第121話 転生者に刻まれるもの

 俺は創造主に、単刀直入に要求した。


「なぁ、創造主。俺、多分だけどチート……祝福、刻まれてないだろ?」


 俺が言うと、創造主は微笑む。


「うん、よく気付いたね。それで?」


「今からでもいい。よこせ。どんな手を使ってでも、倒したい奴がいる」


 俺が正面から訴えると、創造主はクスクスと笑い、それから大声を上げて笑い始めた。


「ふふ、うふふふふ、あはは、あはははははははっ。ああ、やっぱりいいなぁ。何かを欲して、必死にもがく姿は。格好いいよ。そうでなくちゃ」


 おっと、と創造主はそこで我に返り、平静を取り戻して俺に答える。


「祝福だけどね、もちろんあげる! そのために来たんだもの。それに、祝福を刻むにふさわしい姿も見せてもらったことだしね」


 うふふっ、と創造主は口を押えて笑う。


「まさか、まさかあんな素敵な方法でフェリシーを見付け出すなんて! 男の子は、いっつもそう! 本当に強い敵と対峙した時、驚くほどの成長を見せてくれる」


「……これ成長か?」


「成長だよ! ほとんど不可能に近い問題に対する、百点の回答」


 問、あなたが忘れてしまった、知らないと見付けられない女の子を、どうやって見付けますか? ただし、思い出すことは禁止です。


 解、自ら精神病を患うことで妄想を現実と思い込み、しかし可能な限り真実に近い妄想を構築することで、幻覚を女の子に重ねて実質的に再会する。


 不可能だ。だが、成し遂げた。直感に任せて、俺はここにたどり着いた。一カ月近い時間をかけて、やっと。


「だから、心おきなく祝福をあげる。でも、その前に説明させて? 祝福って言うのは、分かりやすいものじゃないから」


 俺は言われ、「ああ、頼む」と頷いた。


 創造主は俺に問う。


「ゴット君が今読んでた本、何て書いてあった?」


「えーっと、ここか」


 俺は本をめくり、読み上げる。


「『創造主は、あらゆる召喚勇者、あるいは転生者に「祝福」とされる運命を刻む。それは現代日本に生きる我らにはなじみ深い「チート」に近く、しかし似て非なるものであると』」


「そう。結構みんな勘違いしがちなんだけど、そのままストレートに『チート』能力じゃないの」


 創造主は言いながら「しゅっ」と拳を虚空に突き出す。……あ、ボクシングのストレートか。分かりにくいことを。


「強、才、縁、美……とかがあるらしいってのは読んだよ」


「うん。みんな私があげた祝福だよ。そうだなぁ、あげた祝福と、その後の人生について話せばわかりやすいかな?」


 こほん、と創造主は咳払いをし、俺に説明を始めた。


「まず、『強』。この祝福を受けたユウヤ君はね、ぜーんぶ正面からなぎ倒したよ」


「そんなこと書いてあったな」


「いやもうね、多分ゴット君が考えるレベルじゃないよ。彼、神とかかなりの人数殺しまくったからね」


「は?」


 本当に俺が考えるレベルじゃなかった。


「もうすっごくてね。神話が結構近い時代だからって言うのもあるんだけど、魔物なんて最初っから相手にならなくてね? 怪物も余裕で倒すし、魔王も軽くひねるし、神も」


「魔王は一応端くれを倒したから何となく想像つくんだけど、神ってどの程度強いんだ?」


「全員この世界を一日以内に滅ぼせるくらい強いよ」


 強すぎて笑う。


「……え、よくこの世界滅んでないな」


「いやまぁ最初期はそれこそ死ぬほど滅んだんだけどね……。滅ぼさせない仕組み組んでからは基本大丈夫になったから、そこは気にしないで」


 その話はさておき、と創造主は言う。めっちゃ気になるけどあんまり教えてくれなさそうだな……。


「そんな神ーズをバチボコに殺しまわったのがユウヤ君なんだよね。それが彼に刻んだ『強』の運命」


「本当に強い」


「もう二度と『強』なんて祝福、誰かにあげようって思わなくなったよね~……。結構彼も世界メチャクチャにしたし。基本誰かのために頑張る子だったんだけど」


 善人なのか悪人なのか分からんな、ローマン皇帝。何者なのか。


「次に、『才』の子だね。この子もね~……メチャクチャだったかな~」


「全員メチャクチャじゃねーか」


「いやいや、そんなことは……。あるかな……。あるかも……」


 あるんかい。


「この『才』の子はね? もー才能がヤバくて。何でも一瞬で覚えちゃうから、一年でユウヤ君に並んじゃったんだけど」


「やっば」


「普通習得に三十年かかる技術を、数日で完成させちゃった時はもー笑ったな~。お腹抱えて笑っちゃった。技術をあの子に教えちゃダメだよも~。全部極めちゃうんだから」


「古代のこの世界ってもしかしてかなりやばいな?」


「え、でも全然最近も負けてないよ?」


「マー?」


 俺はもう笑うしかなくて、力の抜けた笑いを浮かべるしかない。


「『縁』の子はやばいのと初手親子関係結んでね? その教えを受けて育ったものだからまー戦闘民族で。『美』の子は触れる端から魅了するのに、一番に自分が大好きだから周りが拗れて」


「はー……」


「ちなみにこの『縁』の子と『美』の子はどっちも存命だよ」


「マジで!?!?!?!?」


 それ一番驚きだよ! 遠い昔の話だと思ってたから笑って聞いてたんだよ俺は!


「ヤバすぎる……俺以外に転生者が二人も生き残ってる……」


「そして君もこれから晴れてその仲間入りをします」


「え……? 何か怖くなってきた。勘弁してくんない?」


「ダメー。……でも、本当は欲しいでしょ?」


 くす、と笑いながら言われ、俺は口を閉ざす。


 それから、頷いた。


「ああ。正直、今俺は手詰まりに近い。ドロシーを倒せるなら、フェリシーを救えるなら、どんな手も使う。そう言うつもりでいる」


「うんうん♪ それでこそ男の子だ。フェリシーもきっと嬉しいだろうね。そんな風に思ってもらえて」


 俺は僅かに違和感を覚えながら、創造主を見る。


 創造主は言った。


「ゴット君。君の活躍は、遡って見てました。シュゼットちゃんに勝利。魔王の討伐。そして今。君の一貫しているのは、そのズルさ」


「……ズル?」


「君は魔法、特にルーン魔法の穴を突いて、悪いことばっかりしてます。でも、そんな君の戦い方は、とっても私には新鮮で、面白いものでした。だから、私はこの祝福を贈るね」


 創造主は、指で空中に文字を記す。それは軌跡となって空中に浮かび、創造主が最後に丸で囲うことで成立した。


 空中に浮かぶシャボン玉のような存在。その中心に浮かぶ文字。


『狡』


「狡猾の狡でもあり、狡憤の狡でもあるこの文字は、君にピッタリ。ずる賢くて、要領がいいようで、実は奥に狂気を秘めたゴット君。君に、この祝福を贈ります」


 文字を浮かべたシャボン玉は、俺に向かってきて、俺の胸の中に溶け込んだ。じんわりと、何かが変わったような気がする。だが、分からない。


「……これで、ドロシーに勝てるのか?」


「んー、分かんない。やっぱりそれは君次第だよ。祝福はそのまま使える特殊能力じゃないからね。けど」


 創造主は微笑む。


「君の運命を、確かに決定づけるのは、間違いないよ」


「へぇ……」


 あまり実感はない。だが、今までの話を聞くに、何か大きなことがあるのだろう。


 それは戻ってから確かめればいいことだ。と俺は口を開く。


「ところでさ、多分これ最後だから聞いておきたいんだけど」


「うん? 何?」


「フェリシーがさ、『創造主様に~』とか何とか言ってたんだ。俺、それ聞いて生まれる前の魂での会話的な奴かな、と思ってたんだけど」


 俺は、疑わしい目で創造主を見た。


「……実のところ、フェリシーって、創造主のガチの娘なのか?」


 俺が問うと、創造主は僅かに停止した。


 それから、俺に初めて、ニヤッと悪い笑みを浮かべる。


「バレた?」


「髪の色が似すぎ問題と、唯一呼び捨てだったから。フェリシー自身も謎が多かったし」


「うん、そうだよ。フェリシーは数少ない、私の直接の子。私のこと、お義母さんって呼ぶ?」


「呼ばない」


「あはははっ。そっか」


 創造主は笑って、それから俺の真剣な視線に気付き、「ダメだよ」と言う。


「私は力にはなれない。フェリシーには幸せになってほしいけど、それはあの子が自分の手でつかみ取るもの」


「でも、親なら」


「親である前に、私は創造主だから。するのは最低限、親としての教育と、この学院に入れるところまで。それ以上手助けしたら、あの子の人生じゃなくなっちゃう」


 その考えを、俺は理解できない。まだ、あんなに小さな子だ。複雑な事情を抱えた子だ。まだ親にできることはある。だが、それを創造主は良しとしない。


「毒親め」


 なのでフェリシーの代わりに、俺は罵倒しておく。


「ひどーい! でも、この感覚は分かってもらおうとは思わないよ。私が手を出し過ぎれば、それはこの世界じゃなくて、私が意のままにする空想でしかない。すべてが虚構になるの」


 だから、と創造主は俺を見た。


「私は私が手出しをする代わりに、何とかしてくれそうな転生者に託すんだよ。今はゴット君。フェリシーを、幸せにしてあげて?」


「はぁ……この毒親はよ。言われるまでもない。そこでのんびり見てろ」


「ふふっ、頼もしいね」


 創造主は微笑んでから、改めて言った。


「さぁ、行っておいで、転生者。君の生涯に、幸多からんことを」




「ゴット?」




 俺はハッとする。横を見ればフェリシーが俺をのぞき込んでいる。創造主との語らいは終わった。そういう事だろう。


「ぼーっとしてたけど、どうかしたの?」


「ああいや、何でもない。……フェリシー、親のことって覚えてるか? つまり、育ての親って言うかさ」


 俺が気になって尋ねると「んーん」とフェリシーは首を振る。


「全然覚えてないよ~。……でも、何となく優しい人だった気がする、かも?」


「また、会いたいか?」


「んー……ゴットたちが居るから、いいかな~……?」


「……なるほどね」


 創造主の立場から、『あなたの魔法はミーム魔法だ』と伝えておきながら、親としての記憶は残さなかった。どこまでも、創造主としての立場を取った。


 だが、きっと愛情は注いだのだろう。親から愛情を注がれなかった子供は、どこか飢えたような性格になる。親に憎悪や渇望を向ける。フェリシーは、そうではない。


 俺は何となく創造主のことが分かった気がして、気にしても仕方がない、と割り切ることにする。俺が創造主の分までフェリシーを可愛がればいいだけだ。


 さて、どうしたものか。俺は考える。すると、不意にアイデアが浮かんだ。


「……あ、そうか。この方法なら核、どうにかできるかも」


「え! やっとゴット思いついた!?」


 フェリシーがパァッと表情を輝かせる。だが、俺の脳は止まらない。


「ああ。しかも何か、今まで詰まってた解決策が、何か頭の中にポンポン出てくる。おぉ……!? もしかしてこれ祝福か? 祝福のお蔭でこんな事になってんのか?」


 俺は悪いことがバンバン思いついてしまって、「うわーこれヤバイぞ。祝福えぐいってこれ」と笑ってしまう。嬉しい悲鳴という奴だ。


 これは、これはすごいぞ。すごいことが出来てしまう。時間はかなりかかるが、やる価値がある。やりたい。やってしまおう!


「とすると、あれも必要だな。他にも必要なものがかなりある。どうしようかな。スノウに頼むか? でも記憶消えてるし……まぁでも何とかなるだろ! あとは」


 俺はメチャクチャにワクワクしながら、思考を巡らせる。


 そして最後に、フェリシーの手を取った。


「フェリシー、この戦いには、お前の力が必要だ。協力してくれるか?」


「ゴット~? 今更フェリシーちゃんが手伝わない訳ないでしょ! もー!」


「ははは、悪い悪い。……じゃあ、これから正念場だ」


 俺が表情を引き締めると、「うん」とフェリシーは頷く。


「一緒にやろ! それで、魔女さんを倒しちゃお!」


「ああ、やろう」


 俺たちは声を合わせる。


 さぁ、狼煙を上げるぞ。魔女狩りの始まりだ。

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