第53話 獣の勇者の忌み獣

 俺は大ルーンの書に手を当て、最近構築したばかりの大魔法を発動させることにした。


「大魔法、炎」


 ものすごい勢いでページがめくれる。そして俺は、本を閉ざした。大ルーンの書が粒子に解けて消える。


 そして俺は燃え上がった。


『ッ!?』


 その場にいた俺以外の全員が驚く。俺を包み込む火は本物で、近づけば熱さを覚えるものだ。


 俺はその状態で、指を一つ鳴らした。装備セットが切り替えられ、氷の全身鎧が俺を覆う。そして俺は、早速右手の深雪の直剣のルーンをなぞった。


【吹雪呼び】


 洞窟の中だろうと、このルーン魔法は強風と雪でその場を荒らす。スノウの凍える霊鳥が、歓ぶように鳴いた。そして女性陣全員に、不思議な膜を張る。


「あ……寒くない!」


 フェリシーの言葉で、なるほど、と俺は納得した。これは俺の配慮足らずだな。凍える霊鳥さん、ナイスです。


「チチッ」


 ドヤるように霊鳥は俺の肩に止まって鳴いた。俺が燃えていることなんて、何も気にしていないらしい。流石裏ボス、この程度の微ダメはスルーか。


 ともかく、これで準備は整った。俺は忌み獣を前に、ニタリと笑う。


「よし、行くぜキモライオン。お前を、新しい魔法の実験体にしてやる」


 俺の煽りを受けて、忌み獣はたてがみを振り乱して咆哮した。何かトラウマに触れるようなことをしたか。


 ま、そんなことは知ったこっちゃない。俺は、悪い奴なのだ。


 忌み獣が、咆哮を終え、体を大きく反った。攻撃の予備動作。俺はタイミングを見計らって、ローリングで回避する。


 ボスモンスターだ。例のごとく、初見は見に回る。特にこの忌み獣は、転生前の知識もいくらか曖昧になっている敵だ。しっかりと動きを見る必要がある。


 忌み獣は、一撃入れた俺を狙って動いているようだった。好都合だ。俺以外を狙われる方が難しいことになるだろう。


 だが、それはシュゼットを除いての話だ。


「忌み獣くーん? アタシのこと、忘れてなーい?」


 俺と違って、シュゼットはあらゆる敵が初見ではない。だから躊躇いなく懐まで踏み込んで、大きく機構剣を振りかぶっている。


【乱れ切り】


 デウス・エクス・マキナにルーンを発動させて、シュゼットはやたらめったらに剣を振り回して忌み獣に猛攻を仕掛ける。忌み獣は抵抗しようとするも、怒涛の連続攻撃に怯み、一度ダウンした。


「はい、隙だらけ」


 シュゼットはダウンして守りを失った忌み獣の喉のに、思い切り剣を突きさした。は表情を歪め、そこにシュゼットは足を置いて、思い切り剣を引き抜く。


「良い一撃だ」


「まずは一発ってね」


 忌み獣が、錯乱した様子で咆哮を上げる。それを聞いて、俺は咄嗟に両耳を押さえた。気分が悪い。頭痛が激しく視界が暴れる。


「ゴット様! 音に乗せた呪いです! これを!」


 駆け寄ってきたヤンナが、俺に何かを飲ませた。すると体調不良が一気に回復する。そうか。画面越しに見てきた呪いの状態異常は、実際に受けるとこんな感じか。


「助かった、ヤンナ」


「いえ、ゴット様のお力になれれば、それでヤンナは満足です」


 燃え上がる俺の近くに居るのは熱かろうに、それでも健気に微笑むヤンナに微笑み返す。それから俺は、「そういやそうだったな。こいつは『呪い』を付与してくるんだ」と思い出す。


 確か、あらゆる攻撃に『呪い』が蓄積されたはずだ。『呪い』。動きが鈍重になり、毎秒精神力が削られるという状態異常。


 確かに先ほどの状態なら、すぐにルーンが使えなくなっても頷ける。


 俺は呼吸で集中を取り戻しながら、吟味する。奴の攻撃そのものは、恐らく怖くない。氷の装備セット、特に鎧は堅牢で、吹雪バフが乗っている今大抵の攻撃は意味をなさない。


 であれば、忌み獣で怖い要素は、『呪い』の状態異常だ。引いては、精神力切れで魔法が使えなくなること。


 使


 俺は、笑う。


 俺は大盾を背中に背負い、代わりに空いて左手にフロストバードの氷槍を握りしめた。そして、小さく呟く。


「忌み獣。お前はもう死に体だ」


【縮地】


 氷槍に記した高速移動ルーンを発動させ、俺は一息に距離を詰めた。そして深雪の直剣と合わせて、グサグサと切りつけ突き入れる。


「ギャォオオオアアアアアアアアア!」


 忌み獣は狂乱した様子で暴れまわる。俺にもちゃんと攻撃が当たるが、フロストバードの氷鎧がダメージをカットしてさして痛くもない。


 だから俺は殴られながら、気にせず攻撃を加え続けた。それはさながらノーガードの殴り合い。車のような化け物と人間で、互角に殴り合っている。


 だがそれは、俺の付与する状態異常を無視した上の話だ。


 俺は氷槍を突き入れる。その時、手ごたえを得る。


『凍結』


 忌み獣の周囲に、霜のようなオーラが発生する。忌み獣に『凍結』の状態異常が入った証だ。来た、と思う。思ったから、さらに密着して攻撃を続ける。


 すると、燃え上がる俺の熱気に当てられて、『凍結』の状態異常は解除された。状況を理解するシュゼットは、「え、何で解除しちゃうの?」と不思議そうな顔だ。


 ―――凍結。この状態異常の効果を簡単に説明すると、『状態異常が成立した瞬間にダメージが入り、持久力が減りやすくなる』といったものだ。


 当然凍結は炎属性のダメージを受けることで、凍える身体を熱されて状態異常が解除される。残念ながら持久力が減りやすくなる効果は、これで喪失する。


 だが、逆に言えばこれは、『もう一度凍結を成立させることで、繰り返し何度も状態異常ダメージを入れられる』という事に他ならない。


 だから俺は気にしないまま、スタミナが切れるまで何度も切りつけ突き刺す。忌み獣の攻撃が蓄積し、とうとう俺自身が『呪い』状態になろうと変わらない。


「ッハハハハハハハハハ! 今更ッ、呪いになろうと、関係ないんだよッ!」


 武器の凍結属性は永続のものだ。『大魔法、炎』も、俺が指を三回鳴らして戦闘終了を大ルーンの書に知らせない限り、無限に続く。


 だから、もう俺に精神力は必要ない。忌み獣の微々たるダメージをガン無視して、殴り続ければいい。


 切って突いて切って凍結させて解凍して突いて切って突いて凍結させて解凍して。


 殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ呪われて。


 忌み獣の血が飛び散る。液体の血、凍った血の破片。俺は頭痛がガンガンとメンタルを苛むが、もはや勝負はそんな次元にない。


 体力がとうとう限界に近づいたと見え、獣の勇者の忌み獣は、大きく俺から距離を取った。それから、必死に視線を巡らせ、隅っこに避難していた三人娘に目をつける。


「ひぃ……っ!」


 悲鳴を上げたスノウに、忌み獣は襲い掛かった。だが、俺は慌てない。何故なら、信頼しているからだ。


「シュゼット、頼む」


「頼まれちゃった」


【縮地】


 デウス・エクス・マキナのルーン構築で高速移動し、シュゼットは忌み獣と三人娘の間に割り込んだ。そして、新たなルーンを構築する。


【薙ぎ払い】


 一閃が走った。大剣の一振りを顔からまんまと受け、忌み獣はのけぞって打ち払われる。そこに俺は駆けより、高らかに跳躍した。


 深雪の直剣と、フロストバードの氷槍を振りかぶる。忌み獣が死を目前にして瞠目する。俺は「じゃあな! お前の武器は大切に使ってやるよ!」と叫んで振り下ろす。


『凍結』


 忌み獣の身体が、激しく跳ねて硬直した。そして俺の全身から上がる炎を受け、全身を溶かし、そのまま粒子と消える。


 その後には、ただ一つ、妙な武器が残っていた。忌み獣の頭蓋骨と背骨を、そのまま巨大なハンマーにしたかのような武器。


「これこれ。これが欲しかったんだ」


 俺は三度指を鳴らして装備セットを解き、両手で渾身の力でもって、高らかに『忌み獣の大槌』を掲げる。


 大槌は、怨嗟の声を上げるように、歪んだルーンを宿していた。

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