけじゃないんだよ」
「んん?」
首を傾げるフェリシーに、「つまりだな」と言葉を整理する。
「勇者には二種類あって、『最初から勇者だと神に決められた勇者』と『魔王を倒したから結果的に勇者と認められた勇者』が居る訳だ」
言うなれば、勇者であった天才と、勇者になった凡人がいたというところか。
「で、前者はまー最初っから強くて、順当に魔王を倒してたらしいんだが、後者は違う」
考察で見た時は、結構えげつない設定だな、と思った話を披露する。
「結果的な勇者の産まれるような時代ってのは、定められた勇者なんていなくて、それでも魔王は人類を滅ぼそうとしてた。だから、色んな連中がなりふり構わず魔王を殺そうと手段を模索してたらしくてな」
「なりふり構わず」
俺たちはミレイユの倒した大ムカデのあたりを通り過ぎる。フェリシーがちら、と粒子化する大ムカデを見る。
「要するに、魔王を殺すっていう、人間の悪意を研ぎ澄ませて、磨き上げて、ついに魔王を殺すに至った最高純度の呪い。それが結果的に生まれた勇者の正体なんだ」
「……怖い……」
「そうだな。けど、結構好きなんだ、この考察」
俺は、ニヤと吊り上がる口端に触れる。
「定められた勇者なんていう生まれながらの化け物じゃなく、ただの凡人が狂気をこじらせて、冒涜の限りを尽くして、己も怪物になり果てて、魔王を殺す呪いを作り上げたってのがさ。こう、いいんだ」
「いい、の?」
「ああ、いいんだ」
だから、勇者そのものは結構好きなのだ。でも、末裔は嫌いだ。勇者の勇者たる狂気を継がず、自分たちは勇猛果敢で綺麗です、なんて面をしている。
腹の立つ話だ。そんなのは思い上がりでしかない。祖先の狂気を正しく引き継げ。忌み者として隠すな。
その狂気こそが、この世界を救ったのだろうが。
「だから、代わりに俺が継いでやるんだよ。ついでにムカつくから末裔派閥はぶっ壊す」
だからひとまず、布石としてミレイユをここに連れてきた。真の祖先の姿は、実に衝撃的だろう。攻略が終わるころ、どうなるか。謳い鳥の言う通り、俺も楽しみに思っている。
ミレイユは果敢にも、さらに襲い来た三匹の大ムカデを撃退した。ムカデから、緋色の体液が漏れ出ている。じゅう、と石畳を焼くそれは、大ムカデの猛毒だ。
「そろそろ助けに入るタイミングだな。フェリシーは距離感を保っててくれ」
「分かった!」
ミレイユは「ふざけないで、こんな……」と、着実にグロッキーになりながら進む。
そして、出会ってしまうのだ。
「え……?」
それは、見上げるほどの巨大ムカデだった。今までのが全長数メートル級だとしたら、巨大ムカデは、十数メートルはあるだろう。
なお、初めて出会うとこれもボスに見えてくるが、こいつはボスではなく中ボスでしかない。
しかし、ここまでの大ムカデでかなり疲弊したミレイユにとって、絶望も同然だろう。「キシャァアアアア!」と威嚇する巨大ムカデに、ミレイユは後ずさり、つまずいて転んでしまう。
そしてそのつまずいた原因が人骨であると知って、ミレイユは限界を迎えた。
「――――――――」
忘我。マズイ、と俺はダッシュでミレイユの横を通り過ぎる。
すでに、巨大ムカデは攻撃の構えに入っていた。間に合うか。食らえば俺でも厳しい。というか全裸の俺の方が厳しい。
が、やるしかない。迷うな、叩き込め!
【頭蓋抜き】
間一髪のところで、俺の強烈な突き攻撃が決まった。巨大ムカデの頭をピンポイントで吹き飛ばし、奴は怯みを見せている。
特大武器の良いところは、ここなのだ。パワー。二倍三倍とある巨大な敵にすら打ち負けない力。しかも全裸になれば俊敏に動けると来た。ならば全裸にならない選択肢などない。
巨大ムカデは、俺に警戒して「シュルルルルル……」と距離を取る。ミレイユは瞠目したまま、「カスナー……?」と声を上げる。
「何で、あなた。分かれたはずじゃ」
「こうなるって目に見えてたからな。つけてきた」
「……あなたね……!」
怒り出そうとするミレイユだが、そんな暇はない。俺は「ひとまずここは俺に任せて、下がれ。アイツに敵わないのは分かるだろ」と告げる。
「……分かったわ。足を引っ張るのだけは、ごめんだもの」
「ありがとう」
「何を筋違いのことを言っているの。礼を言うべきは、ワタクシでしょう」
「ま、気にするな」
俺がニヤリと笑うと、ミレイユは「何なの」と言って這う這うの体で引っ込んだ。全く、素直なんだかそうじゃないんだか。
俺は改めて巨大ムカデに挑む。こいつを倒して、そのままボスへ、だ。さっくり倒してしまおう。
俺は忌み獣の大槌を両手いっぱいに広げ、歯をむき出しにして笑う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます