第62話 蟲毒なる勇者の道程
巨大ムカデと俺の戦いは、一方的だったと言っていいだろう。
「わぁー! ゴットすごーい! 嵐みたい!」
「嘘……」
俺の戦いぶりにフェリシーは喝采し、ミレイユは両手で口を覆った。
特にフェリシーの表現は適切で、確かに嵐のような戦いをした、という自覚が俺にはある。
つまりは――――
「オラァアアアアア!」
「キシャァアアアア!」
咆哮。俺は全裸で身軽になった身体を素早く動かし、巨大ムカデに速攻をかける。
巨大ムカデはそれを迎え撃とうとして攻撃の予備動作を取るが、その程度では遅い。俺はすでに跳躍していて、高らかに忌み獣の大槌を振りかぶっている。
叩きつけ。巨大ムカデはひしゃげるほどの衝撃を受けて、怯みを見せる。周囲に散らばる人骨が、余波で砕けて飛び散った。
「まだまだァ!」
俺はその怯みに付け込んで、踏み込み、からのルーンを発動する。
【かち上げ】
巨大ムカデは、十数メートルある全身を空中に浮かせ、天井に激突した。以前シュテファンに発動されたスキル。それを特大武器でやるだけで、ここまで変わる。
さらに、と俺は落ちてきた巨大ムカデに、さらに踏み込んだ。
【回転切り】
ぐるん、とタメを作って、俺は二振りの大槌を揃えて巨大ムカデに叩きつけた。巨大ムカデは横に吹き飛んで、壁に激突する。よろめきながらも、巨大ムカデの戦意は衰えない。
「キシ―――――――――!」
悲鳴と威嚇を混ぜ合わせたような音を立てて、ムカデは口元に泡を吐く。そこに緋色が混ざった瞬間、俺に浴びせてきた。
だが俺は身軽な全裸。ローリングで素早く躱し、両方の大槌を突きで叩き込む。巨大ムカデは満身創痍と見えて、軽いカウンターでも怯む。
「さぁ、終いだ」
俺は出の早い【頭蓋抜き】で巨大ムカデをさらに怯ませ、とうとうダウンさせた。俺はニヤリと笑い、大槌に追記した最後の汎用ルーンを発動させる。
【燕切り】
俺は高く跳躍し、空中で縦に一回転してから思い切り二振りの大槌を巨大ムカデに打ち下ろした。巨大ムカデはその一撃であえなく潰れ、息絶える。
俺は巨大ムカデが粒子に消えるのを確認して、片方の大槌を高く掲げた。
「勝利!」
「ゴットー!」
フェリシーがワーッと駆け寄ってきて抱き着いてくる。ミレイユは瞠目して俺と巨大ムカデで視線を行ったり来たりさせ、言った。
「カスナー……あなた、本当に強いのね」
「ボチボチな」
「ボチボチ、なんて強さではないでしょう……。こんな怪物を相手に、圧倒するなんて」
逆なんだけどな、とちょっと思ったり。確かに圧倒したが、それはこのビルドのピーキーさ故で。
俺は肩を竦めて受け流しつつ、大槌を肩に担ぎ直す。
圧倒したと言えば聞こえはいいが、逆に言えば、このビルドは一方的な戦闘を展開できなければ負けるビルドでもある。
だから『狂人』と名付けたのだ。外見のインパクトもさることながら、圧勝するか完敗するかの両極端ビルド。それがこの装備セット『狂人』だ。
格上格下問わず、先手を取れればほぼ勝てる。が、格上格下問わず、先手を取られれば負ける。これはそういうビルドだった。
とはいえ勝ちには違いない。俺は周囲を見回して、「あったあった」とアイテムを見出す。
『蟲毒の部屋の鍵』。
ムカデの形をした鍵を拾い、「これでボス部屋に入れるようになったな」と呟く。それからミレイユに「よし、じゃあここの一番強い奴倒して、攻略完了と行こうか」と持ち掛けた。
「……え? ここの一番強い怪物は、その巨大ムカデをではないの?」
「違うけど?」
「……気が遠くなってきたわ」
「おい、大丈夫か」
「大丈夫じゃないわ……。あなたの変態な姿を見ても、何も思わなくなってきているの」
おい。
「軽口叩けるなら大丈夫だろ」
「軽口じゃないわ。深刻な問題よ」
ミレイユは真剣な顔で首を横に振った。「遺憾だわ」と言うが、その反応に俺が遺憾だよ。
「立てるか?」
「ええ、そのくらいなら」
俺が手を差し伸べると、今度は素直に手を取ってミレイユは立ち上がり始める。助けたのでいくらか心を開いてくれたのかもしれない。
と思ったら、フェリシーがミレイユの手を叩き落とした。ミレイユが体勢を崩して尻もちをつく。
フェリシーさん?
「……カスナー? 意地悪をしないで欲しいのだけれど」
「い、いや、ゴメン。ほら」
俺は再び手を差し伸べる。ミレイユはそれに手を伸ばし、フェリシーがそれを叩き落す。
「ちょっと」
「ん、いや、ちょ、ちょっと待ってもらっていいか?」
俺はフェリシーを連れて、物陰に隠れる。そしてぷにぷにほっぺを両手で押しつぶしながら問いただした。
「おいフェリシー。どういうつもりだ」
「フェリシーちゃんはあの人嫌い! ゴットと仲良くして欲しくない!」
プリプリと怒っているフェリシーである。なるほど、さっきから言ってはいたけど。
「えー……じゃあどうしろと」
「フェリシーちゃんのことギュッてして」
「抱っこすればいいのか?」
「……そんな子供っぽい言い方、やだ」
「ギュッてして、っていう言い方も大概子供っぽいと思うが」
「じゃあ抱いて」
「ちょーっとフェリシーには大人っぽ過ぎるなぁ~」
意味が違ってくる。結構危ない方向に。
「カスナー? 何をしているの」
そんな話をしていると、ミレイユがこちらに歩き寄ってきてしまう。まだ話はついてないというのに気の早い奴め。
「早く行くわよ。ここまで来たんですもの。最後まで見なければ帰れないわ」
言いながら、ミレイユは俺に手を差し出してくる。
「……この手は?」
「え? 繋いでいてくれるのではないの?」
「ん?」
「だから、ワタクシが怖がっているから、というか……」
言葉尻を少し濁して、恥ずかしそうにミレイユは言う。え、そこまで精神追いつめられてんの? 態度さっきと真逆だけど。
と思ったら三度フェリシーが叩き落した。ミレイユが傷ついた顔をする。
「カスナー。そんな意地悪、ひどいと思うわ」
「ゴットとお手々つないじゃ、ダメ!」
あああめんどくせぇええええ。
俺は思わず頭を抱えてしまう。何で当人がこの場にいるのに板挟みにされなきゃならんのだ。フェリシーの我がままか。この妖精娘の我がままの所為か。
俺はチラとフェリシーを見ると、フェリシーはギクッとしてから俺の腹筋に顔をうずめて言い張った。
「フェリシーちゃん、もうゴット誰かに取られるのやなんだもん! 姫様にも、ヤンちゃんにも、シューにも分けっこしたもん! もう他の人に取られたくないもん!」
段々と涙声になりながらそう言われ、俺はため息と共にフェリシーを抱き寄せる。
じゃあもう何も言えんよ俺は。困るの俺だけだし、仕方ない。耐えよう。
という事で、俺は苦しい言い訳をひねり出す。
「いや、その、宗教上の問題で手をつないではいけないっていう規律があったのを思い出して」
「自分から差し出しておいて?」
ミレイユの指摘に俺は言葉に詰まりつつも、頷く。
「……そう。違和感がぬぐえないけれど、分かったわ」
渋々納得してくれたらしいミレイユ。俺はほっと胸をなでおろしながら、腹筋にしがみつくコアラになってしまったフェリシーを抱えて歩く。
そうして元来た道を戻り、凹んだエリアをえっちらおっちら降りて上がって、三人で乗り越える。
至るは未知の道。俺たちは列をなして進む。先頭は俺だ。
警戒を解いたのか、ミレイユが話しかけてくる。
「ねぇ、カスナー。あなたはその、こういうことに慣れているの?」
「こういうことって?」
「だから、隠し工房というか、……危険な場所に赴いて戦う、ということよ」
「ああ、慣れてる」
俺が頷くと、「そう……」とミレイユは歯切れ悪く相槌を打った。それから「ねぇ」と意を決した風に持ちかけてくる。
「それ、次からワタクシも連れて行ってくれない?」
どこか真剣そうな声色でもって、ミレイユは言ってくる。俺は僅かに吟味して、ミレイユの適切レベルでも行きたいダンジョンはあるか考え―――
「ダメ」
フェリシーからNG出ました。ダメだそうです。まぁあの話の流れだったらダメだわな。
ということで断る方向性で話を持っていく。
「んん……少し難しいかもしれないな」
「何で? 先ほどは確かに不甲斐ない姿を見せたかもしれないわ。でも、それはあの巨大ムカデだけ。次はあんな不甲斐ない姿は見せない」
全く見当違いのアピールをして、挽回を狙うミレイユ。俺はフェリシーにお伺いを立てる。
フェリシーはむっとした表情のまま、瞳の端にちょっと涙をためて言った。
「ゴットがフェリシーちゃん大好きだから、ダメ」
どう答えろと。
俺はもっと他の案ないか、とまばたきを繰り返してフェリシーにアピールする。
しかしフェリシーはあくまでもこれで行って欲しいらしく「ゴットがフェリシーちゃん大好きだから!」と強弁する。クソゥ可愛いなこいつ。ムカつくくらい可愛い。
もうこうなったら頑張るしかないので、俺は唸りながら答えを模索する。
「あーっと、だな……つまり、その……」
「何?」
俺は頭をフル回転させる。フェリシーの名前は出しても通じないからぼかせ。大好きだから、というのはつまり操を立ててる的な話だろ。じゃあ。
「強さ云々じゃなくてさ、俺もその、想い人が居る立場だから」
「……分かったわ。確かに不躾なお願いだったわね。謝罪するわ」
「うんうん! ゴットってばフェリシーちゃん大好きだもんね! もう仕方ないなぁ~」
ミレイユは不承不承了解を示し、フェリシーはご満悦で俺にしがみつく力を強める。
よっし! 通った! 俺頑張った! すごいね俺! やればできるじゃん俺!
俺は自分の話術にちょっとした自信を持ちつつ、長い息を吐きながら先を歩く。
「じゃあ、手合わせなんてどう? ワタクシだけじゃなく、他の末裔……ユリアンなんかも交えて」
「ダメだよ。ゴットはそんなことするくらいならフェリシーちゃんと遊ぶの」
一瞬でお題を構築するんじゃないよこの二人は。
「その、付き合いがあって多忙でな」
「ゴット偉い! 後でほっぺにちゅーしてあげる!」
「で、でも、少しくらい」
「おおっとあれは何だぁ!?」
俺はこれ以上話がこじれるのが嫌で、何かを見つけた体で強引に話を途切れさせる。
そこには、緋色の液体が満ちた、大きな壺があった。緋色の液体、という時点で俺は何となく察しているが、フェリシーもミレイユも首を傾げて覗き込んでいる。
周囲の作りもいつしか廊下から研究室のようになっていて、大壺に限らず様々な試験官などの器具が台の上に並べられている。
「ここは……」
「勇者の研究室ってところだろうな。で、その壺の中身がその成果ってところだろ」
俺は適当なビーカー風の器で緋色の液体を掬って、壁に掛ける。すると壁が煙を上げて溶け始めた。
「ひ……」
「魔王を殺した毒ってところか。同じ勇者武器の呪いでもなければ、無毒化は難しいはずだ。触るなよ」
「わ、分かったわ」
「はーい」
俺は何となくこのダンジョンを思い出してきて「そうか、孤高ってのは言い換えで、正しくはコドクか」と呟く。
「コドク?」
「いいや、何でもないさ。さて、この感じだと、この奥にでもあるんじゃないか?」
俺は研究室をいくらか探して、棚の後ろに扉があることを発見した。大槌を置いて押す。ムカデの文様が彫り込まれた扉が現れる。
「これ……」
「さて、じゃあ行くか。喜べミレイユ。ご先祖様と対面だぞ」
「……ええ」
俺は鍵を開け、扉を開け放つ。奥にあるのは漆黒。光の全てを飲み込むような闇。
だが、それは違うことを俺は知っている。一歩踏み込むと、一斉に床を覆い尽くしていたムカデが退いて、地面が見えた。漆黒の正体を理解して、ミレイユが息をのむ。
「ランタンを投げる」
宣言と共に、俺は腰のランタンを部屋の中央に投げ入れた。地面に落ちるとともにランタンが割れ、火が燃え広がる。
その光によって、初めて俺たちは、部屋の中心に人影があることを知った。縮こまった小さな影。だが、威圧感だけはばっちりだ。
その周囲に群がっているムカデたちが散っていく。中から現れるのは、人。人らしき何か。人の身体を有しているものの、両腕がムカデと化した異形。
異形が、首を傾ける。その喉から、「キ……」と音がなる。
そして、叫んだ。
「キシェエエエエエアアアアアアアアアア!」
人の口から放たれるムカデ同然の威嚇音は、ミレイユをのけぞらせた。だが俺は前に一歩出る。
ムカデの異形は、全身の穴と言う穴から、緋色の液体を垂れ流す。蟲毒の毒。呪いの毒。魔王すら呪い殺した致死性の毒。
俺はそれを、忌み獣の大槌の固有ルーンで相殺する。
【忌み獣の咆哮】
ルーンをなぞり、大きく二つの大槌を掲げる。大槌の頭は咆哮を上げ、敵に呪いを与えながら俺に大きな状態異常耐性を与えた。
忌み獣の大槌の強いところは、ここなのだ。敵には呪いを与え、自らは状態異常を許さない。ボスの忌み獣は状態異常効くのにな。まったく笑える話だ。
「下がれッ! ご先祖様の正体は目に焼き付けたろ!? ここからは、俺の戦いだ! 俺の獲物だ!」
床が緋色の毒に埋め尽くされていく。俺は裸足のままそこに足を踏み入れる。だが俺の身体は毒に侵されない。忌み獣の呪いの加護が俺を守っている。
「う、あぁ……。嘘、こんな、こんなのが、ワタクシの先祖。孤高の勇者様、なんて……」
「こんなものだ、勇者なんてのはよ! 末裔の虚飾を剥がせば、人の身で魔王を殺しえた、狂える怪物でしかない!」
だから、と俺は笑う。
「俺が殺して、終らせてやる。さぁ行くぞ、勇者様。お前の狂気、俺の悪事に役立ててやる」
さぁ、悪いことしちゃうぞ。
俺は、哄笑を上げて勇者の成れの果てに挑みかかる。
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