第124話 魔女狩りのあとに・上


 俺の横殴りが、ドロシーのバリアにさく裂した。


 バリアごとぶん殴られたドロシーは膨大な威力に空中にすっ飛んで、核封じ込めバリアを砕いて外に転がる。……何度も核爆発受けて、このバリアも限界だったか。


 俺たちも封じ込めエリアを出つつバリアを解き、数十メートル歩いてドロシーへと近づく。奴のバリアも先ほどの衝撃で砕け散っていたと見えて、満身創痍で動けない様子だった。


 しかし。


「まだ、だ。まだ、終われ、ない……ッ!」


 ドロシーの心は、折れていないようだった。歯を食いしばり、うつぶせの体勢で、必死に立ち上がろうとして、立ち上がれない。


 俺は「影走り」と指を鳴らし装備セットを切り替える。


「ドロシー、言い残すことはあるか」


 剣を担ぎ、睨みつける。ドロシーは俺を睨み返し言う。


「ボクを殺すのかい。君の、その、得体のしれないお友達から、世界を守ろうとしただけのボクを」


 記憶が戻っている。短期的な記憶忘却剤だったらしい。俺はそう思いながら、断言する。


「殺すさ。それ以外に選択肢がない。フェリシーを殺そうとする以上、お前はどう足掻いたって敵だ。和解はあり得ない」


「フェリシー……、なるほど、見えるようになったよ。随分と可愛らしい外見だ。それで、ゴット君を籠絡したのか」


 ドロシーの視線がフェリシーを捉える。フェリシーは怯えて俺の背後に隠れた。


「ゴット君」


 ドロシーは俺に訴えかける。


「ボクを殺すならそれはそれでいい。だがそれでも、フェリシーちゃんは危険なんだ。彼女の胸先三寸でこの世界が滅ぶ。それを、ボクらは許容できない」


「主語デケェよクソババア。お前が許容できないだけだろうが。第一、最初からフェリシーは言ってるはずだ。世界を滅ぼす意思なんか最初から持ち合わせてないって」


「意思なんて関係ないだろう!」


 ドロシーは叫ぶ。フェリシーが俺の背後でビクリと震える。


「人間の意志がどれだけ薄弱か知らないのか! 約束事は気分で破る! 嘘を吐き、自分すら騙し、自分に誓ったことも碌にできない! 落ち込んだ時に世界の滅亡すら簡単に望む! それが人間だ! 取るに足らない動物だろう!?」


 ドロシーは震える腕で立ち上がろうとする。だが打ち据えられた体はそれに答えず、また地面に崩れ落ちる。


「人間は動物だ! 卑怯で、弱い意思を持った動物だ! それそのものはいいさ。だが、そんな弱い弱い人間が、簡単に世界を滅ぼせるスイッチを持っていることが問題なんだよ!」


 ドロシーは、歯を食いしばる。


「フェリシーちゃんが気まぐれで世界を滅ぼさないと何故信じられる!? ゴット君、君にだってあるだろう? 『学校行くの面倒くさいな。学校燃えないかな』なんてことを簡単に考えたことを!」


『今日働きたくないな』『上司死なないかな』『隕石落ちて嫌なこと全部なくならないかな』。


「そんな風に簡単に、何かの破滅を望むのが人間だ。普段は当然理性があるさ。だが人間には弱る瞬間がある。本当に自暴自棄になる瞬間が。人間は弱いから。ボクだって、誰だって」


 ドロシーは訴える。


「その時、皆が、死ぬかもしれないんだ。この居心地の良い世界が、終わるかもしれないんだ」


 ドロシーは歯を食いしばり、懸命に立ち上がろうとしながら、俺を見る。


「分かってほしい。意思なんて問題じゃない。能力こそが、本当の問題なんだよ」


「なら、ドロシー、お前はどうなんだ。核を好き勝手落とせるお前は人間で、世界を滅ぼせるスイッチを持ってるだろうが」


「核ごときでこの世界が壊れるもんか! たくさんの地獄を作ってきたけれど、この世界は続いているじゃないか! この世界は君たち転生者の故郷とは違う! 核の冬なんて結局来なかったし、放射能汚染だってどうにでもなる! それに」


 ドロシーは、息を吐いて語調を落とす。


「ボクは、ボクだって、取るに足らない人間の一人だ。他の畏怖の世代と違って、ボクを殺すことは容易だ。何度も死んだって聞いている。畏怖の世代でも最弱に近い」


 俺はそこで引っかかりを覚えたが、ドロシーの言葉は止まらない。


「ボクが狂って暴れようものなら、他の畏怖の世代がボクを殺すさ。だが、フェリシーちゃんは? フェリシーちゃんが狂ったとき、ボク以外の誰が止められる?」


 フェリシーの震えが、掴む俺の服ごしに伝わってくる。俺はフェリシーを安心させるように、その頭をぎゅっと抱きしめる。


「ボク以外にフェリシーちゃんの忘却に抗える人間がいるかい? 水平思考で『今何かを忘れることはおかしい』と気付ける人は? 赦しの魔法を許さずに居られる人は? 君にだって、そんなことはできないだろう、ゴットく」


「もう黙れ、ドロシー」


【影踏み】


 俺の足踏みで、ドロシーが無数の影に貫かれる。夜の闇が集ってドロシーを磔にし、ドロシーが大量の血を吐いた。


「ガ、は……」


「お前の言い分は分かった。この期に及んで命乞いの一つもしない姿勢には感心する。が、だからこそお前は殺す」


 なぁ、と俺はドロシーに言う。


「お前の言うことは正しいよ、ドロシー。確かに人間の意思は弱い」


 前世のことを思い出し、俺は憂鬱になる。


「仕事終わりに資格の勉強の一つもできないし、上司は言うことコロコロ変わるし、部下は言い訳ばっかりでまともに仕事もできない。大人であればあるほど『人間の意思なんて信じられるか』って思うのは分かる」


 けどよ。


? お前が世界の守護者を気取るように、こっちはフェリシーの守護者気取ってんだよ。世界とフェリシーならフェリシー取るって決めてこの場に臨んでんだ。端から目的が違うんだよ」


「ゴット、く、ん……。君、は……」


「だからさ」


 大狼の大曲剣を肩に担ぐ。


「お前みたいな老害はとっとと死んどけ。フェリシーとかのついでに、世界もどうにかしといてやるよ」


【影狼】


 影踏みの棘が消え、落下するドロシー目掛けて俺は肉薄する。


「―――ついで、か。ずいぶんと軽く言ってくれるよ。生意気だな」


 呟くようなドロシーの声をめがけ、一閃。俺は大曲剣で胴薙ぎにする。


 刃がドロシーを貫く瞬間、ドロシーは僅かに笑った。


「そこまで言うなら、退くとしよう。君の世代を、作ると良い」


「言われるまでもねぇ」


 どう、とドロシーの身体が落ちる。俺はそれを一瞥し、剣を振るって血を払った。


 指鳴らしを三回。武器が大ルーンに従って消えていく。フェリシーが泣きながら俺に駆け寄ってきて、抱き着いてくる。


「ゴット……! ふ、う、うぅぅぅうう……!」


「お疲れ様、フェリシー。ごめんな、つまんない話に付き合わせた」


 泣きじゃくるフェリシーの背中を、トントンと優しく叩く。そうしていると、フェリシーが言う。


「ゴット、あの、あのね。魔女さんの言うこと、だけど」


「フェリシー」


 俺はフェリシーが何を言い出すのかが分かったから、割り込んで否定する。


。フェリシーが死んで解決することなんて一つもない。正義かどうかモノを考えるのは、それこそドロシーみたいな秩序側の人間だ。俺たちの仕事じゃない」


 だから、と俺は結論付ける。


「フェリシー、お前は生きてていいし、俺はフェリシーに生きててほしいんだ。世界を滅ぼす力があっても構わない。俺がお前を幸せにするから」


「ゴットぉ……!」


 フェリシーは俺の胸に飛び込んで、さらに大きく泣き出した。俺はそれを抱きしめ返す。

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