第46話 勇者の末裔ってウゼーよな!

 教室移動のタイミングで、俺は次の授業が面倒になって、サボることに決めた。


「どこ行こうかなっと」


 俺は教室移動する生徒集団から、そっと気配を消して道を反れた。そのまま適当にぶらぶらと廊下を歩く。そうしていると、始業のチャイムが鳴って校内が静かになる。


 一応単位取得に必要な出席数などは、把握してのサボりだった。その分の評価点が下がるのは織り込み済み。授業難易度的に、それで十分単位がもらえる計算だった。


 だから、教師の怒りということ以外においては、問題は起こしていないつもりだったのだ。しかし、『授業は全て受けるもの』『意図的に授業をサボタージュするのは不良』という価値観を持っている連中もする。


 例えば。


「ゴットハルト・ミハエル・カスナー」


 俺は背後から名を呼ばれ「ん? どなた?」と振り返った。


 そこには、ぞろぞろと歩く数人の集団がいた。俺はその集団服装を見て、「げ」と声を漏らす。


 集団の先頭に立つ、青髪を真ん中分けに整え学生帽を被った少年が、俺を非難した。


「何故君は授業に出ない? 君は確認する限り、前期ですでに27の授業をサボタージュしているね」


 少年の隣に立つ、金髪をポニーテールにまとめた少女が、少年に続く。


「そうね。いい機会だから、来てもらいましょうか。ひとまず、反省室で反省文を100枚ほど―――」


 俺は息を吸い込み、大声で言った。


「ああー! あんなところにもサボリ学生が!」


「何」「どこかしら」


 俺は連中が俺から目を離した瞬間に、脱兎のごとく駆け出した。


「ふむ……? どこにもいないが、……カスナー?」


「見て。もうあそこまで離れてるわ」


「ふん、逃げるとは狡猾な奴め。―――総員、追うぞ!」


『承知しました!』


 号令をもって、連中は追ってくる。俺は「そう簡単に捕まってたまるか!」と捨て台詞を吐きながら、曲がり角を曲がって即窓から外に躍り出て、姿をくらませた。






 学院には様々な派閥があるが、俺も人間、その中でも嫌いな派閥というものがある。


 その名も、『勇者の末裔』派閥。


 名前の通り、『勇者の末裔』を名乗る派閥だ。勇者。ご想像の通り、魔王を倒すために旅に出て、様々な困難を乗り越え人類を救うアレである。


 この世界には度々魔王とやらが現れ世界を恐慌させるということで、その征伐に向かう運命を授かる者を勇者と呼ぶ。そして魔王を倒すと、そのまま貴族に納まるのが通例だ。


 で、貴族になったからには、子孫を設け、領地を受領し、その子孫が脈々と続いていくことになる。


 それで形成されるのが、『勇者の末裔』ということになる。


 まぁそこまでは何も問題はない。出自を勇者に持つ者で集まって、仲良くしていてくれ、という話でしかない。


 問題は、その勇者の末裔どもが、『自分たちは正義』という面で風紀委員紛いのことを学院で続けていることだ。


「ふぅ、撒いたかな」


 俺は物陰に隠れて、軽く汗をぬぐった。学院内チェイスのコツは、窓から飛び出すことだ。学院の外には藪がたくさんあるので、廊下よりも格段に隠れやすい。


 俺は立ち上がって、改めてどこに行こうかな、と歩き出す。


 が、運の悪いことに、そうは問屋が卸さなかったようで。


「そこに居たか、カスナー」


「見つけたわよ。随分と手間取らせてくれたわね」


「うげ……」


 俺は嫌な顔で二人を見つめる。先ほど集団の先頭に立っていた二人。学院における勇者の末裔派閥、若手二大巨頭。


 青髪の少年の名は、「ユリアン・ウルリッヒ・シャイデマン」。


 金髪の少女の名は、「ミレイユ・デ・レーウ・ヴァヴルシャ」。


 男の方は頭文字、女の方は末尾をまとめるとどっちも勇者になるのが特徴だ。


 ……いいなぁ。俺なんかまとめたらゴミカスになるんだぞ。元々のキャラ性がゴミカスだからいいけど。


 それはともかく、勇者の末裔である二人が、壁を背にする俺を挟み撃ちにする形で立っていた。何という窮地だろうか。


「んだよ~。撒いたじゃん。また後日にしてくれないか? あんまり準備してきてないんだよお前らの相手するの」


「何を言っているのか理解できないが、君の問題行動は度々問題になっていた。連行し、罰則を受けてもらう」


「度重なるサボタージュに加え、我々からの逃亡。反省文は100枚から150枚に上乗せね」


 淡々と言いつける二人に、俺は両耳に両手の親指を突っ込んで、手をひらひらさせて言った。


「嫌でーす」


 末裔二人の額に、青筋が走る。


「安い挑発だ……が、我々に挑発するようなバカモノには久しぶりに会った。丹念にお灸を据えてやろうじゃないか」


「そうね……反省文、200枚書かせてあげましょう」


「腱鞘炎なるわ」


 俺はベロベロと舌を出して挑発を重ねておく。二人の青筋はビキビキと増えていく。揃って煽り耐性皆無なので、煽っていて楽しい。


 ユリアン、ミレイユの二人は、揃って腰に下げていた木剣を抜いた。不殺属性の付いた武器で、どれだけ叩きのめしても相手は死なないという、捕獲の必需品だ。


 俺はどうしようかなと考えて、安直な案を結論付けた。


 指鳴らしを二回。大ルーンの書が手元に現れる。


「ッ! ミレイユ、警戒しろ」


「カスナー、あなた何をするつもり?」


「そんなもの、決まってるだろ。―――装備セット氷影」


 パラパラとめくられる大ルーンの書。発動する大ルーンで氷の鎧が纏われる前に指を一回鳴らしておくと、氷の装備セットをすっ飛ばして大狼の大曲剣が俺の手元に現れる。


 色めきだつのは二人だ。先日のカスナー祭りのこともあって、俺を強敵だと考えているのだろう。


「実力行使、という訳か。ならば、こちらだって考えがあるぞ」


「こちらが木剣を抜いた意味くらいは分かるものと思っていたけれど、そこまで愚かなら、粛清が必要ね」


 二人揃って、右手の中指につけた指輪を撫でる。彼らなりの戦闘準備だ。だがそれを待ってやる義理はない。俺は大曲剣を肩に担いで、ルーンをなぞった。


【影狼】


 俺は影を纏って、高速で二人の間をすり抜ける。


「なっ!? そこまで早いとはッ」


「くっ、防御、を……?」


 二人が身構えたのを、俺は【影狼】を連発して遠ざかっていく。そこから武器を指鳴らし三回(戦闘終了フラグ)でしまって、明後日の方向に走り続ける。


「バーカ! 校内で堂々と生徒と殺し合う訳ねぇーだろ! 逃げるんだよぉおおおお!」


 爆笑しながら走り去る俺に、勇者の末裔の二人は顔を真っ赤にして叫んだ。


「ぜっ、絶対に貴様を確保して、厳罰に処してやるからな! カスナーぁあああああああ!」


「こっ―――――――このことはッ! 絶対に忘れないわよ! カスナー!」


「アッハハハハハハハ!」


 あー最高。堅物出し抜いたときは反応が肝ですわ。気持ちいい~。

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