第59話 孤高の勇者の隠し工房with筋肉

 今日向かうのは、孤高の勇者の隠し工房だ。


「ハイヨー!」


 俺の前に座るフェリシーが、俺の制御下で手綱を上下させながらはしゃいでいる。


 孤高の勇者の隠し工房は、獣の勇者の隠し工房に比べれば推奨レベルも低い、もう少し初心者向けの隠し工房だ。


 内容がどんなだったかは全然覚えていないが、確か固有スキルを発動できるルーンに記された、ペンダントを獲得できたはず。俺は固有スキルが大好きなので、モチベも高い。


 場所も比較的遠くなく、しばらく進むと「あの泉の先よ」とミレイユが言った。


 気持ちのいい場所だった。湖のほとり。腰くらいまで伸びた草が、風にそよいでいる。たまに跳ねる魚が湖に波紋を作る。


「キレー!」


 俺の腕の中で、フェリシーがパァッと笑う。俺はそれに微笑しつつ、口を開く。


「何だか、澄んだ気持ちになるな」


「ええ。この辺りは好き。この光景を、祖先の勇者様が守ったのだと思うと、なおさら」


 ゆったりと馬を走らせながら、ミレイユは言う。


「祖先の。ってことは」


「そうよ。今日あなたが指定したのは、ワタクシの祖先の隠し工房。……てっきり知った上で指定したものだと思っていたけれど」


 言われ、俺はふるふると首を横に振る。ミレイユを疑った様子もなく「そう、数奇なものね」と流した。


「ここで馬を下りて。歩きで行きましょう」


「ああ」


 俺たちはミレイユの指定の場所で馬から降りて、手綱を適当な木に結ぶ。フェリシーは「お尻痛い~撫でて~」と言ってくるので、俺はフェリシーのケツをペシンと叩いた。


「痛いっ!」


「何をやっているの?」


「いや、蚊が飛んでて」


 フェリシーが涙目でぺしぺし俺を叩いてくる。ミレイユは「そう」と視線を逸らして、細い獣道に目を向けた。


「この先よ。隠し工房だからちゃんとした道はないけれど、我慢して。あと、途中で顔を隠して欲しいわ。あなたは一応、ワタクシとユリアンの粛清の元更生した、という扱いなの」


「了解」


 フェリシーが背中から俺によじ登り、勝手におんぶの体勢になる。まぁこれくらい良いだろう。俺はフェリシーを抱え直して、ミレイユの後ろを進む。


 進む獣道は鬱蒼としていて、以前の隠し工房よりも進みにくかった。俺は辟易しながら足を前に進める。


「この辺りでいいかしら。顔を隠しましょう」


 ミレイユは荷物の中から帽子を取り出した。ポニーテールを丸めて帽子の中に仕舞い、さらに口周りをバンダナで隠した。


 そしてミレイユが俺を見てきたので、俺はフェリシーをバレないように下ろしながら、「じゃ、俺も装備を変えるか」と指を二度鳴らす。


 現れる大ルーンの書に、俺は手を当てて言った。


「装備セット、狂人」


 すさまじい勢いでページがめくれ、大ルーンが起動する。学生服が粒子に消え、獣の勇者の忌み仮面が顔を覆い、俺の両手に忌み獣の大槌が現れる。


 そして俺は、全裸仮面となった。


「……え……?」


 ミレイユが、何が起こったのか分からない、という顔をしている。


 一応言っておくが、全裸といっても完全な全裸ではない。上半身はもちろんむき出しだし、生足もおっぴろげにしているが、腰巻で股間は隠している。


 つまり、ゲーム的な全裸ということだ。装備欄を空にしたらなる格好。


 そこに狼をモチーフにした仮面をつけることで、俺は野性味あふれるお洒落さんと化す。


「よし、行こうか」


「ま、待って。え? 意味が、意味が分からないわ。え? ……誰?」


「ゴットだけど」


「カスナーはあなたのような変態ではないわ」


 フェリシーが俺を見て爆笑している。笑いすぎて、しゃがみ込んでぷるぷるしている始末だ。


「え? だ、誰? 怖いわ。あなたは一体……?」


 そしてミレイユが理解の範疇を大きく超える変身に、我を失って後ずさっている。末裔筆頭から殴られた時も、そこまで動揺してませんでしたよねミレイユさん。


 俺は仕方なく、大槌の一振りを置いて仮面を外した。ミレイユはポカンと俺を見つめている。


 そして言った。


「ごめんなさい。帰らせてもらっていいかしら。変態とは一緒に居たくないの」


「あんまりにも辛辣すぎないかそれ」


 説得に時間がかかったさ。






 気を取り直して、俺たちは隠し工房の前に立っていた。


「よっせっと」


 俺が忌み獣の大槌で地面をぶっ叩くと、幻影が解け、地下へと続く階段が現れた。


 にしても、すごい衝撃だな、と思う。忌み獣の大槌。メチャクチャ重いだけあって、これは威力にも期待が持てそうだ。


「……」


 あとはまぁ後ろから非常に冷たい目で見てくるミレイユだけ何とかなればなぁ。


「わ~……むきむき……」


 一方、思ったよりもこのビルドを気に入ってくれたのがフェリシーだ。しきりに俺の腹筋を触っている。頬擦りし始めた。フェリシーって何? 実は筋肉フェチ?


「じゃあ行くか」


「……ええ……」


「しゅっぱーつ!」


 先頭は全裸大槌仮面こと俺。そのピッタリ後ろをついてくるのがフェリシー。そしてだいぶ距離を開けて殿を務めるのがミレイユだ。


 うーん。やっぱこのスタイルって女性受け悪いのか。まぁ悪いな。そりゃそうだ。シュゼットすら話をした段階で引いてたし。


 そんな事を考えながら階段を下っていると、沈黙に耐えられなくなったのか、ミレイユが話しかけてきた。


「その、カスナー。あなたには……羞恥心はないの?」


 初手失礼だなこいつ。


「あるけど」


「あったらそんな格好しないわ」


「人に見せて恥ずかしい体型じゃないぞ俺は」


 そう。俺は筋肉量のステータスを滅茶苦茶に振ったことで、腹筋から何から何までバキバキの細マッチョになったのだ。


 何たって、服を着れば全くマッチョに見えない。それが細マッチョたるゆえんである。


 脱がなければシュッとしていて、脱いだらメチャクチャにすごい。俺はそんな理想の身体になったのだ。


 メンタルポーションがぶ飲みで何徹もしながらマラソンしただけの効果はあったなぁ、と思い出して悦に入る。経験値を注ぎ込まれて筋肉が喜んでいる。


「そう。ここから出たら話しかけないで貰える?」


 ミレイユは断固拒否の構えらしい。悲しい。


 俺はしょぼんとしながら進むと、とうとう階段の終わりが見えた。暗いな。と思い、先日の反省から購入したランタンに火を点す。


 すると恒例の謳い鳥が、前の隠し工房同様に籠に捕らえられているのが見えた。


「―――孤高と呼ばれた勇者は、湖畔の森の奥に工房を隠す。その孤高を称える者あれど、その孤独を癒すものなく。その身に宿る猛毒も、癒されることはない―――」


「……孤独? 猛毒? どういうこと。勇者様は、気高く孤高に戦い、そして魔王を倒したはず」


 謳い鳥の歌に、ミレイユは眉を顰める。すると謳い鳥は興味深そうに目を見開き、さらに歌を続けた。


「―――その孤高の裏知らぬ子孫が、此度工房を訪れる。勇者の咎を見、祖先の何を知るや。はてさて、はてさて、はてさて―――」


「……うるさいわね。粛清するわよ」


 ミレイユがいら立ったように謳い鳥に言う。謳い鳥は「モケケケケケッ」と笑い声のような気味の悪い鳴き声を上げ、そして口を閉ざした。


「……気分が悪いわ。気味の悪い謳い鳥。気色悪い変態。たくさんよ」


 つかつかと俺の横を通り過ぎて、ミレイユは先を行く。俺は悲しくなってフェリシーに聞いた。


「俺、気色悪い変態?」


「ゴットの筋肉はキレてる!」


「だよなぁ!?」


 俺は自信を取り戻す。そこじゃない気がし始めているが、もう俺は止まらない止まれない。

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