第120話 敵性大英雄の研究

 翌日、俺はフェリシーと共に大図書館で研究に勤しんでいた。


「フェリシー、この本戻しておいてくれ。あとこのリストの本持ってきてほしい」


「うんっ。行ってくる!」


 俺は大量の本を読み込み、手元のノートにまとめながら、情報を整理していた。


 すべきことは二つ。一つは黎明の魔女、ドロシーを知ること。


 敵を知らなければどうにもならない。特に、敵がかつてないほど強い今回はマストだ。


 もう一つは、その対策。強すぎる攻撃なら先んじて潰せないか、あるいはいなせないか。硬すぎる防御なら貫く方法はないか。あるいは解除はできないか。


 俺はかつての畏怖戦争でのドロシーの活躍ぶりから、その内の手を読もうとする。


「……『殴竜帝』と『災厄の龍』の激突は三日三晩に及び、その余波で大陸が半ば両断。結果海水が流れ込み、ブレゼディアス大湖峡ができた。その争いを止めたのが、『黎明の魔女』ドロシー、と」


 俺はページをめくる。


「彼女は『災厄の龍』に直接原子爆弾を着弾させ、龍を撤退にまで追い込んだ……。核の直撃で死なないのかよ。撤退で済むのかよ」


 俺は規格外すぎるかつての大戦を読み込みながら、考える。


 やはり、ドロシーは核爆弾を使ってくる可能性が高い。余波については、守護者を自称するからには何か対策を打ってくるだろう。


 だから、俺が考えるべきは、ただ自分の身を守る方法だけだ。しかし、核から身を守る方法。ううむと俺は頭をひねる。


「ゴット、持ってきたよ!」


「ありがとな。しばらくは好きにしててくれ」


「うんっ」


 俺は思考する。だが、思いつかない。


 遠くで爆発した核に対し、即死しない方法なんてのは前世で聞いたことがある。熱線を直接浴びると全身焼け焦げるから、壁一つカーテン一つを挟めばいくらか生き残れる可能性が高くなるとか。


 だが、今回の場合は、ドロシーは俺たちに直接撃ってくる。フェリシーの魔法がそれよりも強力だからと、迷いなく俺たちに叩き込むだろう。


 それを、どうにかする方法。俺は腕を組む。


「……分からん。次」


 俺はノートにまとめつつ、分からないことを一旦飛ばしてまたノートに情報をまとめていく。


 数日、そんなことをやっていた。ドロシーの考えられる攻撃方法、防御方法を過去の資料から漁り、そこからどの程度進化しているのかで予想を立てる。


 だが、かなりの領域の攻撃が俺には防げず、想定される防御を俺は貫けない。


 とするなら、次行うことは思索だ。


「フェリシー、もう何でもいいから適当に本を持ってきてくれ」


「何でもいいの?」


「マジでなんでもいい。絵本でもいい。辞書でもいい。ここから先は思いついたもん勝ちだ」


「うんっ! 持ってくる!」


 本をバーッと適当にめくっては片づけ、適当に読んでは片づけという地獄に突入する。自由な発想は、普通にしていては降ってこない。無数の関連のない情報を入れて、初めて来る。


 そうしているとフェリシーが「も~むり~……」とダウンしてしまったので、俺はフェリシーを労いつつ自分で本を持ってきては片し、というループを始めた。


 それが数日。俺は前世のガチャが全然当たらないような感覚で大図書館をうろつくゾンビと化していた。フェリシーはとっくに本探しに飽きて、俺の背中に引っ付いている。


 そこで、俺は妙に気になる本を見付けた。


「……『創造主についての研究』。著、ユウヤ・ヒビキ・ローマン」


 これ、確か最後の召喚勇者、かつてのローマン帝国皇帝の著書か、と手に取った。俺は本を片手に席に戻り、フェリシーを横の席に座らせる。


 席について開く。序文には、こんな事が書いてあった。


『これは、次なる召喚勇者、あるいは転生者に贈る、かつて召喚勇者としてこの世界に生き、この世界を救った者からの助言である』


 転生者、という言葉に、俺は着目する。最後の召喚勇者というだけあって、転生者について知っていたらしい。


 俺はページをめくる。


 書かれているのは、遥か太古の創造主神話のようだった。創造主によって人は生まれ、創造主によって神は生まれ、創造主によって魔人が生まれ、それ以外のすべてが生まれたと。


 俺は興味深さから、その本を精読することに決める。当時存在していた創造主神話からの解釈。創造主神話には、当時の時点ですでに欠けが存在しているという注釈。


 中でも興味深かったのは、以下の記述だ。


『創造主は、あらゆる召喚勇者、あるいは転生者に「祝福」とされる運命を刻む。それは現代日本に生きる我らにはなじみ深い「チート」に近く、しかし似て非なるものであると』


「……超大昔の人間がチートとか言うんじゃないよ」


 俺はシュールすぎてつい笑ってしまう。しかし、分かりやすい。つーか何だよ。飛ばされた時代が違うだけで、この人結構俺と近い世代の人間なんじゃねーの?


 俺はそう思いながら読み込む。


『創造主の祝福は、運命と呼ばれるものに刻まれるものだ。私の場合は「強」。シンプルだが、すべてを真正面から破るような生涯となった』


「マジでドシンプルだな」


『集めた情報によると、未来の私が出会う少年は「才」が刻まれているという。他にも、はるか未来で「縁」、「美」といった祝福が刻まれた転生者が生れ落ちると』


「……」


 俺は、その部分を読んで、沈黙した。転生者。というなら、俺にも何か刻まれているはずだ。


 俺も創造主に会えていれば、聞けただろうか――――俺はそこまで考えたところで、ピリ、と脳裏に引っかかるような感覚を抱いた。


「……俺、創造主に会ったことあるな?」


 。妄想と狂気では補完しきれなかった植え付けの記憶ではない。俺は確かに、創造主と出会い、そして言葉を交わした。


 同時に、気付く。周囲に再び現れた静寂。いつの間にか消えたフェリシー。


 ―――目の前に座る、創造主。


 彼女は虹色の髪を翻し、穏やかに微笑む。


「久しぶりだね、ゴット君。何だかお話したそうだったから、来ちゃった」


 その言葉に、俺は獰猛な笑みを返した。

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