第125話 魔女狩りのあとに・下


※注意

今回の話は、旧「魔女狩りのあとに」を加筆修正した後半のものになります。

旧「魔女狩りのあとに」のみを読んだ方は、「魔女狩りのあとに・上」からお読みください

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 気配。


 ドロシーを殺し、すべてを終わらせたと思った時、俺は不意に、闇の中に人の気配を感じ取った。


 見れば、ぼんやりとした光が揺れている。敵意というより、こちらを伺うような微かな気配。その人物が誰かに気付いて、俺はポカンとする。


 その人は、俺たちを見付けてこう言った。


「―――ゴット君らよ、お前らやんちゃし過ぎだって。帝都からも見えるくらいビカビカ光ってるからって、嫁さんに蹴り飛ばされて、様子見に来る羽目になったじゃんかよ」


「……陛下?」


「おう、陛下だ」


 闇の中から現れ、近づいてくるのは、陛下だった。以前見た姿より、いくらかラフな貴族服で、ランタンを掲げて近寄ってくる。


「つーかすっげードンパチだったよな。まるでドロシー婆さんの奴、みた、い、だ、と……」


 近づくにつれランタンの光がドロシーを照らす。とうとう陛下がドロシーの死体に気付き、顔がどんどん蒼白になっていった。


「―――え、ドロシー婆さん?」


「……」


 俺はそっと後ろ手にフェリシーに触れる。フェリシーは僅かに息をのんで前に出て、陛下に指を向けた。


 陛下は、俺に問いかける。


「……殺したのか。ゴット君、お前が」


「はい」


 俺はまっすぐに見つめ返し、頷く。


「それは……何でだ。前に聞いた時、ドロシー婆さんはお前に良い待遇を用意したとかなんとか言ってたぞ」


「詳細は省きますが」


 俺は目を細め、言う。


「俺の大切な人が、『世界を滅ぼしかねない力を持っている』とかいう理由で、命を狙われました。話し合いの余地はありませんでした。だから、大切な人守るために、殺しました」


「……っ。……、……、……」


 陛下は、沈黙の中で何度も表情を変えた。驚愕、動揺、困惑、懊悩。まるで百面相のようにグルグルと複雑に表情を変え、変え、変え。


 最後に頭を抱え、俯き、絞り出すように言った。


「……ゴット君、お前、やってくれたな……」


「……はい」


 沈黙。重い、重い沈黙がここに落ちた。陛下は歯を食いしばって深く思い悩んでいる。


「……陛下」


「黙れ、今、考えてるから」


「……」


 対話の拒否。だが、丸っきり敵対というそれではなかった。


 だから、待った。フェリシーに忘却させることもできたが、俺は陛下が考え抜いた先に、どんなことを言うのか、聞きたくなった。


 そうして、長い時間が経った。深夜に沈んでいたこの一帯が、ずっとずっと暗くなる。そんなときに、ふと、俺はこんな事を思うのだ。


 夜は、夜明け前が一番暗いのだと。


「―――ゴット君」


 陛下が、口を開く。俺はただ、「はい」と答える。


「お前に、二つの選択肢を示す」


 陛下は言って、指を二本立てた。


「一つ目は、大英雄にしてアレクサンドル大帝国の文明を開いた偉大なる大科学者、『黎明の魔女』ドロシーを殺した咎を問われ、勇者が一転、大犯罪者として国を追われるという道」


 陛下は、中指を折る。人差し指一本が残る。


「もう一つは、俺と盟約を結んで、地獄を進む道だ」


「……地獄、とは」


「盟約を結ぶまで、聞かせられねぇ。地獄、なんて表現でビビるなら、やめときな」


 低く、暗い声色だった。陛下が、恐らく数々の経験を経てきた陛下が地獄というなら、本当に地獄なのだろうと思う。犯罪者より苦しい道。その重さが分からない俺ではない。


 だから、尋ねた。


「俺が犯罪者になれば、スノウとも、ヤンナとも、婚約が切れます。あの二人を、泣かせることになります」


「そうだな」


「陛下と盟約を結べば、そうなりませんか」


 まっすぐに、俺は陛下を見た。陛下は、答える。


。だが、困難な道だ。一つでもミスれば、お前は死ぬ。俺すら巻き込んで全滅だ」


「陛下、……それは、選択肢じゃあないです。俺は、困難を打ち破って全員を幸せにするんですから」


 俺は陛下が残した人差し指を握る。陛下は「ハ……。生意気小僧め」と皮肉っぽく笑った。


「なら、盟約を交わせ。これに、血のサインを」


 陛下は虚空に手を突っ込んで、古びた紙を取り出した。草むらの上で広げ、慣れた手つきでサッと指に針を刺し、自らの名を記す。


 俺は違う針を差し出され、指にさし、その血で自分の名を書き入れた。「よし」と陛下は言う。


「これで、お前は俺と一蓮托生だ。俺はお前を裏切れないし、お前は俺を裏切れない」


「光栄です。それで、地獄というのは……」


 あまりの暗さに、ランタンに照らされてなお、陛下の顔が見えなくなった。何を言われるのだろう、と不安が走る。


 陛下は、言った。


「ゴット君に頼みたいのは、二つの難事だ」


 一呼吸。陛下は、言う。


「―――お前、皇帝になれ。皇帝になって、畏怖の世代の老害どもを皆殺しにしろ」


 夜が、明ける。


 眩しいほどの光が、この平原に差し込んだ。黎明に差し込む光に、陛下の顔は壮絶な覚悟を湛えていた。


 陛下は言う。


「ドロシー婆さんを殺すほどの大英雄の再来は、自慢じゃないが俺以来だ。つまり、お前は皇帝にふさわしい器の持ち主ってことだ。お前以外に、ふさわしい器がいねぇってことだ」


「……陛下」


「だから、お前に賭けてやる、ゴット君―――ゴット。お前が、ドロシー婆さんを殺したこの場で、よりにもよって俺に出会ったってことは、それが運命ってことだろ」


 なら。


「なら、『運命帝』たる俺は、運命の導きに従うだけだ。ゴット、お前に皇帝の道を開く。代わりにお前は、次期皇帝にふさわしいだけの証明をし続けろ」


「それが、つまり」


「ああ、『畏怖の世代の皆殺し』だ」


 日の光に照らされてなお、俺はブルリと震えた。これだけ艱難辛苦を舐めてやっと得た、畏怖の世代への勝利。それが、ここにきて深く突き刺さる。


「畏怖の世代は老衰でだいぶ死んだ。だが、いつまでたっても死にそうにない、しぶとい連中があと五人いる」


 陛下は、列挙を始める。


「俺の親父。歴代皇帝最強と名高い先帝。『殴竜帝』ディエゴ・ロペス・アレクサンドル」


「光すら刀一本で切り伏せてのけた女傑。『無光の勇者』シンシャ・ローズブレイド」


「裏で政を牛耳る呪術師どもの大権威。『呪具蔵の呪術師』ジギスヴァルト・レーンデルス」


「畏怖戦争で最も人間を殺した女魔王。『色欲と狂乱の主』アスモデウス」


「そして畏怖の世代の中心にして、この世に残る最後の。『災厄の龍』ジルニトラ」


 陛下の挙げた面々に、俺は唾をのみ下した。


「連中は、ドロシー婆さんを殺したお前を許さない。お前が順当になり上がるにあたって、絶対に障害になる連中だ」


 だから。


「支援してやる。俺の力の限り、必要なもんをくれてやる。まず、ドロシー婆さんの財産は全部うまく俺が分捕ってお前に渡す。うまく使って、奴らを皆殺しにしろ」


「―――分かりました。ただ、教えてください」


 陛下は頷く。俺は尋ねる。


「まずは、何でドロシーを殺した俺を、畏怖の世代は狙うんですか。畏怖戦争は、畏怖の世代たちがぶつかり合った時代なんじゃ」


「ありゃ外向けの作り話だ。畏怖の世代ってのはな、全員裏でつるんでんだよ」


「……はい?」


 俺は意味が分からず、顔をしかめる。陛下は言った。


「最重要国家機密なんだがな。畏怖戦争ってのは、人魔問わぬ化け物どもである畏怖の世代どもが食い合った戦争―――ってのは、まるっきり嘘っぱちだ」


 陛下は続ける。


「実態は全くの真逆。人魔問わぬ化け物どもは、『災厄の龍』ジルニトラを中心に繋がり合い、そして自分たち以外の凡人どもを虐殺して、黙らせようとした戦争のことだ」


「……」


 俺は、その真実を飲み込めない。


「だから、世界大戦ってのはある意味正しくて、ある意味間違ってる。畏怖の世代が各勢力のトップを務めて戦った、っていうのが通説だが―――」


 ハ、と陛下は鼻で笑う。


「真実は、『畏怖の世代』対『世界』だった。そして畏怖の世代は、勝利してのけた」


 それを聞いて、やっと理解が追いつく。


 つまり、畏怖とは、そういうことなのだ。


 世界を踏みつけ、欺き、貪った化け物たち。それを世界の人々は畏怖した。畏怖の世代に騙され、その余波で誰もが死んだと信じて、震え、怯えた。


 故に、畏怖戦争。


 それで、俺はドロシーが世界の守護者を自称した理屈をも理解する。


 奴が言ったのは、何てことはない。自分たちで壊し、新しく作り上げた世界を簡単に壊してしまう敵を、排除したかっただけ。


 何だ。正義とか義憤とか、そういうものだと思っていたから、胡散臭く見えただけか。結局ドロシーは、世界という大きすぎる身内を守るために、危険を排除したかっただけか。


 俺と同じだ。身内のために戦っただけだ。結果として、過保護なババアが一人死んだだけの話。


「特に、ドロシー婆さんは『災厄の龍』の嫁の一人でもある。嫁さんを殺した以上、旦那が黙ってねぇのは分かりやすい話だろ?」


「……腑に落ちました。ハハ、知りたくなかったですよ、こんな事実」


「だってお前ドロシー婆さん殺しちまうんだもん。仕方ねぇだろ」


 俺は苦笑しながら頭を掻く。それから、「でも」と問う。


「何で、陛下は畏怖の世代を皆殺しにしろ、なんてことを? その中には、陛下のお父様もいらっしゃるのに」


「親父は、死にかけだ」


 陛下は言う。


「今すぐにでも死にそうな顔をして、病床でずっと臥せっていながら、強すぎる体の所為でいつまで経っても死ねないでいる。その引導も、ついでに渡してやりたくてな」


 それに、と陛下は意地悪く笑う。


「老害どもが蔓延っている内は、いつまで経っても畏怖の世代のままだろ? そろそろ、終わらせてやろうぜ。それが、次の世代の役割ってもんだ」


 俺は、陛下の言葉の中に、真意を見出す。


 つまり、『畏怖の世代の皆殺し』とは、単なる怨恨でも、敵の排除だけの話でもない。


 偉大なる大英雄たち。無数の功罪を持ち合わせる化け物ども。それが集い、結託して、世界を蹂躙した時代があった。


 それを、俺たちの手で終わりにする。敵であり、祖先であり、恩師にもなりえた人々を、感謝と、畏敬と、憎悪でもって殺す。


 幕引き。それを、俺たちの手でやろうと言っているのだ、陛下は。


 俺は、口を開く。


「やりましょう。やります。やらせてください。俺は―――」


 とうとう堪え切れなくなった笑みを浮かべ、陛下に宣言する。


「新しい、俺たちの時代を、迎えたい」


「……そうだな。そうしよう。ゴット、お前に、次の皇帝を任せる」


「任されました」


 陛下の差し出した手を、俺は強く握り返した。始めよう、俺たちの時代を。終わらせよう、畏怖の世代を。












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ゲーム世界にゴミカス伯爵として転生したプログラマー、ぶっ壊れルーン魔法を量産し皇帝まで成り上がる 一森 一輝 @Ichimori_nyaru666

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