第21話 深雪の直剣
俺が授業を受け終わって教室を出ると、何故かそこにスノウが立っていた。
「あ、ゴット! 授業は終わったんですか?」
「うお、スノウ。びっくりした。何でいるんだ?」
「……別に、何でもありません。用事がなければ来てはいけないのですか」
少し唇を尖がらせて、拗ねるようにスノウは言う。え、やだやめてよ可愛いムーブすんの。可愛いになっちゃうじゃん。
俺はその様子に(色んな意味で)気圧されながらも、周囲の喧騒に耳を澄ませる。
「は? 何でカスナーに第二皇女殿下が?」「おいおいどういうことだよ。何でカスナーなんかにあんな美しい人が」「でもカスナー君、最近ちゃんと授業出てるよね」「前の不真面目さが治ったのって、そういうこと?」
嫉妬の声もあるが、重要なのは後半の評価が上がっている点だ。授業を真面目に出ていた甲斐があったというものか。
そう、ブレイドルーンは実によくできたゲームで、『噂システム』というものがある。要するにいいことをすればいい噂が、悪行を働けば悪い噂が立つ、というだけのものだが、これが実はちょっと奥深い。
というのも、この噂は派閥に属するときに活用できるし、派閥そのものの評価にも繋がったりするのだ。特に三皇女派閥だと、属してから噂を上げるとその分派閥の評価値が上がる。
ちなみに今まで下がるに任せていたのは、『評価値は期間を区切った相対評価だから』だ。下げてから急に上げると、ぐんぐん評価値が上がるのだ。不良野良猫理論ともいう。
せっかく属したからには、派閥評価も最大まで上げておきたい、と言うのがゲーマー心。―――というだけだったのだが。
「……最近、授業をちゃんとでるようになったのですか?」
「まぁ、そう、かな」
俺が戸惑い気味に言うと、スノウは表情を柔らかくして、俺の手を両手で握る。
「嬉しいです、ゴット。私のために、真面目になってくれたのですね」
えっ、違う。あ、でも結果的にはそういうことか。否定できない。
周囲の声も、「流石お美しいスノウ殿下。ゴミみたいなカスナーの心も浄化したか」「いやぁ主君のために心を入れ替えるなんて、美談だなぁ」とか言われてむず痒い。
俺は悪役なんだぞ! システム的にも悪いことしてるんだぞ! ふん!
……誰に俺は弁明してるんだ……。
そんな訳で、俺たちは例のごとくお茶会エリアに集まっていた。
茶会の主、スノウ、派閥所属メンバー、俺、フェリシー。そしてメイドさん。スノウが「こほん」と咳払いして話し始めようとするのを見ながら、俺とフェリシーはお茶菓子をボリボリと貪り食らう。
スノウはにっこりと笑って言った。
「前回の失敗に懲りず、今日は宝物庫から魔剣を取り出してきました」
こいつ。
バカがよ、と言いたいところだが、そこで実利を得るのが俺なので、うるさいことは言わないでおく。一方フェリシーはお菓子を食べる手を止めて、スノウに言った。
「姫様、……もしかしておバカ?」
「ばっ、おバカとは何ですかおバカとは! 不屈の心と言ってください!」
「フェリシーちゃんもそんなに頭良くないよ? でも、危険なことはしないもん」
「う、うぐ……」
「姫様、おバカなことしちゃ、ダメ」
「ううう、うるさいですよフェリシー! やるったらやるんです! じゃなきゃお姉様にも妹にも勝てないんですよ!」
「おバカだから?」
「おバカじゃないですもん!」
フェリシー以下のレスバ力ってすごいよな。つい最近までほとんど誰とも話せなかった少女に口喧嘩で勝てないって。
ということで、妖精さんに口喧嘩で完敗した氷鳥姫は、破れかぶれで魔剣を掲げた。その瞳には涙がたまっている。うーんザコだなぁ。
「ということで、今回はこの魔剣を抜きます。名を、
ちなみに適合はしない。暴走したスノウと戦うのがゲームでの正史だ。
「この剣、すごいんですよ。ルーンを発動すると、どんな場所でも吹雪を呼べるんです。所持者以外に体を凍えさせ、圧倒的有利で戦うことが出来るとか」
「すごいな」
そういえばそんな効果だったな、と思い出す。環境変化系のルーンか。『影踏み』とか環境で強さが雲泥の差になるし、そっち系でちょっと研究しようかな。
そんな俺の思索に気付いた様子もなく、スノウは得意げに続ける。
「ええ、すごいでしょう? じゃあ早速」
「ストップ」
「はい?」
危ない。せっかく準備したのに、そのままスノウに暴走させるところだった。
俺はスノウに制止の手を差し出しながら、学生カバンから縄を取り出した。
「……ゴット、それは?」
「縄」
「ええと、それで何をしようと?」
「保険だよ。適合しなかったら暴走するんだろう? 適合することがほとんど確定だと分かっていても、万一に備えておくのが賢い考え方だからね」
俺がそう説明すると「なるほど。それは確かに賢いですね。万一にも対応してこそ鮮やかというものです」とスノウは頷く。
「……何で今日魔剣むぐ」
余計なことを言おうとしたフェリシーの口に、俺はお菓子を突っ込んで黙らせた。
そんなやり取りに首を傾げつつ、覚悟を決めたらしいスノウは、ぎゅっと魔剣を抱きしめて言う。
「分かりました。私を縛ってください!」
絵面である。
「……スノウは、ちょっと自分を客観視した方がいいな」
「えっ、どういうことですか?」
「姫様、ヤバい」
「フェリシーまで! 何ですか!? 私の何がいけないって言うんですか!」
メチャクチャ可愛い女の子が自分で「縛ってください」はこう、背徳感がすごい。あんまり常識があるタイプではないはずのフェリシーが、スノウが相手だとドン引きしまくりだ。
とはいえ、流れ的にせざるを得ないのも確か。確実に暴走するしな。ということで、俺とフェリシーで一緒にスノウを拘束だ。
「ゴット? フェリシーに比べて、ゴットの縛り方が少し緩いです。万一のためになりませんよ」
「……ソウダネ」
俺は目を背けながら縄で縛った。手に伝わるスノウの柔肌の感触とかは忘れた。忘れたったら忘れた。
そうして十分程度。グルグル巻きになったスノウは、辛うじて手先だけ動かせる状態で、剣を手に立っていた。最後のダメ押しで足元も凍らせている。ツルツルだ。
「では行きます!」
スノウは手首のスナップで魔剣を抜く。そして。
「……―――う、うぅ、うぅぁぁぁああああああ!」
俯き、意識を失い、そして叫んだ。メイドさんが短く「ひっ」と叫ぶ。スノウは美しい顔を恐ろしく歪め、周囲の全てを敵視し、襲い掛かろうとして。
「んべっ」
こけて魔剣を手放し、沈黙した。
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