第88話 宝玉の守護者

 大図書学派の奥に進むと、段々と人気がなくなっていく。


 薄暗がりの石造りの道は、途中から迷宮の様相を呈し始める。入り組んだ道。うろつく小さな石造の魔獣。進み方の地図を持たぬ者は、一度入ったが最後、迷って出られなくなる。


 ―――そう、例のごとく俺の頭の中に、マップがすべて入っているやつである。


「ここの魔獣は、物品に思念が込められた人造魔獣が多いですね。ヤンナがお役に立ててうれしいですっ」


 言いながら、ヤンナはカッコンカッコン魔獣が現れるたびに人形を叩く。クローディアの時とは違って髪の毛を採取などしていないのだが、それだけで魔獣は倒れる。


「俺分かってきたんだけどさ、ヤンナって目に見えないものが敵だとものすごい強かったりする? こう……呪いとか幽霊とか」


「そう、かもしれません。ヤンナの家もそういう家系ですし」


 言いながら、向かってきたガーゴイルを前に、変わらずヤンナはカッコンカッコン木人形を叩いた。ガーゴイルはびくりと硬直し、横に倒れる。つっよ。


 こういう、肉の体持たぬゴーレム的な魔獣とか、幽霊的な魔獣とか、割と珍しい部類ではない。多少離れた地域にはなるが、そういうのがメインの地域はある。


 俺はヤンナに対して今後も連れまわしたくなる欲求が高まるが、一旦はさっさと宝玉を手に入れて帰るべきだろう。


 にしてもノンストレスだ。迷うはずの道は正解のルートが頭にあり、敵はヤンナが瞬殺。このダンジョンゲームではスレが大荒れになるくらい難しかったのに。


 本来は石造りの敵なだけあって、防御力が固くてやっていられなかったのだ。脳筋ビルド以外勝たん、というダンジョンだった。


 だから、ヤンナの前で勇者ビルドはどうしたものかな、と考えていたところに、このヤンナの強さである。敵が手元の人形を叩いているだけで死んでいく。マジ強い。


 とか思っていたら、とうとうボス部屋前にたどり着いていた。わー早い。もう着いちゃった。


「ここの奥に、お目当ての物が?」


「ああ。『不死鳥の羽の宝玉』だ。あれがあれば学年一位も余裕だな」


「……」


 無言でぷくっと頬を膨らませるヤンナ。え、何で?


「……学年一位、お取りになるのですか? 殿下のために……」


「え、いや、スノウのためというよりは、陛下の顔をつぶすわけには行かないというか」


 というか目的とかは特に把握してなかったのか。まぁそりゃ俺の潜入に合わせて裏で準備するだけで困難だろうから、興味がなければ抜けても仕方ないとは思うのだが。


 しかしヤンナは、目を伏せて言う。


「ヤンナは寂しいです。ゴット様はドンドンと偉業を成し遂げて、遠くへ行ってしまう気がします。もう少しこう……ダメな風でもいいと思います」


 別にそんなことはないのだが、一つ気にかかって俺は問う。


「……ダメな風?」


「ヤンナはゴット様を甘やかしたいです……。相手が殿下と分が悪いのでしませんが、本当なら他の婚約者など消し去って独占したいのです」


 怖いこと言ってる。


「甘やかしたい……か」


「はい。お甘えいただきたいです」


「お甘えいただきたい、っていう言葉初めて聞いたな」


 そんな言葉存在するんだ。いや、それはいいのだが。


 俺は思案する。確かに、せっかく回ってきた順番だ。多少のサービスはしてあげたい気もする。本当ならこんな場面になるとは思っていなかったが。


「……な、何をすればいい?」


 俺は甘える、という概念が具体的にどんな形になるのか全く想像できなくて、もう直接聞いてしまう。


 ヤンナはそれに、パァッと顔色を明るくさせた。それから頬を紅潮させて、淑やかに答えた。


「であれば、潜入を終えたら、ゴット様の部屋にお邪魔しますね……♡」


「……はい」


 いや、可愛いけどさ、可愛いけど。


 それはそれとして、何されるんだよ。怖いよ。






 俺がボス部屋の入り口に触れると、扉がひとりでに開き始めた。


 石摺りの音と共に石扉が開かれ、石畳の大部屋が開かれる。広間と言うほどは大きくないが、多少暴れても問題ない程度だ。蟲毒の勇者の部屋くらいの大きさ。


 その奥には、ゴリゴリと音を立てて四肢を動かす巨大な影。体すべてが岩でできた、全身にルーン文字が走ったゴーレムが立ち上がる。


「ルーンゴーレム」


 俺はニ、と笑う。


「体に無数のルーンが刻み込まれたゴーレムだ。大ルーンだが、過去の遺物扱いで分析できてない。戦闘力も高いから、困難なんだろう……っていうのは、表の話だ」


 ルーンゴーレムは無機質な顔部分をこちらに向ける。


「マジの強者はルーンゴーレムくらい軽く屠る。なのに放置されてるってことは、大ルーンなんてのは実力者にとって、ってところか」


 大図書学派はこんなのばかりだ。そんな悠長なことをしているから、俺にすべて持っていかられる。つまりは、俺の一人勝ちだ。


「さ、悪いことしちゃうぞ」


 俺は指を鳴らしながら、「勇者」と呟く。大図書学派のローブが輝きに解け、俺の姿を変貌する。


 腰巻以外に何もつけない、ゲーム的全裸。獣の仮面と猛毒のペンダントを引っ提げ、両手には人知を超えた大きさの二振りのハンマーを―――


「ご、ごごごごごご、ゴット様!? な、なななななな、何ですかその破廉恥な格好は!?」


 と思ったらヤンナが騒ぎ出した。顔を真っ赤にして、両手で目を隠して、いや、かくしてないわ隙間からちゃんと見てるこいつ。ムッツリか?


「……あ、そうだった。この姿人前厳禁だった」


 一人で潜入するつもりだったのと、ヤンナが隣に居るのが違和感なくなってきて忘れてたわ。やっべ。


「ちょ、だ、ダメです! そ、そそそそ、そんなエッチな姿はヤンナ以外に見せないでください! な、何か、何か着るものを!」


「いや、そのローブはヤンナが着ときなよ。というかこれ以上着込んだら、俺の動き重くなるし……」


「ダメです! だ、ダメですっ! ゴット様は軽率にお肌を晒していいタイプじゃないんです! 脱ぐときはもっと恥じらってるのをリードしたいんです!」


「言わんとするところは分からなくないが」


 そういう土壇場で、元々のゴミカスは弱そうなキャラではあった。基本強がり系のイキリだったし。でもごめんもう手遅れなんだ。俺この姿で魔王倒しちゃったし。


 とか言い合ってたら、人様の事情を汲み取ることなどないルーンゴーレムが、突進してきた。岩の塊だ。何も着込んでいないもちろん、華奢なヤンナも一発でやられる。


「ヤンナっ! そんなこと言ってる場合じゃない。まずはゴーレムを」


「―――ッ! ヤンナたちは大切な話をしているのです! 外野は大人しくしていてください!」


 ヤンナは言って、先ほどから猛威を振るっていた木人形にくぎを当てた。コォンッ! と強くハンマーを打ち付け、木人形に釘を突き刺す。


 ゴーレムはそれで一瞬のけぞるが、まだ止まらない。さらに近づいて殴りかかろうとするゴーレムに、ヤンナは落ち着き払って、もう一度釘を打った。


「大人しくと、言いました」


 木人形に、釘を中心にヒビが走った。ヤンナはそこから人形の腕をへし折る。


 同時、ゴーレムの腕が砕け落ちた。


「うおっ!?」


 巨大な腕を失って、バランスが一気に崩壊したゴーレムは、ゆっくりと横倒しになった。ヤンナはゴーレム本体見ることはせず、淡々とさらに木人形に釘を添える。


 コンッ。


 胴体の中心部。釘が打ち付けられ、ゴーレムの胴体中心に大穴が開く。


 コォンッ。


 ヤンナはさらに打ち付ける。穴が大きくなる。防御の岩が砕け、中心の核らしき玉が露出する。


「最後です」


 さらに深く釘を打ち付けると、ルーンゴーレムの核にヒビが入った。一拍置いて核が砕ける。ルーンゴーレムが瓦解する。


「わーお……」


 俺はヤンナの戦法がここまでこのダンジョンに刺さると思っていなくて、ポカンとするばかりだ。


 生物相手の呪い戦法って、本人の一部を確保するみたいな工程があって、暗殺以外は面倒だったんだよな。その先入観で使っていなかったのだが。


 こういう無生物にはここまで効くとは。脳筋でぶん殴れば勝てなくはなかったから、強いのを知らなかった。


 俺はまったく出番がなかった忌み獣の大槌を地面に置いて、パチパチ拍手する。するとまたもや指の隙間からしっかり俺を見るムッツリスタイルで顔を覆い、ヤンナは叫んだ。


「た、倒したのですからっ! 早く服を着てください!」


「あ、はい」


 指を三回鳴らして元の姿に戻る。その後明らかに怒り慣れていない態度のヤンナをなだめながら、奥の部屋に入った。


 そこにあったのは、支え台の上に置かれた不死鳥の羽の宝玉だった。思ったよりすんなり手に入ってしまい、楽だったなぁと思いながら俺は宝玉を手にする。


「おめでとうございます、ゴット様」


「え? あ、ありがとう」


 ヤンナの拍手に恐縮しながら、俺は宝玉を秘密袋にしまい込む。すると、ヤンナは言った。


「では、騒ぎになる前にお帰りになりましょう。その後、……少し身ぎれいにしてから、お邪魔いたします」


「……はい」


 照れつつもしっとり言うヤンナに、今回の功労者だしな、と俺は覚悟を決めるのだった。


 ……まぁムッツリだしそんな激しいことにはならないだろ。多分。

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