4章 女主人公は泥棒猫
第45話 シュゼットの居る日常
レイブンズ先生が、戸惑いを隠しきれない様子で口を開いた。
「で、ではここを、コウトニーク君」
「はい」
立ち上がるのは、シュテファン―――ならぬシュゼットである。
たっぷりの黒髪を豊かなツインテールにまとめた、小柄な少女。目鼻立ちがはっきりとしていて、愛嬌とハツラツさを感じられる。
シュテファンに比べてかなり背丈が低いのが、こう、ギャップでやられる感じが、すごい複雑だった。
……な、何……どういうこと……? ……シュテファンの妹か……? ……いや、何でも本人だって話だけど……いや、それはちょっと、意味が分からないというか……
お蔭で教室中が困惑の渦に巻き込まれている。俺の横にこそっと収まったフェリシーが、両手で口を押えて「ぷふっ、うふふふふふっ! シュー、面白ーい!」と笑っている。
それを聞いて、朗読を終えたシュゼットは、こちらに向けてこっそりサムズアップだ。茶目っ気は変わらず、すまし顔で着席する。
俺は周囲の困惑と、シュゼットから熱烈に向けられる好意の視線、そして何より俺自身が飲み込めていないことに、長く長く息を吐きだすのだった。
ブレイドルーンにおける主人公、シュテファンは、どういう訳か俺に惚れ、シュゼットになったらしい。
この説明がもう意味が分からないのだが、ともかく、そういうことなのだという。
前回の一騒動の後、俺はシュゼットに一通り俺の事情を話していた。転生者であること。この世界をシュテファン/シュゼットの目を通す形で、知り尽くしていること。
ゲームという概念を伝えるのには苦労したが、とりあえずの納得を得られたと思う。ただし、それ以来シュゼットの距離感が異様に近く、辟易していた。
例えば今。授業終わり、「ゴット~!」と抱き着いてくるのだから、手に負えないというもの。
「やー同じ周で切り替えたこと初めてだったから、緊張しちゃったよ~! でもこれで堂々とゴットに抱き着けるってもんだよね!」
「いや、あの、ホント……勘弁していただけませんか……」
「やでーす! へへ、おりゃー女体攻撃だ、くらえっ」
「あばばばばばば」
香ってくる女の子の匂い、押し付けられるおっぱいの柔らかさ、そしてつい先日まで男だったという事実。俺は脳が本格的にバグり始める。
「むー! シュー、ダメっ! ゴットはフェリシーちゃんのものなんだからね!」
「何をう! ちっこいから見逃してたら、フィーもゴット狙いか!」
俺を、フェリシーとシュゼットの二人が奪い合う。両者、俺に腕を絡めて睨み合う形だ。俺は美少女サンドイッチの刑に処されて、嬉しいやら周囲の視線が痛いやらという気持ちになっている。
というかアレか。フェリシーの姿は周りからは認識できないから、妙なことを言うシュゼット一人に俺が絡まれている形になるのか。
……カスナー……! スノウ様という婚約者がいるにもかかわらず、女ったらしめ……! 前には元婚約者の人にも絡まれてたよな……何であんなのがモテるんだ? ……私は全然分かんない……どうでもいいけど、シュゼットちゃん可愛いよな……分かる……
とはいえ、周囲の目が厳しいのには何も変わりないご様子。俺は「ひ、ひとまず、この場は離れないか?」と提案していると、急に背筋に寒気が走って、振り返った。
「「……」」
スノウとヤンナが、揃って無言で立っていた。
スノウは、絶対零度の視線と言う感じだ。一方ヤンナは、何か混沌としたものが奥に隠れて良そうな微笑みである。
俺は両手を挙げて降参のポーズを取った。何なら腹を見せて服従のポーズでもいい。
スノウは言った。
「シュゼット……? 何故あなたは、私の婚約者であるゴットに抱き着いているのですか……?」
ヤンナは言った。
「フェリシーさんも、周囲から見えないと言って、殿方に気安く抱き着くものではありませんよ……?」
俺は降参のポーズを保ったまま石のごとく固まったままでいる。しかしシュゼットもフェリシーも不敵に笑って、言い返す。
「ん? 何か問題でも? アタシは婚約だのなんだのっていうつまらない理由で、引き下がるつもりはないよ」
「フェリシーちゃんは無敵なの。不満なら、試してみる?」
俺の周囲でバチバチと火花が散っている。他の生徒は、俺の周りの女子が全員揃って、とうとう激化するキャットファイト模様に、怖いもの見たさ半分、興味半分と言う感じで遠巻きに見守っている。
俺は一縷の望みをかけて、教壇でドン引きしながらこちらを見つめているレイブンズ先生に視線を送った。助けてー! 助けてー!
「……カスナー君、君は最近問題行動が目立つ。今すぐ生徒指導室に来なさい。以上」
レイブンズ先生は静かだが通る声で言って、そのまま教室を出ていった。レイブンズ先生! あなたは教師の鑑だ!
「―――ってことだから、俺行ってくるな!」
しゅるっと俺はフェリシーとシュゼットの抱き着きを抜け出し、スノウとヤンナの間を抜けて教室を脱出した。
「む、早いじゃないか」
と思ったら、教室出てすぐのところに先生がいた。
「い、行きましょう、早く。追いつかれたら指導どころじゃないですよ」
「む。そ、そうか。では行こう」
背後から「あっゴット逃げた!」「待ってください、ゴット!」という声が追ってくるが、俺は知らない。知らないったら知らない。
俺とレイブンズ先生はつかつか早足で移動(というか逃走)しながら、言葉を交わす。
「色々と聞きたいことがある。氷鳥姫殿下との婚約もそうだが、何よりコウトニーク君のことだ。彼は、……彼女は……? その、何だ。どういうことなんだ」
「俺にも分かりませんが、ひとまず同一人物なのは確か、だと、思います」
シュテファン同様、シュゼットとしても周回はもちろんしている。
シュゼットの外見、好みドンピシャなんだよな。黒髪ツインテ元気美少女。小柄なのにワガママボディ。人気投票でも高い順位をキープしていた。
それはともかく、そういう意味では、シュテファン同様見慣れた相手ということは間違いない。これで本人が同一人物と名乗るのなら、同一人物だろう。少なくとも、俺はそれに納得してしまっている。
「そうか……。経緯は分かるか? つまりその、何か魔法にかかったとか、呪われたとか」
「本人の、能力? 特技? みたいです」
「……ますます意味が分からんな……。背丈というか、骨格から変わっていたぞ」
レイブンズ先生は、眉間にしわを寄せて唸る。気持ちはとても分かるので、「お気持ちお察しします」と言ってから、「じゃあ、指導室に入ったらすぐ解散で良いですか?」と確認した。
それにレイブンズ先生は、「何を言っている」と返す。
「君が問題行動だらけで、指導が必要なのは偽らざる事実だぞ、カスナー君。たっぷり絞ってやるから、覚悟したまえ」
「……はい」
何と言うか、世の中にはうまい話などないんだなぁとか、思った。
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