第123話 燼滅の魔女、ドロシー
ドロシーは言った。
「とりま一個落とすね」
「嘘だろおいッ!」
召喚陣から、核爆弾が一個投下される。俺は必死に頭を巡らせる。
このままだと俺とフェリシー、ドロシーはどうにかなる。だがそれ以外が死ぬ。それは明確に敗北だろう。俺にとっても、知人友人問わず無意味な死を振りまく最悪の結末だ。
だから俺はそれを防ぐために動く。大ルーンの書を召喚し、指定の大魔法を開く。
『黎明の防御壁』。
しかし単純発動では俺の周りにもう一つバリアが張られるだけだ。だから俺は大ルーンをこの場で書き換える。大ルーンの書はいつだって、書き換え用のペンと共に召喚されている。
俺は範囲を書き換えて、大ルーンをなぞった。
「核爆発を内側に押しとどめろッ!」
【黎明の大防御壁】
バリアが俺の魔力を限界まで吸い上げて、俺たちの半径数百メートルにわたって展開される。「おおー、魔力多いね君」とドロシーが感心する。
直後、核の炎が俺たちを覆いつくした。
それは、衝撃どころの話ではなかった。バリアの外が真っ白に染まり、轟音と呼ぶのすら迷うほどの音の嵐が、荒れ狂った。
バリアそのものも、核の炎を前には威力を霧散させるのは難しかったようだった。何せ単なる爆発ではなく、爆発した先からバリアによって跳ね返ってくるそれだ。
かまどの火が普通の火よりも熱いように、熱を外に逃がさない核の炎は俺たちを四方八方から打ちのめす。
俺たちはバリアごと激しくシャッフルされていた。俺は瞬時にステ振りを脳筋に切り替え、フェリシーを正面から抱きしめて守る。
無数に俺はバリアに打ち付けられる。衝撃を逸らすバリアですら、内側でシェイクされて俺の全身を打ち据えた。どこが傷つくとかではなく、全身まんべんなく痛めつけられた。
それが、数十秒ほど。俺は衝撃が終わったのを感じ取って、よろける体で立ち上がろうとする。
「だい、じょうぶ、か、フェリシー」
「う、うん……ひっ」
フェリシーが周囲の様子を見て息をのむ。俺たちがバリアで覆った内側。俺たちだけを包むバリアの外が、完全に炭化している。
木も、草も、土も、その他のあらゆるものが、真っ黒な炭になっていた。俺は、分かっていてもその光景に息をのむ。一部は、炭を超えて灰となり、振動の一つで風化する。
その中で笑い声を上げる者が一人いた。
「あっははははは! そっか! 確かにバリアで閉ざせば、威力も上がって酷いことになるよね! いやー当たり前だけど新発見だなぁ」
ドロシー。精神的に若返った彼女は、余りに傍若無人な態度で周囲を観察している。
俺は思わず、怒りに声を上げていた。
「お前―――ドロシー! お前、俺がこのバリアを張らなければどうなったと思ってるんだ!」
「え? みんな死ぬだけでしょ?」
ケロッと答えるから、俺は唖然としてしまう。
ドロシーは続けた。
「ボクらはさ、この畏怖戦争で、ボクら以外のすべてを殺すつもりで戦ってるんだ。民間人なんて知らないし、何ならたくさんと死んでくれた方が具合がいい」
「お前……」
「けど、君は面白いね。ゴット君、だっけ? 君との戦闘は、楽しめそう!」
だから、とドロシーは懐から何かを取り出した。
―――銃。それも、銃身のかなり長い、対物ライフルに類するそれ。
ドロシーはそれを、つぷ、とバリアの外にはみ出させて、俺たちを狙う。
「魔力は切れてるよね。外はまだ地獄のように熱いから、バリアが壊れたら熱と放射線で即死かも? つまりは―――バリアを先に壊した方の勝ちってことだね」
言いながら、ドロシーは俺たちを狙う。俺は立ち上がろうとするが、全身が痛くて力が入らない。
ドロシーが、引き金を引く。
発射音。直後、俺たちのバリアに大きなヒビが入った。俺は歯を食いしばり、フェリシーが息をのむ。
―――やはり、ドロシーもこのバリアの弱点は押さえていたか!
「もう二発でボクが勝つよ」
ドロシーがレバーを引くと、ガシャコン、と対物ライフルから薬莢が排出される。ドロシーはレバーを戻し、次の一撃の準備をする。
「そろそろ動かないと、バリアが壊れてボクの勝ちだね」
「ク、ソ、がぁぁあああ!」
俺は根性で回復の秘薬を取り出し、それを飲み干した。その最中にまた一発食らい、バリアにさらに大きなヒビが入る。
「ご、ゴット! 魔力の秘薬!」
「助かる!」
ドロシーがまた薬莢を排出している内に、俺は魔力も回復する。ドロシーは最後の一発のために狙いを定めている。
俺はステ振りをドルイドに戻し、大ルーンを書き直し直して、なぞった。
【黎明の防御壁】
対物ライフルで古いバリアが破壊されると同時、俺たちを新しいバリアが包み込んだ。瞬間できた空白に熱波がごくわずかに入り込んで、俺とフェリシーは同時に大きくむせる。
「ゴホッ、ゴホゴホッ! こ、これはヤバイ。バリアがなきゃ本当に死にかねない」
「う、す、少しでも、ケホケホッ、くる、しい……!」
炭になっている、というのが良くないのか。この周囲一帯は外を覆うバリアに熱を閉じ込められていて、炭も恐らくはまだ燃焼状態で熱をさらに発している。
「熱のデスマッチってわけだね!」
言いながら、ドロシーは絶えず俺たちに銃口を向けている。俺はブチ切れて、キルケーの杖を突きだした。
「登録更新、裁きの光、衛星斉射!」
「飛んでるたくさんのちっちゃな杖なら燃え尽きちゃったよ?」
「燃え尽きた程度で尽きる量で、対大英雄の準備を万全扱いするわけねぇだろうが!」
俺は妖精袋から、束になった杖を大量に引っ張り出す。魔力消費無効の秘薬を飲んで、そのすべてにバリアを張る。
【黎明の防御壁】【抗・黎明の防御壁】
「杖衛星ッ!」
555本。この周囲一帯を覆いつくすほどの杖が俺たちを中心に広がっていく。ドルイドの魔法はこういう時に融通が利くのがいいところだ。ルーンではこうはいかない。
俺はドロシーに向けて叫んだ。
「裁きの光ッ! 斉射ァッ!」
キルケーの杖に巨大な光がたまる。杖衛星たちの砲門からレーザーが放たれる。裁きの光という極太ビームがキルケーの杖の杖から放たれ、衛星のレーザーが合流する。
この一撃は決してドロシーを逃がさない。つい先ほどドロシーを墜落させた攻撃だ。バリアも一撃で破壊する。
だが、ドロシーは余裕を崩さない。「いいね」と不敵に笑って、こう言うのだ。
「ナクア、出番だよ」
高速で足を運んだアトラク=ナクアが、ドロシーの眼前に飛び込んだ。極太ビームがナクアのバリアに吸い込まれ、砕け散る。
だが、蜘蛛の悪魔、アトラク=ナクアはこの熱地獄に対応していた。平然と立ち上がり、俺たちの前に屹立する。
「バリアも掛け直ししてあげる」
ナクアの周囲にバリアが再展開される。クスクスとドロシーは笑った。
「いいね、良い戦いになってきた。君もボクも手札は揃いつつある。けど、まだ伏せてるんじゃない? そろそろ、本気出そうよ」
言いながら、ドロシーはまた浮かぶ箒に腰かけた。機械的な音を立てて、ふわ、と箒は宙に浮く。俺が「フェリシー」と呼ぶと、フェリシーは立ち上がって俺の背中に引っ付く。
「浮くよ」
フェリシーの翅が軽やかにはばたく。その鱗粉を浴びて、俺の身体は重さを失った。ふわ、と宙に浮く。まず体重をなくしてから、軽い羽ばたきで移動する。それが妖精式だ。
「うふふふふふふっ、やっぱり飛べた。これで互角だね」
ドロシーは言う。俺は「どこがだよ」と睨みつける。
「え? だってそうでしょ? ボクと君、たくさんのスパイダーたちと君の杖、ナクアに―――君に隠れる、姿なき相棒」
奇しくもそっくりじゃないか。ドロシーはそう言って、不敵な笑みを俺に向けてくる。
「気分はまるで大戦争だ。ボク、空中戦ってあんまりしたことなくてね。というのも、飛べる敵に遭遇する機会って少ないんだよ。だから、楽しみ」
総力戦だ。ドロシーは言う。
それに俺は、歯を食いしばり、獰猛に笑う。
「そうだな、楽しみだ。戦うのが、じゃあない。ドロシー。被害を顧みないクソみたいなお前を、これから徹底的に叩きのめして、泣きっ面をかかせてやるのが、だ」
「嫌われたものだね。けど、それで楽しめればボクは構わないよ」
ドロシーは俺を見、俺はドロシーを睨む。フェリシーはナクアに指を向け、ナクアは不気味にギャリギャリと音を立てている。杖とスパイダーは、静かに命令を待っていた。
俺は言う。
「ぶちのめして、笑ってやる」
「君との戦闘は、次の戦争の糧にするよ」
俺とドロシーが行動を起こすのは、同時だった。
「衛星、スパイダーを各個撃破!」
「ナクア、スパイダーを大量出産。スパイダー、迎撃」
杖衛星とスパイダーの、壮絶な銃撃戦が始まった。
杖衛星が飛びまわり、ドローンのように飛行するスパイダーをそれぞれ怒涛の勢いで駆逐していく。性能は杖衛星の方が上と見えて、スパイダーが見る見るうちに減っていく。
だが一方で、ナクアが大量にスパイダーを産み落とし、散らばらせていった。短期的に見ればこちらが優勢だが、杖衛星はもうこれ以上の予備はない。このままでは、いずれ負ける。
俺は舌打ちをし、指示を出した。
「クソッ、まずはナクアを落とすぞ、フェリシー!」
「うんっ! ミッシングオブジェクト、フォゲット、パーミッション!」
ドロシー、ナクア、スパイダーたちの動きが止まる。ドロシーが現状を理解するまでの数秒が俺たちの物になる。
「裁きの光!」
バリア対策をした極太ビームがナクアのバリアを貫いた。砕け散るバリアに、慌てだすナクア。だが、その時点ですでにドロシーが我に返っている。
「ねーえー! この見失わせてそのこと自体忘れさせて、しかもそれを『まぁいっか』って思わせる精神攻撃やめよーよー! 多分もう一回くらいは数秒掛かっちゃう~!」
「敵が困る手はこすり続けんのが対戦の基本だってんだよバーカ!」
スパイダーたちが「ビビビッ」と音を立てた瞬間に、「そこだね」とドロシーが俺たちの居場所を見抜く。「見つかった!」とフェリシーは言いながら翅をはばたかせ、すいと空中を移動する。
「待て待てぇー!」
飛行する箒で俺たちを追いながら、ドロシーは俺たちめがけて対物ライフルを向けてきた。衝撃。的確に奴はバリアを打ち抜き、ヒビを走らせる。
「あと二回! 魔力はまだ残ってそうだけど、物資が結構ギリギリじゃな~い!?」
「どうかな! 裁きの光!」
俺が極太ビームを放つと、「当たらないよ~ん」と言いながら、ひらりとドロシーは箒にまたがって宙返りだ。
だが、真の目的はそうではない。
「ハッ! ドロシー! お前は天才みたいだが、それは発明とか考えることだけみたいだな!」
「えっ? あっ!」
ドロシーが避けた先に居たナクアに、裁きの光が突き刺さる。バリアを失ったままのナクアは、即死こそしないが、怯んでよたよたとよろめいてる。
「ナクアっ! 今バリアを掛けなおして」
「おせぇんだよバカが! 衛星! 斉射解体!」
いくつかの杖衛星が、レーザーを刃物のようにナクアの触肢に当て、一息に触肢をバラバラに解体する。最後にもう一度「裁きの光!」と放てば、胴体部分も大きく爆ぜた。
「あ、ああ、よくも、よくもナクアをッ! 作るのにすっごい苦労したんだよ!?」
ドロシーは激怒して、温存していた上空のスパイダーに命令する。
「スパイダー! 核爆連投!」
「お前正気かよ!?」
核爆弾が複数個落下してくる。バリアを破壊する効果を唯一持たないドロシーの攻撃だが(持たせたらドロシー巻き込んで全滅する)、それでも俺たちを大きくかく乱できる。
俺は、空中だとよりかく乱させられる、と「フェリシー、地上に!」と鋭く指示を出す。フェリシーは「うんッ!」と羽ばたいて瞬時に地上に降り立つ。
そこに、対物ライフルの弾丸が突き刺さった。すでにヒビが入っているところに、さらにヒビが入る。
「あと一回! 爆発中に、そのバリア割ってあげる!」
俺は考える。窮地。だがここを乗り越えられれば勝てる。そう言う確信があった。考えろ。どうすればいい。
「素の状態なら、俺たちのが優勢。なら、考えるのは防御とかく乱の防止だ」
【黎明の防御壁】
俺は魔力を振り絞り、もう一枚上からバリアを張る。「あー! ズルいー!」と言われるが、そんなのは知ったこっちゃない。
空中から何個も核爆弾が落下してきている。あと一秒もせずに爆発するだろう。かく乱を乗り切れなければ、また時間的優位を取られる。そうなればまた隙を晒す―――
そこで、俺は気づいた。
かく乱されることが問題なのではない。時間的優位を取られることが、そこから不利に持っていかれることが問題なのだと。
「フェリシー」
「うん」
俺の思考を完全に読み取って、フェリシーは強く呟いた。
「ミッシング・フェアリー」
世界は
「えっ? 何でボク、こんな戦いを―――」
ドロシーの困惑。全世界あらゆる人間がフェリシーの居なかった世界線の記憶を植え付けられる。狂った俺だけが、自分で生み出した
直後、核の炎が吹き荒れた。
衝撃、真っ白に染まるバリアの外。俺は脳筋にステ振りして、フェリシーを固く抱きしめる。
揺さぶられる痛みと苦しみは、最初よりも遥かに大きかった。俺たちはバリアごと何度も何度もシェイクされ、ぐしゃぐしゃにされ、前後不覚になる。
それが、数分ほど。酷い、酷い時間だった。だが未知の手段で核対策をしていたはずのドロシーも、終わった頃には俺よりもひどい顔でバリアに包まれて地面に横たわっている。
「ん、ぐ、あ、あぁぁぁあああ!」
俺は叫んで立ち上がる。袋から一応そろえていた回復ポーションを何本もがぶ飲みする。フェリシーも苦しそうだったから一本飲ませ、それから手を繋いでドロシーに近寄った。
「っ。ヤンちゃんが魔法壊した」
俺の記憶も、ドロシーの記憶も正常に戻る。ヤンナ、手元の人形をしまっていなかったか。もしかしたら、何かあった時用に備えていてくれたのかもしれない
俺は焦土の中で、ドロシーを見下ろした。ドロシーは苦しそうな顔で、俺たちを見上げている。
「ぐ、こん、な、こんなところで、まけ、る、わけ、には……」
「いいや、お前の負けだ、ドロシー」
俺は指を鳴らす。盛大なブチギレスマイルを浮かべて、この若作りクソババアにトドメを刺してやる。
「装備セット、勇者―――ふっっっっっっ飛べぇえええっ!」
俺はほぼ全裸の脳筋状態になって、二振りの大槌で思い切りぶん殴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます