第19話 フロストバードの氷鎧
早朝、俺は全身鎧を身にまとって、訓練をしていた。
「ぐっ、くぉ、ぐうう」
全身鎧は訓練用の借り物。剣は大狼の大曲剣。大曲剣を振るうだけのステータスは獲得していたが、全身鎧がキツかった。
「がーばれ! ゴット、がーんばれ! ……ふぁああ」
そして少し離れたところで、フェリシーが応援してくれている。だから俺はへこたれそうになる度に、奮い立って頑張るしかなかった。
そうやって一時間。俺はとうとう限界を迎え、全身鎧でその場に崩れ落ちた。
「うおおお……! もう、もう無理だ……! ぜ、全身鎧、おっも……!」
「お疲れ~。ゴット、脱げる?」
「脱げないかも……。手伝ってもらっていいか?」
「いいよ!」
フェリシーにすぽっと頭鎧を脱がされ、俺はやっと新鮮な空気にありついた。「ぷはぁっ」と息を吐きだし、そして深呼吸する。
「あー、空気がウマい……。鎧の中の空気、鉄臭いし汗臭いしで、それもキツかった。ありがとうな、フェリシー」
「えへ、どういたしまして! でも、何でゴット、鎧を着ようってなったの?」
小首を傾げて尋ねてくる小さなフェリシー。俺は上半身の鎧も脱いでから、その頭を撫でる。
「そろそろ着慣れておいた方がいいと思ってね。影ビルドはもうブラッシュアップするだけだが、これからは氷ビルドの構築が始まる。足りないステータスは、訓練で補えるんだよ」
「んふ。分かんないけど、撫でられるの気持ちいい」
可愛いなぁこいつめ、と俺はフェリシーの頭をぐしゃぐしゃにする。「キャー!」とフェリシーは楽しそうだ。
「筋肉量も足りるか微妙だしなぁ。訓練しつつ、レベルアップもいくらか考える必要があるか。どうしたもんかね」
レベルアップ用の思念稼ぎのマラソン方法はもちろん押さえているが、ちょっと遠出なのがネックだ。せめてスノウの一連の流れが終わるまでは、油断しづらい。
となると、近辺のダンジョンで軽く流すくらいか。鎧に慣れたら、着たままダンジョンを一日何周、みたいに決めて流す感じで練習するかな。
俺は方針を決めて立ち上がった。
「おし、今日の練習終わり!」
「おわり!」
じゃ、派閥にも入ったことだし、授業もちゃんと出ることにしようかね。とりあえず今は、シャワーシャワー。
放課後、俺がスノウといつもお茶を飲んでいるお茶会エリアへと赴くと、スノウがティーカップを傾けていた。
そうして静かにお茶を飲んでいると、実にらしく見えるのだから不思議なものだ。処女雪のような彼女がカップから口を離し、そっと皿の上に置くまで、俺は声をかけられないまま見惚れてしまった。
スノウは、言う。
「来ましたね、カスナーさん。今日は、私の晴れ晴れしい伝説の最初の日。その名誉にあずかれるとは、あなたも幸運な人ですね」
うーんこのいじめたくなるドヤ顔。
ニヤリとした悪い笑みが、これだけ似合わないのも珍しかろう。本当に清純にしているだけで人気も違っただろうに。プレイヤー人気は一番だったが。
俺は肩を竦めて返す。
「その伝説にケチが付かないように、俺は気張っておくとするよ」
「失礼な人です。私が失敗するはずがないじゃないですか」
「その自信どこから来るんだ?」
「……言ってないと不安になるんです」
「あ、ごめん」
メンタル周りが本当に凡人なのいいよね。帝位争いに噛もうとして全然噛めてない感じ愛おしい。本人を前に言ったら傷つけるので言わないが。
元々スノウはかなり好きなキャラなので、割と生暖かい目で見ているところが俺にはある。ポジ的にはフェリシーと並ぶ感じ。
「姫様! 伝説って?」
フェリシーが興味津々とばかり聞くと、「よくぞ聞いてくれました!」とスノウは鼻高々に胸を反らす。
「今回のアーティファクトは、これです!」
取り出したるは、一つのペンダントだ。青白い宝石が、メインとして装飾されている。
「このアーティファクトは、かつてお母さまの領地で伝説となった氷の騎士の魂を封じ込めたものだそうです。その忠義と強さたるや凄まじく、主と認めた者のためにバッタバッタと敵を薙ぎ払ってくれます」
「ほー……。カッコイイ!」
「ふふんっ、でしょう? 格好いいのです」
実に天狗になって、スノウはフェリシーの持ち上げにご満悦だ。そしてこう、姫君は続けた。
「ということで、今回はこの氷の騎士を呼び出して、私を主と認めさせます」
認められてないんかーい。
いや知ってたけど。知ってたけどこの脱力する感じ、堪らない。解説時の知能指数どこに行ったの? って問いかけたいくらいアホの顔してたもん今。
「認められるにはどうすればいいんだ?」
俺が尋ねると、「それはですね」とスノウは解説を始める。
「確か、こう……忠義にたる、こう、何か、主らしさを出して認めてもらえばいいんですよ!」
すっげーふわふわしていた。ゲームである程度予習が済んでなかったら、流石にこれは止めただろうふわふわさだ。ネタが割れていても目の当たりにしてビビるレベル。
「では、行きますよ。……」
スノウはネックレスを首にかけ、目を瞑る。祈りを捧げているのだろう。そうすると一気に神秘的なお姫様に見えるのだから、ズルいというもの。
スノウの祈りに応えるように、宝石は少しずつ光を帯び始める。それに、何か妙な気配を俺は感じた。
フェリシーも同じなのか、俺に近寄ってきて、こそっと告げてくる。
「ゴット。何だかこれ、フェリシーちゃん危ない気がする……」
「ん? ああ、危ないぞ。だから剣も持ってきたんだ。危ないから、遠くに居てくれな」
「えーっ!?」
そうして、光はさらに大きくなり、目が眩むほどになる。直後、それはスノウに相対するように立っていた。
氷の鎧を全身にまとった、武骨な騎士だった。同じく氷で出来た巨大な大盾と短槍を、それぞれの手に握っている。
その雰囲気は、実に厳めしい鎧の奥で、鋭い眼光をスノウに向けていた。
一方スノウは呑気に大喜びだ。
「素晴らしい! 流石はお母さまのアーティファクトです。さぁ、私にひざまずきなさい、我が騎士よ! 私はスノウ! この帝国の第二皇女で―――」
氷の騎士の動きに、剣呑さが加わったのを俺は見逃さなかった。大曲剣を抜き、ルーンをなぞる。
【影狼】
俺の身体が、影を置き去りに駆けだした。
向かうはスノウ。横からは氷の騎士の槍。俺は剣で槍を弾きながら、スノウを救い出す。
俺に抱きかかえられたスノウは、顔を真っ赤に慌てだす。
「ふぇっ、えっ、な、ななな、何ですか! えぇっ!?」
「ふー、危ない危ない。殿下の唯一自慢のお顔に傷がつくところだった」
「唯一って何ですか唯一って! っていうか、何、を……」
そこでスノウは、氷の騎士から敵意を向けられていることにようやく気が付いたようだった。
「え……な、何ですか……? 何で、騎士は、あんな風に……」
「残念ながら認めてもらえなかったんだろ。あるいは、アイツは自分よりも弱い奴に従わない、とかな。知らないが、すべきことは明白だ」
俺は大曲剣を右手に、『影踏み』ナイフを左手に構える。氷の騎士は、大盾の向こうから、油断なく俺を睨みつけている。
「派閥に入ったからには、ちゃんと守ってあげるよ、お姫様。この敵も、その戦果も、俺のものだ」
最近はちゃんと訓練してるからな。その発表会に、お前はちょうどいいんだよ、氷騎士。
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