第58話 末裔筆頭

 休日の朝。俺はミレイユと厩舎で待ち合わせていた。


「久しぶりに、ゴットとデート! だっいぼーけーん!」


 そして元気いっぱいのフェリシーが、俺の周りを回りながらキャッキャとしていた。


 時期は初夏で、確かに久しぶりだな、と思う。そろそろ中間試験の時期か。フェリシーってどうしてるんだろう。そもそも試験受けるのか。


 なお俺はと言うと、趣味が勉強みたいなところがあるので、割と小テストを受けると全部満点だったりする。


 ブレイドルーン大好きだから仕方ないね。テストが全部ゲームクイズに見えるのだ。


「待たせたわね」


 ミレイユが、要所鎧を身にまとった姿で現れる。腰には宝石があしらわれた直剣を下げていた。あ、高値で売れるので金策に使われるレプリカ剣くんじゃないですか。


「俺も今来たところだ」


「そう。……学生服のままなの? 我々末裔が保全に当たっているとはいえ、内装は当時のもののまま。危険地帯であることには変わりないわ」


「俺の装備はちょっと特殊なんだよ。だから気にしなくていい」


「……そう。そういうなら、ワタクシからとやかく言うことはないわ」


 ふい、と視線を馬へと向けて、ミレイユは早速乗ろうとする。


 そこに、現れる影があった。


「ミレイユ。どこに行くのだね?」


 声をかけたのは、壮年の男性だった。年を取ってはいるが、上背があり、全身が筋肉に覆われた、スポーツ選手のような体型をしている。


 俺はそれを見て、心中で、げ、と思った。


「筆頭。おいででしたか」


 ミレイユは馬に乗り上げる足を止め、スムーズに男性の前に直る。俺は顔に出ないように必死にこらえる。


 筆頭。つまりは、『末裔筆頭』ということだ。今回のラスボスである。うわ~俺難癖付けられたらどうしよ。まだビルドの練習とか最適化甘いんだよね。


「どこに行くのだね? と聞いたはずだが」


 声色は変えず、しかし少しの間も許さない物言いで、末裔筆頭はミレイユに問いなおす。


「失礼しました。少し友人と遠乗りを」


「友人……君か」


 末裔筆頭は俺を見る。吟味するような目つき。それから奴は、「ああ」と頷いた。


「君は、覚えがあるぞ。スノウ殿下の婚約者に抜擢された、伯爵家の長男だったな。実に羨ましい出世ぶりだ。余程の色男なのだと思っていたが、少し想像と違った」


 何か嫌味っぽいな。ゲームでは即戦闘だったから、ちゃんと話すの初めてだけど、俺こいつ嫌いかもしれん。


 っていうかイケメンはイケメンだろ! ゴミカス伯爵は外見だけはダウナー系イケメンなんだからな! 一部のホモには人気なんだからな!


 脳内抗議で吐き気してきた。おぇ。


「これはどうも」


「……礼儀がなってないな。勇者の末裔は、その時点で侯爵家だ。現時点では、伯爵家の君よりも、幾分か上の身分だ」


 ぬっ、と末裔筆頭は俺に覆いかぶさるように言ってくる。


「君のような存在は風紀を乱す。私も今は帝都で警邏隊の長も務めているが、卒業生のよしみだ。私直々に風紀を正してやろう―――」


 マジで難癖付けられてビビる。待ってくんね? 一週間でいいから。一週間後にはお前のこと一方的にボコれる自信あるから。


 俺が一歩下がると、「お待ちを」とミレイユが差し込んでくる。


「筆頭。これでもワタクシの友人です。多少無礼なところはありますが、管理はワタクシにお任せを」


「そうか」


 末裔筆頭は、姿勢を正して納得したように見えた。ミレイユはほっと一息つく。


 その瞬間に、末裔筆頭は思い切り拳をミレイユに叩き込んだ。


「あっ、く」


「ミレイユ。いつから君は私に意見が出来るほど偉くなった? 若手筆頭補佐ごときが、筆頭の私に何故意見できる?」


 筆頭は、派手に転んだミレイユへとつかつか歩を進める。


「その認識は、正しくないな。正義ではないよ、ミレイユ。まさか末裔たる我らの中に不正義が存在したとは。これは粛清せねばならんな」


 筆頭は、ミレイユの襟首を掴んで、高く持ち上げた。そしてもう片方の腕を振りかぶり、「さぁ、粛清だ」と力を籠め―――


 ―――その腕を、俺は掴んで止めていた。


 ……何だこいつ! こいつこんなアタオカだったのか。流れで倒してきてたから全然知らなかった。流石にこれは、善行なんてクソ食らえと思っている俺でも見過ごせない。


「何だね、ミレイユの友人くん。カスナー君と言ったか。まさか君も、爵位も、年齢も、信用も上の私に歯向かうというのかね」


「やめ……て……! ワタクシ、は、大丈夫、だから……!」


 じっ、と蛇のような視線が俺を貫く。ミレイユが俺を諫める。俺は一瞬気圧されるが、堪えて強く言い返した。


「歯向かうね。生憎、俺は正義なんて大嫌いなもので。特にお前みたいな押し付け野郎には、反吐が出る思いだよ」


「―――」


 俺の手が振り払われる。ミレイユが手放され、地面にしゃがみ込んで「ゴホッゴホッ」とせき込む。その一方で、筆頭の思い上がった視線が俺に注がれている。


 俺は筆頭を睨み返した。奴の表情は能面のようだ。だが、そこには気味が悪いほど身勝手な怒りが渦巻いている。


 筆頭は目を剥いたまま、俺に言った。


「君はまるで虫のようだな。卑小な存在の癖に、妙に視界に入ってきて、実に煩わしい。良いだろう。粛清されたいのだろう? ならば、そこに直れ」


「は? 何を勘違いしてるんだ。目障りなのはお前だよ末裔筆頭。俺たちは今から楽しくお出かけの予定だったんだ。それを言葉遣い一つで拗らせたのはお前だろうが、バカバカしい」


「やめて、カスナー。筆頭、ワタクシから、ワタクシから良く言い聞かせておきますから」


「そうか、そうか。君の言い分はよく分かった。ならばこうしよう」


 ミレイユの制止など聞かずに、末裔筆頭は俺に歩み寄ってくる。そして思い切り拳を振りかぶり―――


 俺は、奥の手を切った。


「フェリシー、手を貸してくれ」


「呼ばれて飛び出てフェリシーちゃん! ゴットのお願いはフェリシーちゃんにお任せ!」


 俺の傍にずっといて、ツンツン自己主張していたフェリシーは、目を輝かせて俺の前に飛び出した。そして末裔筆頭を指さして言う。


「パーミッション」


 拳を振り上げていた末裔筆頭が停止する。そして不可解そうに俺を睨みながら、ぎこちなく拳を下ろした。


。この場は特別に目を瞑る。勇者の末裔たるもの、勇者の慈悲深さも継承せねばならないからな」


 末裔筆頭は、くるりと踵を返して歩き去っていった。俺はそれを横目で追いつつ、ミレイユに「大丈夫か?」と手を差し出す。


「嘘……あ、ありが、とう。勇気、あるのね。末裔筆頭にあんなに食い下がる人、初めて見た。それに、筆頭が引き下がるのも……」


「いやー、あんな大人と言い合いしたの初めてだったから、緊張した」


「ふふっ、そう……」


 ミレイユは、心底ほっとしたらしく、初めて俺に笑顔を見せた。


「でも、今日は運がよかった。いつもなら、怒った筆頭はしつこいくらいに踏みつけにするの。ワタクシに限らず、ね」


「それは、何よりだ」


 俺は頬が赤く腫れていて痛々しかったので、「これ、ポーション。元はといえば俺の言葉遣いが原因だし、お詫びだ」と差し出した。


「……ありがとう」


 ミレイユはポーションを飲み、そっと頬を撫でた。流石魔法薬というべきか、すぐに頬の腫れが引いていく。


 俺は仕切り直すように、大きな声で言った。


「さて、出発にちょっとしたケチはついたが、無事大事にはならずに済んだな。早速、遠乗りに出かけようか」


「ええ、そうね。そうしましょう」


 俺たち三人は、厩舎から借りた馬に乗り上げる。そうしながら、俺は思うのだ。


 ―――ああ、少し楽しみになってきたな。あの能面ヅラを歪ませて勝利するのは、実に気持ちがよさそうだ、と。

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