第34話 ヒロインレース:1R

 ヤンナというキャラについて、実は俺は、深く語れない。


 ヤンナは俺、ゴミカス伯爵の婚約者を決めつけられた可哀そうなヒロインの一人で、ルートによってはゴミカス伯爵からヤンナを奪い去ることが出来る、ということしか知らない。


 何と言うか、ゲーム時代は可哀そうすぎて、関わりに行けなかったキャラなのだ。ゴミカス伯爵を殺せばええやろ。勝手に幸せになってくれ。そういうスタンスで接していた。


 だから今俺は、ヤンナの言葉の真意を、まったくもって理解できないままヤンナに向かっている。


「えぇっと、ちょっとよく分からないことが多くてさ。ひとまず、今がどう言う状況なのか、って話からするんだが」


 俺はヤンナに挑まれ、そしてヤンナが気絶してしまった(本当は気絶させたのだが、言う必要はないだろう)ので介抱した、というところまでを話す。


 するとヤンナは話の一区切りを見計らって、そっと上体を起こしてソファに座る体勢を取った。とはいえ、その様子は沈鬱に俯いている。


「それで、その、意識を取り戻したならもう戻っていい、とは思うんだが、知らない仲でもないからさ。一応その、話でも聞いておこうかと思って」


 俺に挑んできたヤンナの様子は尋常ではなかったし、ヤンナが目覚めた直後の言葉の真意も掴めない。


 だから、という意図で尋ねると、ヤンナは再び静かに涙を流し始める。


「や、ヤンナ……?」


「ゴット様、ひどいです。ヤンナの心をもてあそんでおいて、今更他人のようなお言葉をお掛けになるなんて……!」


 ヤンナの言葉に、フェリシーとスノウのジトっとした視線が俺に突き刺さる。俺は心当たりがなく、フルフルと首を横に振る。


 それから、改めてヤンナに尋ねた。


「えっと、ゴメン。まずもって、どういう意味なのか本当に分からない」


「う、うぅぅううう……!」


 ヤンナはさらに激しく泣き始めてしまう。それに、スノウが尋ねてきた。


「そもそも、ゴット。彼女はあなたに取ってどういう存在なんですか? それが見えないことには、何も分かりません」


「あー、えっと、元婚約者。ただ、関係が良くなかったから婚約破棄しててな。だから、ほとんど無関係だと思ってる」


「ううぅぅうう! そんな、そんな簡単な言葉で、ヤンナをお見捨てになるのですね……!」


 全員の視線がヤンナに集まる。それから俺に。


「彼女はこう言ってますが」


「だから俺も困ってる」


 状況は混沌を極めている。何も分からない。


 そこで、フェリシーは言った。


「ゴット、本当に分かってない?」


「え? ……ああ。何も分かってない」


「ん、んん~? あ、そっか。ゴット、その辺りの記憶でぐしゃぐしゃになってるんだ」


 俺は首を傾げるが、フェリシーは得心いったとばかり「これは難事件……」と眉根を寄せて頷いている。何で当事者の俺よりフェリシーの方が分かっているのか。


 そして、フェリシーは言った。


「フェリシーちゃん、この人と話したいかも」


 言われて、思い出す。そうか。紹介してないから、フェリシーの姿はヤンナには見えないか。一方スノウはフェリシーの言葉の意味するところが分からずに、首を傾げている。


「えっと、ヤンナ? ひとまず、この件についてお前と話したい奴がいるから、紹介するな。フェリシーっていう、小さな女の子なんだが」


「はい……?」


 俺の紹介の隙に、フェリシーはヤンナの背後に回る。


 そして、驚かすようにヤンナの肩を掴んだ。


「ばぁっ!」


「キャーッ!」


 ヤンナは飛び上がって驚く。スノウは、さらに意味が分からず大きく首を傾げている。


「呼ばれて飛び出てフェリシーちゃんです! でね、えっと、ヤンちゃん?」


「は、はい。お好きなように呼んでいただいて」


「ゴットはね、変わったの。それで、変わる前のことが結構曖昧になってる。だからゴットはヤンちゃんのこと、『自分がいじめてた、可愛そうな女の子』だと思ってるの」


「えっ?」


 ヤンナは驚く。俺はその反応に驚く。


「だから、ゴットからすると、ヤンちゃんの婚約破棄は、どちらかと言うと解放? みたいな感じなの。でしょ? ゴット」


「ああ、その通りだ」


 俺が言うと、ヤンナはポカンと口を開けてしまう。え、だってそれが事実じゃん。前に慰謝料取りに来てたじゃん。


 一方フェリシーの解説は続く。


「でね、ゴット。ヤンちゃんは、ゴットのこと、死ぬほど好きなの。だから、ゴットがヤンナちゃんのためにやった婚約破棄? がね、ものすっごくショックだったの」


「は? いやいやいや。そんな訳」


「ヤンちゃんから見たゴット。自分を捨てた直後に姫様との婚約を発表したひどい男」


「何だそのクソ男」


 いやまさかそんな訳、と思いながらヤンナを見る。するとヤンナは、プルプルと震えながら、涙に潤む瞳で俺を見つめていた。


 俺は思わず敬語になってヤンナに聞く。


「……そうなん、ですか?」


「そうですっ! ゴット様は、ゴット様は、お慕い申し上げているヤンナをあんな簡単にお捨てになって、氷鳥姫殿下と結ばれるなんて……!」


 ヤンナは、顔を真っ赤に、涙をこぼしながら語る。


「以前、ヤンナはゴット様とお話いたしましたよね? その時のゴット様は、朗らかで、優しくて、……ヤンナは希望を持ちました」


 俺はその勢いのすさまじさに、気圧されるしかない。


「ヤンナはあの時思ったのです。ああ、もう一度復縁できるかもしれないと。また婚約を結び直せるかも、と」


 俺はその語りに言い返す言葉を持たない。マズイぞ。このままだと別の方向でゴミカスになってしまう。


「……なのに、なのに、あなたの所為で!」


 と思っていたら、ヤンナの矛先が急にスノウへと向かった。スノウはそんなこと与り知らないので、「ええぇ!?」と困惑だ。


「しっ、知りませんよ! 私は正当な手続きを踏んで、婚約まで持って行ったんですからね! むしろ伯爵家の人間を婿に迎える、ということを認めさせたことを褒めていただきたいほどです!」


 実際それはすごい。帝位継承権捨てるまでは、ゲームでもロミオとジュリエット感すごかったもん。身分差の恋というか。シュテファンは男爵家だから、俺を輪に掛けて難しかった説もあるが。


 余談だが王族がギリ婚約できるレベルの身分は、上から他国の王族、公爵、侯爵、という程度だ。辺境伯はちょっと厳しさが出てくる。俺の伯爵家はそのさらに一つ下。


 っていうか、良い機会だから言っておくか。


「そう言えばさ、俺正式にスノウとの婚約に頷いたことって、実は一度もないんだよな」


「えっ?」とスノウ。


「ふーん?」とフェリシー。


「なるほど……?」とヤンナ。


 スノウが必死に俺に詰め寄ってくる。


「ちょっ、ちょっと、ここまで話を進めておいて、それはないですよゴット。何でそんな意地悪言うんですか」


「いや事実だし。というかここまで勝手に話進められて、実害被ってるのは俺だからな。その辺りは反省して、ちゃんと当事者間で丁寧に話を進めるようにしてくれマジで」


「う、うぅ……」


 スノウは冷や汗をかきながらたじろぐ。一方勝ち誇るのはヤンナだ。あと何故かフェリシーが「ブーメランアタック!」と叩いてくる。痛くない。


「……そうだったんですね。―――そうだったんですね! ああ、なんて可哀そうなゴット様! 自分の意志に反して、皇族の横暴で婚約がなされてしまうなんて! これは早々に婚約を破棄するしかありません!」


「なっ! ヤンナさん、でしたっけ? あなた、ゴットから振られた分際で、よくも今更そんなことを言えましたね!」


「話を聞けば、それは勘違いとゴット様の優しさ故ではございませんか! あなたのようなあくどい人と同じにしないで下さい!」


「はぁあああ!? それで言ったら、あなたのやり方が甘いからゴットが勘違いしたんでしょう! ゴットという素晴らしい殿方相手に、悠長なやり方をしていて問題ないと判断したヤンナさんの落ち度です!」


 キャットファイト寸前という具合にぎゃいぎゃいと言い争うスノウとヤンナ。俺は「怖いよう……」と怯える。


 すると、平気な顔でフェリシーが俺の手を引いてきた。人差し指を口に当て「シー……」と沈黙のジェスチャーをしながら、二人で息を潜めて部屋から脱出する。


 それから、フェリシーは俺の腕を抱いて言った。


「やーやーうるさくて、困っちゃうね、ゴット」


「ハハ……。まぁ俺にも良くないところがあったが、ちょっと疲れたから、一回仕切り直しということで」


「うんうん! じゃあ、二人でお昼ご飯食べに行こ!」


「ああ、そうだな」


 俺は疲弊気味にフェリシーと共に歩く。そうしていると、フェリシーは小さな声で、何かつぶやいた。


「フェリシーちゃんの一人勝ち……♡」


 その声は小さく、俺には聞き取れない。

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