第60話 孤高なるモスト・マスキュラー
先を進むミレイユが急に立ち止まったから、「どした」と声をかけながら俺は彼女の後ろに至る。
すると、ミレイユは俺にビクッとしてから、嫌そうに道の先を指さした。
そこは、俺たちの足場よりも低い場所にあった。道の先にいきなり現れる低地。そこには、無数のムカデがうぞうぞと蠢いている。ムカデ一匹一匹がデカい。腕くらいある。きっも。
「何なの。教えでは、勇者の隠し工房には、その秘技を守るための神聖な守護者しかいないって」
「じゃあこれが神聖な守護者なんだろ」
「こんなのが神聖な訳ないわ! こんな、蠢く無数のムカデなんて……」
その通り。
俺は肩を竦めて言ってやる。
「狙い通りじゃないか。疑わしいから付いてくるって言いだしたんだろ、ミレイユ」
「変態は黙っていて」
「扱いの雑さが限界突破してないか?」
俺が言うと、渋い表情で、ふいっ、と顔を背けるミレイユ。一方でむっとした顔でミレイユを見つめるのがフェリシーだ。
「ゴット。フェリシーちゃんこの人嫌い」
「……」
俺はミレイユの手前何も言うことが出来ず、見られていないことを確認しつつその頭を撫でるしかない。
「んんん~~~」
フェリシーはフェリシーで複雑なところがあるのか、頬を膨らませて俺の腹筋に抱き着いてくる。そのまま頬擦りする。やっぱ筋肉フェチだろフェリシー。
「じゃあ突破するか」
俺が言うとミレイユが「え……? 何て?」と振り返る。
「だから、突破。しなきゃ先に進めないだろ」
「さ、先って……。これを、どうやって破る気なの」
ミレイユ指さし。俺は段差の下の無数のムカデに目を向ける。
「こうやって」
俺は軽い調子で跳躍して、思い切り高く忌み獣の大槌を掲げた。
そして、打ち下ろす。
衝撃が走った。大槌の直撃を受けたムカデはもちろんすべて即死したし、その周囲にいたムカデも衝撃波でひっくり返った。俺はさらに指先のルーンをなぞる。
【回転切り】
何も切っていないが、俺は大槌を広げてグルグルと回転だ。俺に襲い掛かってくるムカデが大槌に当たっては吹っ飛んで潰れる。
そうして十数秒。俺はムカデの群れを根絶していた。
「勝利」
Vサインでフェリシーとミレイユにアピールする。フェリシーは「すごーいゴット!」と言いながら俺にダイビングしてきたのでキャッチ。
一方ミレイユは、しゃがみ込んで顔を真っ青にして引いていた。
「頭がおかしくなりそう……」
そら祖先の忌まわしい秘密と、全く関係のない全裸仮面に挟まれればその感想にもなる。
「どういうことなの……何で虫……? 意味が分からないわ。私の家に伝わっている勇者様は、たった一人で魔王に挑んだ高潔な英雄のはず」
「虫を使役したとか? キモくて誰も仲間になってくれなかったみたいな」
「いいえ。そういう場合は、どれそれを使役した、と叙事詩に纏められるもの」
違うらしい。何でだろうな、と思いながら、ミレイユに手を伸ばす。
「……何、この手は」
「え、女の子が一人で下りるにはキツイ段差だろ」
「……要らないわ。変態の助けの手なんて」
俺の手を払いのけ、ミレイユは苦戦して段差を下りる。下りるついでにムカデの死骸を踏みつけて悲鳴を上げる。
どうやら、ミレイユは想像以上に今の俺の姿を毛嫌いしているらしい。全く悲しい限りだ。全裸の奴なんて、ブレイドルーンのプレイヤーには溢れていただろうに。
「……ミレイユ」
「何」
俺が名前を呼ぶと、嫌そうにミレイユは答える。
「一緒に隠し工房を攻略する仲じゃないか。そんなに毛嫌いしなくてもいいだろう。第一、何が問題なんだ」
「一目瞭然だと思うけれど」
ミレイユは信じられないものを見る目で俺の腹筋を見ている。
「だから他人に見せて恥ずかしい身体じゃないって」
「そういう問題じゃないわ。というか何故脱ぐの? ここまで脱いでいなかったでしょう? というか以前のカスナー祭りでも脱がなかったでしょう?」
「あの時はこの装備なかったし」
「装備? 装備の問題なの? あなたの趣味嗜好じゃないの?」
「趣味嗜好で脱ぐ訳ないだろ。そんな変態と一緒にしないでくれ」
「だからその格好が変態そのものだって言っているの! 何で伝わらないの!?」
議論は平行線である。仕方ない、と俺は二振りの大槌を地面に置く。
「な、何なの。何のつもり?」
「俺が変態でないことを証明しようと思って」
「本当に何のつもり!? 何をしようとしているの!?」
俺は深呼吸する。虫臭さとか洞窟のじめっとした臭気におえっとするが、我慢だ。
俺は考えた。肉体美を披露するのに、全くおかしくない身分は何か。それは肉体美を披露することをこそ、生業としている存在だろう。
すなわち、ボディビルダー。それこそが肉体美の披露における、非変態性の証明だ。
ならば、俺もボディビルダーになればいい。そしてボディビルダーになるために必要なこと。それは何か。
―――そう、ポージングだ。
俺は、ポーズを取りながら叫ぶ。
「ダブルバイセップス!」
直立からの両手を上に掲げ、上腕二頭筋を強調するように折り曲げる。大槌を持てるほどの腕の筋肉がバキバキに強調される。
「ほわぁ」
「……」
フェリシーがうっとりとそれを眺めている。ミレイユは沈黙だ。
続いて俺は半身になって、奥手で前手の手首を掴む。
「サイドチェスト!」
胸板に力を入れて強調する。今の俺の胸板はまるでぶ厚いステーキだ。力を入れるとピクピクと動く。
「ゴット、いいよー! カッコいーよー!」
「……」
フェリシーが夢中になって歓声を上げる。ミレイユは沈黙を続ける。
そして俺は、最後に前かがみになって、拳を合わせた。
「モスト・マスキュラー!」
威圧感さえある筋肉美を構築する。胸板も、腕も強調した、最も美しいポーズだ。
「キャー! ゴットー! 素敵ー!」
「……」
フェリシーはブンブン手を振って喜んでいる。ミレイユは沈黙を貫き通した。
ふぅ、と俺はポーズを終えて、一汗拭った。ずっと全身の筋肉に力を入れているので、ポーズってかなりきついのだ。
そして俺は問う。
「どうだ? これで俺が変態じゃないことが伝わったと思う」
ミレイユは言った。
「今日限りであなたとは縁を切らせてもらうわ……」
「えぇ!?」
「何でっ!? ゴット、カッコよかったよ!?」
「何で驚かれるのかワタクシには理解できないけれど」
ミレイユはとても嫌そうな顔で俺から距離を取っている。「これが価値観の違いか……」と唸ると、「そういう問題ではないと思うわ」とミレイユは首を振る。
ヤバいな。楽しすぎて永遠にふざけたくなってしまう。そろそろ真面目にしないと。堅物はこれだから良くないのだ。
「ミレイユ、反省してくれ」
「何で今ワタクシが怒られたの? 反省するのはあなたでしょう?」
「話を戻すが」
「どの話題にも戻りたくないけれど」
俺は周囲を見回す。ここは三叉路の交差点で、帰り道を含めないと二つの分かれ道となっている。
「ここからどうする? 一緒に進むか、手分けして探索するか。結構危険な雰囲気だし、俺は一緒に進んだ方がいいとおも」「手分けしましょう」
即答だった。
「そうか? 結構危険だぞ?」
「……あなたが実力者だというのは知っているわ。でもね」
ミレイユは、腰の剣を抜き放つ。宝石に彩られた、煌めく剣だ。
「ワタクシも、末裔として鍛えている身。この程度の危険で、自分の身さえ守れないと思われるのは不本意だわ」
「……その剣」
「ええ、そうよ。宝剣デュランダルのレプリカ。数百年前に各地を放浪し、数々の怪物を倒して回った伝説、不屈の勇者グラントの剣を模したものよ」
ちなみに、俺はゲームで実物の宝剣デュランダルを手に入れたことがあるが、レプリカのそれよりもずっと無骨だった。宝剣の「宝」っていう文字どこから来たのってくらい。
とはいえ、レプリカ剣そのものは悪いものじゃない。取り回しやすく鋭利な、普通に良い武器だ。高く売れるしね。一本貰っておきたいくらい。
「だから、あなたのような変態に守ってもらう必要はないってこと。いい機会だし、ここからは別行動で行きましょう。では」
言うが早いか、ミレイユは一人で左の道に進んでしまう。俺はフェリシーと顔を見合わせた。
「行っちゃったね、あの人」
「そうだな。じゃあちょっと遅れて追いかけるか」
「手分けしないの?」
「ああ、しない。ほっとくと死ぬしな、ミレイユ。見殺しにはできないだろ」
「死ぬんだ……」
フェリシーの引き気味の声に、俺は重く頷く。
「この孤高の勇者の隠し工房ってさ、何がエグイと思う?」
「虫さん?」
「正解。厳密に言うと、その毒だ」
「毒」
「ああ、猛毒だ。解毒方法ない奴な。だから魔王も倒せた」
「……もしかして、ヤバい?」
「ヤバいぞ。まぁ呪いの毒だから、もっと強い呪いで押しつぶしておくと無毒化できるんだけどな」
要するにこれだ、と俺は忌み獣の大槌を軽く持ち上げる。「なるほどー」とフェリシーは納得顔だ。
「じゃ、そろそろいいだろ。追いかけるぞ」
「うんっ」
俺はフェリシーを持ち上げて、左の道の段差を乗り越えさせる。
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