第20話 フロストバードの氷騎士
ブレイドルーンにおいて、このイベントは『フロストバードの氷騎士』という名前で執り行われる。
流れそのものは、今までの通り、と言ったところだ。スノウが『権威付けをします!』とバカなことを言いだして、母親のアーティファクトを持ちだしてきて、暴走、討伐だ。
ただしこの氷騎士、かなり強く、そして隙がない。話題になって攻略動画が出回る程度にはやりにくい敵だった。それもそのはず。氷騎士はガン盾の槍チク戦法なのだ。
ガン盾、と言うのは盾を解かず、防御主体の戦い方、ということ。そして槍チク、というのは安全な状況を確保した上で、槍で敵にチクチクとダメージを与えて良く戦法、ということ。
要するに、『有利を保ちながらずっと嫌らしく攻撃してくる』戦法だから、取っ掛かりを作れずに敗北する流れになりがち、ということなのだ。開発はそれで楽しいと思ったのか。
と当時は思ったが、こうも実際にそうしてくる敵として立ちはだかられると、運営は面白い面白くないで開発していたのではないのかも、という気がしてくる。
それくらい、今直接相対する氷騎士は、ひどく圧迫感のある、実在感のある存在として、俺の前に立ち塞がっていた。
「……」
「……」
沈黙。静寂。拮抗。膠着。俺たちは構えを解かないまま、睨み合いを続けていた。
氷騎士は、明らかに俺の動きに警戒していた。確かに俺がスノウを助け出した動きは、尋常のそれではない。
何せ『影狼』は、回避系スキルでも最も優れたルーンの一つだ。だから序盤で手に入れた。そんなものを平然と見せつけられれば、警戒の一つでもしたくなるだろう。
一方、俺もやはり攻めあぐねているのは事実だった。ガン盾、というのは思った以上に攻めづらい戦い方で、盾を貫通する攻撃手段でもなければ、何か一計を案じたくなってしまう。
―――まぁつまり、すでに一計案じた上で、この場に臨んでいるという事なのだが。
俺は視線を下に向ける。影。今日は晴れていて、夕方と言うにも早い時間帯だ。夜を待つにも時間がかかりすぎる。だから、以前のように『影踏み』だけで一方的に、と言うのは難しい。
俺はスノウを背に隠し、氷騎士は背に生け垣を背負って立っている。それだけで分かる、敵の経験値。俺は息を吐き、そして唇を舐めた。
「やりづらいな。仕方ないから、挑発してやるさ」
俺は大曲剣のルーンをなぞる。それから大曲剣を肩に担いで、腰を沈めた。
【影狼】
ぬっと駆ける影となって、俺は氷騎士に肉薄する。そして一撃。大盾は剥がれない。直後襲い来る槍。俺はギリギリで大曲剣を盾に防ぎ、距離を取り直す。
「おら、来いよ。そんなんじゃ一生かかっても倒せないぜ」
つーかはよ突いてこいや。その隙を突く予定なんだからよ。
「―――ッ」
その挑発の何が氷騎士の逆鱗に触れたのか、氷騎士は俺を追ってくるように大盾を構えて、突進してきた。
あ、いきなりそういう突進は想定してなかったわ。マズイ。後ろにはスノウがいる。
「チッ、フェリシー! スノウを安全なところに連れて行ってくれ!」
俺は氷騎士の突撃を受け止めるべく、大曲剣を構えて強く踏ん張った。しかし、その氷の大盾の裏で僅かにルーンが光るのを見て、「やべ」と呟く。
【シールドバッシュ】
俺はなすすべなく、ドンと吹き飛ばされた。「カスナーさんッ」とスノウに呼ばれるが、それを素早くフェリシーが手を引っ張って生け垣から逃がした。
「かっ、つぅ~! クソ、やってくれるじゃねぇかよ、暴走騎士が!」
俺は氷騎士の追撃の槍を避けながら、慌てて立ち上がる。それから状況を一瞥して確認した。
スノウはフェリシーに連れられてお茶会エリアから出ていった。氷騎士はエリアの中央に攻め込んできたから、その背にはもう何もない。
俺は笑う。
「よし、状況は揃った」
俺はルーンをなぞる。さぁ、ここからは一方的だ。
「覚悟しろよ、氷騎士。ここからは、なぶり殺しだ」
【影狼】
俺は影を纏った高速ステップで氷騎士の背後まで一瞬で回り込み、追加のルーン発動で大曲剣とナイフを牙のようにして切りかかった。
大盾で守られていない氷騎士の背後は、全身鎧ではあったが、盾よりは間違いなく柔らかい。
『影狼』のスキル攻撃を受けて、その衝撃に氷騎士は吹っ飛んで倒れる。
「流石の威力だな、『影狼』」
俺は言いながら、さらに肉薄して倒れた氷騎士のすぐ傍を踏みつけた。そこにあるは影。俺がなぞるのは短剣だ。
【影踏み】
影の棘の山は、高らかに氷騎士を貫いて打ちあがった。それも一瞬。落ちてくる氷騎士に、俺はダメ押しで短剣を入れ替え、ルーンをなぞる。
【回転切り】
大曲剣の回転切りで氷騎士はさらにコンボを繋げられ、とうとう力なく芝生の上を転がった。そして中身が消えたのか、氷騎士の鎧と盾のみが残される。
同時、俺の周囲に思念が宿ったのが分かった。俺は、ふーっと息を吐きだす。
「勝利!」
「ゴットぉ~!」
俺が腕を掲げると共に、フェリシーがダッシュで突っ込んできた。それから、涙目で睨んでくる。
「心配させない! 勝つならもっと簡単に勝って!」
「無茶を言う……」
とはいえ心配で言われてると思えば愛おしいというもの。頭を撫でて誤魔化すが、フェリシーは頬をぷっくりだ。
一方、躊躇いがちに近寄ってきたのはスノウだった。
「そ、その、カスナーさん……。ごめんなさい。まさか、こんな事になるなんて……」
「え? ああ、気にしないでくれ」
思った以上に思いつめた様子だったので、俺は軽い調子でフォローした。すると、スノウは「気にします」と静かながら強い意志で俺を見つめてくる。
うーん、困ったな。どういえばいいのか。俺はこれを知っていた、と伝えるのも良くないし。
となると。
「いいや、本当に気にしないでくれ。俺は殿下の派閥に所属する、懐刀だ。殿下を守るために傷を負うなんて、大した問題じゃないさ」
そんな俺のその場しのぎの言葉に、スノウは息をのんだ。
「――――ッ」
真っ白な頬が、真っ赤に上気した。スノウは何やらいたく感動したらしく、両手で口を覆って瞠目していた。
……え、アレ、今の言葉そんなに響いた? ゴメン適当に言って。
「……あ、あの、カスナー、さん」
「な、何でしょうか」
ひどく照れた様子で、スノウは俺をチラチラ見ながら言ってくる。
「先ほど、私のことを、スノウ、と」
「あ、うん。呼んだ、けど」
「……以後は、その様に呼んでください。あなたはもはや、私の騎士も同然。殿下などという他人行儀な呼び方は、やめてください」
「……分かったよ」
何やら今のやり取りで、えぐいくらい好感度が上がってしまったらしい。「私もこれからは、ゴット、と呼ぶことにします」というスノウの言葉を聞きながら、俺は思った。
やっぱチョロいよ、氷鳥姫。
あ、ちなみに騎士の鎧、盾、槍は回収しておきました。これも結構強いので。
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