第49話 目指せ隠し工房! 目指せ想い人!

 獣の勇者の隠し工房とは、学院近郊にあるにもかかわらず、他の魔法使いによって暴かれていない隠し工房の一つだ。


 理由は三つ。一つ、隠し工房は『隠し』といわれるだけあって、見つけるだけでも難しいから。一つ、見つけられたとしても、攻略が高難易度だから。


 そして最後の一つ。『勇者の隠し工房』への侵入、ないし攻略は、『勇者の末裔』派閥に強い敵対関係を持たれるから。


「勇者派閥なぁ~。敵対かぁ~。まぁいいが。いいが、なぁ~」


「えーめっちゃ迷ってるじゃん。何で何で? あのコーマンな正義面、敵対して引っかき回してやろーよ」


 馬で早駆けしながら、俺とシュゼットは言葉を交わす。シュゼットがぎゅっと俺に抱き着いているが、今は考えることが多くて気にならない。


 俺はため息を吐いて説明する。


「面倒くさいんだよ、勇者派閥と敵対すると。分かるだろ?」


 ゲームで下手にケンカを売った時は、ひどい目に遭ったのを良く覚えている。


 学院で普通に歩いてるだけでいきなりケンカ売られて戦闘になるし。勝って潔白を示さないと他の派閥との関係も悪化するし。要するに逃げるとペナルティがある。


 かと言って和解イベント踏むのも割とかったるさがあるのが、勇者派閥の良くないところだ。


 俺の話に、シュゼットは同調しつつ言う。


「あーウザイよね。だからアタシは、勇者派閥とケンカになったら真っ先に潰してから物事進めることにしてる」


「そうか、なるほど。そうすれば確かにウザくはないな」


 派閥を潰す、という発想がなかったな、と気づかされる。流石にジェノサイドはプレイとしてあんまりやらないので、無意識に選択肢から外していた。


「まま、ゴットも知っての通り、手は色々あるからさ。とりあえず欲しいものぶん取ろーよ! 考えるのはそれからそれから!」


 強引だなぁと思いつつも、ここに来てまで抵抗するのも馬鹿らしい。俺は肩を竦めて、納得しておくことにする。


「それもそうか。ひとまず脳筋最強武器の一つは持っておきたいもんな」


「え、最強なの? アレ」


「の一つ、な。基本脳筋系は色々細工すれば大半は最強になるから」


「最強ってそんな敷居低いんだ……」


 言いながら、俺たちは森の中に馬を突っ込ませる。鬱蒼とした森。陽の光は木々に遮られ、足元は草が生い茂っている。


 馬は多少嫌がるが、それでも素直に木々の隙間を走り抜けていってくれた。俺もシュゼットも互いに姿勢を低くして、木の枝に殴られないように慎重になる。


 そうしてしばらく走ると、不意に、一気に視界が晴れた。眼前には崖。そして周囲には木々が生えておらず、陽光が差し込んでいる。


「懐かしいな。ここの武器、二本確保すると周回じゃあ全然来なくなるんだ。かなり久々に感じる」


 始めてきたときは、『何でここだけ開けてるんだ?』と奇妙に思ったのが懐かしい。俺は崖に近づいて、腰のナイフで一閃した。


 幻影の壁が消える。隠し工房が現れる。そう。この隠し工房は、そもそも初見で見つかるようなダンジョンではないのだ。


 勇者派閥に入り込み、その裏を垣間見て、内部解体を目指す。本来はそんなイベントの一環で、勇者の隠し工房を攻略することになるのだから。


「到着! 攻略開始だね、ゴット」


 シュゼットは俺の前に躍り出た。そして振り返り、俺に、にひ、と笑いかけてくる。その躍動的な動きに、豊かな黒髪のツインテールが舞った。


 俺は「そうだな」と微笑み返す。それから二度指を鳴らして、大ルーンの書を手にしながら口にする。


「装備セット、氷影」


 大ルーンの書がめくられ始める。俺はそれに手を当て、大ルーンを起動した。瞬時に俺の身体は氷の鎧と堅牢な装備に固められていく。


「出たね、氷装備」


「攻略はこれが一番固いからな」


 ガシャガシャと鎧に音をさせながら、俺はシュゼットに並んで隠し工房へと足を踏み入れた。転生初の隠し工房だ。楽しんで攻略しようじゃないか。











 ゴットたちが武装して隠し工房に入って行くのと同時、木陰から顔をのぞかせる、三人の少女たちがいた。


 スノウ、ヤンナ、そしてフェリシーである。


「……何ですか、ここ。何でゴットたちは入って行ったんですか」


 スノウが、怪訝な顔をして言うと、ヤンナが反対側からひょこっと顔を出す。


「分かりませんが、追いましょう。ゴット様が武装していたので、危険があるかもしれません。ヤンナは一応家宝の『血まみれモーニングスター』を持ってきています」


「何でそんな物騒なもの持ってるんですか」


 ヤンナがじゃら……と棘だらけの鉄錆びた鈍器を取り出したのを見て、ぎょっとするスノウである。


 一方、常にマイペースなのがフェリシーだ。


「お尻痛い……。お馬さんパカパカ、速すぎ!」


 一人お尻を撫でながら、プリプリと怒っている。そんなフェリシーに、ヤンナは尋ねた。


「フェリシーさん、あなたは武装、大丈夫ですか? 一見何も持っていないように見えますが」


「フェリシーちゃんは、無敵なの!」


「じゃあ大丈夫ですね。殿下は大丈夫ですか?」


「ヤンナ、今の返答で流していいんですか?」


 流石に確認が適当過ぎはしないか、と聞くと、ヤンナはうっすらと笑って言った。


「何か、問題が?」


「……何でもないです……」


「姫様、よわよわ~!」


「うるさいですね! あなたのために聞いたんですよ私は! 何で私をからかうんですか、もう!」


 フェリシーがほっぺをツンツンしてくるので憤慨するスノウである。しかし、かと言って見捨てるわけには行かない。あらゆる民衆に責任を持つのが皇族であるが故に。


 スノウは息を吐きだして、それから自らの肩に向けて、こう告げた。


「仕方ないので、二人も守ってあげてください」


 命じると、姿を現した凍える霊鳥が「チチッ」と鳴いた。その突如の出現に、フェリシーもヤンナも目を丸くする。


「わ、気付かなかった。え、そんなことあるんだ……」


「ビックリしました。そちらは、精霊でいらっしゃいますか、殿下」


「母の家に伝わる凍える霊鳥です。母の血が一番強く出たのが私でしたので、私が受け継ぎました。結構強い精霊らしいので、多分安全、……だと思います。多分」


「重ねて言えば言うほど不安になってしまいますが」


「……多分……」


「姫様、自信もって! フェリシーちゃんもその鳥さん、強いと思う、多分!」


「フェリシーさんがさらに不安に拍車掛けましたよ今」


「え?」


 ともかく、その洞窟へと足を踏み入れる。


 それが勇者の隠し工房―――レベル70以上が適正レベルで、派閥勢力に大いに影響力を持つ、後にも先にも厄介なダンジョンだと。


 レベルが全員25にも届かない少女たちは、知らないままで、踏み入れる。

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