第35話 ヒロインレース:2R

 俺は悟った。


 土台ゴミカス伯爵であるところの俺に、人間関係なんて高尚なものは、分不相応なのだと。特に女性関係なんてものは、お互いに取って不幸の種であると。


 という事で俺は、一人静かに、図書館のかなり奥まった場所でノートと本を広げ、ついでに書籍でうずたかく壁を作って、大ルーン研究に勤しむことにした。


 ただでさえ読書は高いガード値を誇る上に、書籍をドンドンドンと積み重ねて壁にしておけば、誰にも話しかけられることはなかろうという算段である。名付けてコミュ障城壁。


「ゴット発見! ゴットゴットゴットゴット!」


 コミュ障城壁は、妖精さんの突撃によっていとも容易く崩壊した。帝歴ウン千年のことである。


「……」


 俺は一人で事に勤しむつもりだったので、出端をくじかれて大変萎えている。


 だがまぁフェリシーは幼いし、女性枠云々という換算をしなくてもいいだろう。ギリギリ。めっちゃ可愛いのでギリギリである。


「あ! こんなところにいたのですね、ゴット。いつものようにお茶会に来ませんでしたから、探しましたよ?」


 すると崩壊したコミュ障城壁を凍り付かせるように、氷の姫君がひょっこり顔を出した。スノウって図書館とか来るんだ。もっとアホだと思ってた。


「ゴット、今何で私を見て驚いた顔をしたんですか? すごい不敬な驚かれ方をした気がしました」


「気のせい気のせい」


「本当ですか……?」


 スノウは訝しげに言いながら、俺の隣を陣取った。うん。まぁ、一人までなら、女性一人までなら、ギリ許容としようか。うん。全部に目くじら立てたら何もできないし。


「ゴット様! き、奇遇ですね。ヤンナも今日はお勉強をしに」


 そしてヤンナの登場に全員が凍りついた。コミュ障城壁が、元婚約者の登場で完全に意味を失った瞬間である。俺は天を仰ぐ。


 一方、ひりつきだすのは女性同士の空気だ。スノウが目を補足して、ヤンナを見る。


「……出ましたね、元婚約者」


「む、これはこれは、横暴なお姫様。皇族の強権でつかみ取った婚約、そろそろ解消してはいかがでしょうか?」


 顔を合わせるなり、スノウとヤンナがバチバチにやり合い始める。俺は周囲を見て、うるさそうな視線が集まっていることに気付く。


 俺はため息を吐き、そしてスノウとヤンナの襟首を掴んだ。


「「?」」


 二人はキョトンとした顔で俺を見上げる。俺はそのまま二人を大図書館の外まで連行だ。フェリシーは「ゴット~、待って~!」とついてくる。


 そして大図書館から出て、俺は拘束を解いた。


「もう、何ですかいきなり。レディの襟首を掴むなんて、紳士とは言えませんよ」


「あ、あの、ゴット様? その、何かお気に障りましたでしょうか」


「む~! フェリシーちゃんもゴットに運んで欲しかった! もう一回!」


 好き勝手言う三人娘である。俺はそれに、にっこりと笑って言った。


「研究の、邪魔を、するな」


「「「……はい」」」


 素直でよろしい。


 俺は「じゃ」と元の席に戻ろうとする。すると流石にそれは見逃させなかったのか、三人揃って俺を制止してくる。


「待って待って! ゴット遊ぼ? 叱られて終わりなの、やだ~!」


「そ、そうですよ! 曲がりなりにも婚約者なのですから、もっと構ってください」


「ゴット様、その、そんな素っ気ない態度は、さ、さび、……寂しいです」


 俺は三人からやいのやいの言われて息を吐いた。


「やりたい事くらいさせてくれ。お前らだって趣味に勤しんでるときに俺に邪魔されたら嫌だろ?」


「フェリシーちゃんの趣味はゴットと遊ぶこと」


「そうです。私だってゴットとお茶会をするのが最近の趣味です」


 口が減らんなこいつらは、と俺は渋面。一方ここで、ヤンナは言った。


「分かりました。確かに邪魔をされては集中するものも出来ませんよね。―――では、手伝いはいかがですか?」


「「!?」」


 フェリシーとスノウはヤンナの起死回生の一言に目を剥いて注目した。ヤンナはここぞとばかりに攻めてくる。


「私はゴット様と同じくルーン魔法専攻ですし、ある程度お勉強のお手伝いができるはずです。ゴット様も単純に手が必要なこともおありなはず。そういうとき、私は役に立ちます!」


「ふぇ、フェリシーちゃんも手伝う!」


「な、なら私もです!」


 俺はヤンナの提案を受けて、ふむと頷いた。ひとまずは、だ。


「フェリシー、スノウ。お前らはルーン魔法専攻じゃないだろ。ドジって怪我されても困るので却下」


「ぅぐ、ゴットの浮気者!」


 浮気者て何やねん。


「……致し方ありません。今日のところは退きましょう。しかし待っていなさい。明日、明後日には第二の策、第三の策を携えて、私は再戦を挑むでしょう……」


 スノウは何だ? 魔王か何か?


 ということで、二人は不服そうに立ち去って行った。フェリシーは、んべっと舌を出して、スノウは芝居がかった所作を取って。


 そして離れていった先で、二人は合流して話し合う。


「ゴットのいけず。姫様、仕方ないから二人でお茶会しよ」


「そうですね、フェリシー。明日優位を取り返す方法を二人で考えましょう」


 仲良しかよ。


 ということで、最後に残されるのはヤンナである。キラキラと期待いっぱいの瞳をして。……だが、俺としてはまだ懸念点はあるのだ。


 何せ、俺が扱うのは単なるルーン魔法ではない。大ルーンである。フェリシーには明かしてしまったことだが、それはフェリシーの特殊な事情あってのこと。


 ヤンナに教えてしまっていいものか―――そう思っていたら、ヤンナは俺の耳に口を寄せて、そっと囁いた。


「ご心配なさらないでください。については、誰にも言うつもりはございません」


「……!」


 俺は瞠目して、ヤンナを見つめる。するとヤンナはちょっと悪戯っぽく、「ゴット様、ずっと長いルーン文字を綴っていらっしゃるんですもの。他の人は軽んじますが、私の結論は一つです」と言った。


 それに俺は、「なるほど、それは盲点だった」と唸る。


 確かに、俺はゴミカス伯爵という、他人から侮られる立場を利用する形で、堂々と大ルーンの研究をしてきた。


 だが、そうか。俺を侮らず、ちゃんと評価する人間には、分かってしまうのか。


 ……これからは、もっと人目の付かない場所だけで研究しよう。俺はそう内省しつつ、ヤンナに告げた。


「分かった。じゃあそこまで言うなら付き合ってもらおうか。結構難しいけど、手伝うと言ったからにはちゃんと理解してもらうぞ」

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