第11話 謳い鳥の言う通り

 馬でパカラって進むと、森の入り口にたどり着いた。少し暗いが、夜でなければ問題ない。


「イケイケゴーゴー!」


 ノリノリフェリシーに応えるように、俺はちょっと飛ばして馬を走らせる。すると、どこからともなく謳い鳥の歌が聞こえ始めた。


「―――小鬼よ小鬼よどう逃げる。姿隠せど狼の鼻は誤魔化せぬ。泥を被れば追っ手の目は誤魔化せぬ。ならば小鬼よどう逃げる―――」


 その歌に、フェリシーは俺に問うてくる。


「小鬼?」


「ゴブリンのことだな。こういう、『どうするのか』みたいに問いかけるような謳いのときは、『遺し謎』って言ってな。謳い鳥の謎を解くことで、伝説のルーンの手掛かりになるんだ」


 ここまでに聞いた二つの謳いで分かることは多い。


 まず夜に、強いコボルトが夜に出現する、ということ。謳い鳥が強い、と表現するときは、大抵は元となるモンスターとはかけ離れた強さになる。本当に強いコボルトが出るのだ。


 次に、ゴブリンは逃げていること。追っ手は二つ。夜の強いコボルトと、『追っ手』。この『追っ手』はつまり俺たちのようなルーン魔法使い、ということになる。


 最後に、ゴブリンは単なるゴブリンではない、ということだ。泥を塗ってコボルトの鼻を誤魔化したり、姿を隠したりして俺たちの目を欺いている。


 つまり、遺し謎は問いかけているのだ。


『姿を隠すという不可思議なゴブリンを、どうやって殺すか?』と。


 ……まぁ、知ってるんだけどな。ゲームでやったし。


「んんんん、んんん~?」


 しかしフェリシーは頑張って考えてる模様。俺は空を見上げて、時間に余裕があると判断した上でフェリシーに尋ねる。


「さて、この謎、どうすれば解けると思う?」


「……目的は、ゴブリンを倒すこと?」


「お、良い勘してるな。そうだ。逃げる奴は逃げる理由がある。だから追いかけて殺すんだよ」


「ゴット、怖いこと言わないの」


「そんなもんだよ。こういうトレジャーハントするならね」


 俺が肩を竦めて笑いかけると、「むー……えへ」とフェリシーは笑った。何のかんの言っても楽しいのだろう。


「でも、ゴブリン逃げてる……? どうすれば捕まえられる?」


「そこが面白いところだ。フェリシーはどうしたい?」


「ん~……姿は見えないゴブリン?」


「ああ」


「……歩き回ってる? 足跡、残るかも」


「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」


「じゃあ……歩かせればいい」


「そうだな。歩かせれば、足跡は残る」


「ゴブリンが歩き出すような、好物を設置する」


「良い案だな。何を置く?」


 フェリシーは目をキラキラさせて言った。


「女」


「待て」


「孕み袋」


「だから待て」


 え? 何? フェリシーも外道なの? 外道枠、もうゴミカス伯爵こと俺で埋まってるんだけど。


「だから、メスの羽ウシとか、連れてくる」


「今すごい嫌な汗かいたよ、フェリシー」


「? 何で?」


「何でだろうなぁ? 俺の心が汚れてるからなぁ?」


 皮肉を込めて言うと、フェリシーはドヤ顔で言った。


「大丈夫。フェリシーちゃんと一緒に居れば、綺麗な心になるよ」


「その断言はむしろ怖いんだよ」


 まぁいい。良くないけど、いいという事にする。


「ただ、フェリシーの案はかなりいいと思うけど、実は俺の方でゴブリンの好物、用意してます」


「え、何?」


「牛乳。ゴブリン系のモンスターって牛乳好きなんだよ」


「フェリシーちゃんも牛乳好き! ……でもゴブリンじゃないよ」


「分かってるよ」


 見ればわかる。


 ということで俺は馬から降りて、持ってきた牛乳を器ごと地面に少し埋めた。そして再び騎乗してフェリシーに呼びかける。


「とりあえず、馬を近くに繋いで、俺たちはあの牛乳埋めた木の上に登るぞ。フェリシーは木登りできるか?」


「できないけど、代わりに飛べるよ!」


「飛べんの? マジか強いな」


「フェリシーちゃんは無敵なの」


 口癖なのか。自信満々な口癖である。


「じゃ、ひとまず馬隠して、木登りするぞ」


「お~!」


 俺たちは、遺し謎を解くための準備を始める。











 馬は少し離れた茂みの中に隠して、俺たちは牛乳を埋めた木の上に登っていた。


 俺は普通に登ったのだが、フェリシーは本人の言う通り、本当に飛んだ。


「えいっ」


 そんな掛け声と共に、フェリシーは羽を生やしたのだ。いかにも妖精、というような半透明の羽を生やし、周囲にキラキラと光を放ちながら、フェリシーはふわりと飛んだ。


 その後、俺はルーン魔法使いが常に持ち歩く彫刻刀で、木の上にルーンを刻んだ。


 『足跡』『浮かぶ』の二つだ。


 これでなぞれば、あらゆる足跡が浮かび上がって見えるようになる。


 という事で、俺たち二人は木の上で待機していた。


「……暇」


 静かに、と言い聞かせていたので、おしゃべりなフェリシーは退屈な様子だ。どうにかこの退屈を紛らわせ、とばかり俺にふわふわの頭をぐりぐり押し付けてくる。こいつ本当に可愛いな。


 俺は何だか感覚が麻痺していて、フェリシーに対する距離感が分からなくなっていた。フェリシーが近すぎるだけともいう。


 それで俺は、「いい子だから大人しく」とフェリシーの頭を撫でていた。


「……」


 そしたらフェリシーが止まった。


「……アレ、フェリシー?」


「……」


 停止したフェリシーの髪が、はらりと落ちる。その隙間から、真っ赤な耳が覗いた。


 アレ、もしかして俺やった? ―――やったなぁ! 最近知り合ったばかりの女の子に頭ぽんぽんはやったわ! あーあ! これだからコミュ障は!


 俺は頭を抱えて猛省しつつ、「その、フェリシー……? 気を悪くしたなら、謝りたい」とそっと声をかける。


 フェリシーは頭を押さえてから、そっと顔を上げた。その顔は真っ赤で、これまでの自信に満ちた表情ではない。


「……謝らなくていいよ」


「そ、そう、か?」


「……」


 ……分かんないね! どういう感情なんだこれ。彼女の一人もいたことないから何も分からない。


 と、そんなやり取りを交わしていたら、不意に下に気配を感じた。俺は鋭く木の下に視線をやりながら、フェリシーに『静かに』のジェスチャーをする。


「……!」


 フェリシーは無言で俺の『静かに』ジェスチャーを真似ることで了承を示す。俺は無言で頷いて、あらかじめ木に刻んでおいた足跡ルーンをなぞった。


 小さな光と共にルーンが光る。すると木の下で、足跡が目に見えて浮かび上がった。


 そして、ひとりでに牛乳の器がほじくり返される。ああ、もう確定だ。


 俺は木から飛び降り、ナイフのルーンをなぞった。


【急襲】


 スキルが発動し、俺の動きは落下急襲に最適化された。姿なきゴブリンを巻き込みながら落下して押さえつけ、一思いにナイフを振り下ろす。


 確かな、手応え。


「グ、ゲ……」


 短い呻きと共に、透明なゴブリンの姿が現れた。こと切れたのだろう。その首には、ネックレスのようにルーンの印章がぶら下がっている。


「見つけたぜ、『影踏み』のルーン」


 俺はゴブリンの首からルーンの印章を取り上げ、確認する。うん。ゲームで確認した通りだ。これであとは武器にルーンを印字すれば、影踏みの魔法が発動することになる。


 ―――あとは、この後発生する初見殺しイベントを乗り越えるだけだな。


「やったねゴット! これで『伝説のルーン』ゲット!」


「ああ、フェリシー。ただ、これから少しだけ忙しくなる。まだ木の上で待っててくれ」


「え?」


 木の上から喜びの声を上げるフェリシーを尻目に、俺は背嚢を地面に下ろした。


 その中から素早く薪を取り出して木組みをする。すでに枝も集めてあったから、木組みの中に放り込んだ。


 そして躊躇いなく着火種を叩きつける。そうすることで焚き木が燃える。


「ゴット……?」


 フェリシーの不思議そうな声に前後して、謳い鳥が鳴いた。


「―――影踏み小鬼は夜を踏み、狼をついに閉じ込めた。小鬼消えれば夜が来て、狼、血求め現れる。モケケケケケケ!」


 謳い鳥が鳴くなり、急速に森が暗がりに沈んで行く。「な、なにっ?」と怖がるフェリシーを慰める言葉を、今の俺は持たない。今は、それどころではないのだ。


 俺は中腰で焚き木に向かう。爆ぜ種を投げ入れ、ナイフを冷却するのに十分な水が入った水筒を横に置き、ナイフを火にかざす。


「ゴット、どういうこと? 危険はないって」


「ああ、危険はない。これはあくまで初見殺しでしかないからな。例え今から出てくる『コボルトの大狼』が適正レベル30の強敵でも、ちゃんとすべきことをすれば勝てる」


「さんじゅっ!? フェリシーちゃんのレベル、9だよ? ゴットはっ?」


「12」


「えええ!? レベル、18も違う! ゴット、危ないよ!」


「大丈夫だって。。初見じゃそれが分からないから死にかねないが、俺はそもそも


 赤熱したナイフに、俺は『影踏み』のルーンを印字する。そして冷却、からの焼き直しをギリギリで完了する、というタイミングだった。


 森が、霧と闇に包まれる。オオカミの遠吠えが上がる。むせるほどの血の匂いが周囲に漂う。


「ひ……」


「フェリシー。お前の魔法的に必要ないかもだが、一応ここからは、今まで以上に静かにしてるんだ。ここから先は、『影踏み』がないと、そもそも戦闘が成り立たない」


 闇の奥から、真っ赤な二つの目が浮き上がった。それは静かに現れる。


 ―――コボルトなんて言葉では利かないほどの巨躯。二足歩行の大狼。奴は血の飢えた口で嗤い、その背には大きな曲刀を背負っていた。


 コボルトの大狼。


 ゲームリリース後数日間、SNSでブレイドルーンプレイヤーを阿鼻叫喚させた強ボス。


 俺は奴を前に、口を吊り上げる。


「やあ、待ってたよ。いいルーンに、。俺はお前を倒すことも視野に、ここに来たんだ。その武器、強いからね」


「グルルルル……!」


 血の飢えた大狼は、だらんと左手をぶら下げ、右手で背中の大曲剣を握っている。一方俺は、手にするは二つのナイフだけ。


 だが俺は、勝利を確信している。もうすでに負けはない。じゃなきゃ俺は、こんな強敵を前に笑えていない。


「さぁ、やろうか。ゲームで死ぬほど殺された恨み、こっちでも晴らしてやろう」


 水筒から水をぶっかけて、焼き直しを終える。俺はナイフを振るい、水を切った。

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