5章 妖精さんと勇者の秘密

第55話 悪い奴じゃないから

 俺は勇者の末裔たちが集うサロンの前に、単身赴いていた。


「すいません、少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」


 コンコン、とノックを四回繰り返す。すると「入りたまえ」とユリアンの声が響いた。


「失礼します~」


 静々と扉を開き入室すると、部屋の中にはユリアンとミレイユの二人が、サラサラと書類に目を落としながらサインをしていた。


 こちらに一瞥もしない。どうやらご多忙の様子だ。


「何の用だ。さっさと言いたまえ。僕はこの通り多忙なんだ」


「ユリアン、ワタクシの担当分は終わったから、ワタクシが対応するわ―――ッ!?」


 そして顔を上げたミレイユが俺を見て息をのんだ。それに釣られて、「な、何だ」と顔を上げたユリアンも言葉を失う。


 俺は満面の笑みで言った。


「来ちゃった♡」


「来ちゃったじゃないだろう来ちゃったじゃ! き、君、カスナー! 貴様は一体何を考えているんだ!」


「……!」


 腰を上げて多弁になるユリアンに、何も言えずパクパクと口を開閉するミレイユ。俺は適当な椅子を引き寄せて、ドカッと深く腰を下ろした。


「まぁまぁ。まずは一度自己紹介と行こう。俺はゴットハルト・ミハエル・カスナー。知っての通り問題児な、第二皇女スノウ殿下の婚約者、ってことになってる」


 知らない内に。


 俺は、皮肉交じりにチョキにした指をクイクイ折り曲げながら、自己紹介だ。


「「……」」


 俺の名乗りを受けて、二人は長い長い沈黙の末、ひとまずこの場は会話に徹しようと考えたようだった。ユリアンは上げていた腰を下ろして、真ん中分けの青髪を整え、帽子を正す。


「……僕の名はユリアン・ウルリッヒ・シャイデマン。『勇者の末裔』派閥、若手筆頭を務めている」


「……ミレイユ・デ・レーウ・ヴァヴルシャよ。同じく『勇者の末裔』派閥所属、若手筆頭補佐を任されているわ」


「うんうん、ありがとう。さて、じゃあまず対等な会話を始めるために、一つ前置きをしておくんだが―――」


 俺は、ニンマリ笑って言う。


「獣の勇者の隠し工房の中の情報を記事にまとめ、俺、ないし他メンバーが一人でも行方不明などの憂き目にあった場合、即刻帝国内に広く喧伝される準備が整った。俺たちを狙うのは、もうやめとけ」


「……っ、く……!」


 隠し工房からの脱出は、昨日のことだ。そこから帰宅した俺は、即刻一人で全部準備を整えて、喧伝装置を構築した。


 装置って言うか大ルーンだけど。一晩で実装しました。俺が。


 他のみんなは、万難を排すべき、ということでスノウの実家―――皇居に避難してもらっている。シュゼットが『末裔たち外でオロオロしてて面白かったよ』と言っていた。


「……何が目的なの」


 ユリアンよりもわずかに冷静らしいミレイユが、俺に尋ねてくる。俺は「べーつにー? 好き勝手したいだけだ。邪魔されず、ね」と椅子にもたれる。


「でさ。ちょっといいかな」


 ここから、本題に入ってくる。


「なぁ二人とも。ユリアン、ミレイユ」


「馴れ馴れしく呼ぶな、カスナー」


「あなたのような人に好きに呼ばれるなんて、遺憾ね」


 二人の茶々を黙殺して、俺は問う。


「お前ら、勇者の隠し工房の中身、知ってんのか?」


 その質問に、二人は沈黙した。それから、キョトンとした様子で答える。


。偉大な勇者様の遺物の保管場所だぞ。我々が担っているのは、その周辺の保全と警護だ」


「ええ。、勇者の末裔では行わないわ」


 だろうな、と思いながら、俺は頷く。


 そう。こいつらは、勇者の末裔の若手メンバーは、悪い奴じゃない。そもそも知らないのだ。獣の勇者の隠し工房を始めとした、勇者の隠し工房の秘密を。


 知らされずに、理想と信奉の下に義務を押し付けられている。それが、学院内の『勇者の末裔』派閥の実態だ。


 要するに下位団体。下請け。本丸は、帝都に別組織として存在する。


「第一」


 ユリアンは言う。


「知ろうなどと考えた時点で、『勇者の末裔』筆頭、ブレイブ様の粛清対象だ。貴様のことも、筆頭に知られたらいよいよと言うので、こちらで情報を留めているのだぞ、カスナー」


「そうよ。あの方は恐ろしい人。今の世に魔王が蘇ったなら、次の勇者はあの人だろうと噂されるほどの実力者なの。あなたの態度では、本当に殺されかねない」


「そりゃ、お節介焼きどうも」


「……本当に貴様は、庇い甲斐のない……!」


 舌打ちしつつも、ユリアンは「ならば末裔筆頭に貴様のことを教えてやる」とは言わなかった。ユリアンの性根の良さか、あるいは。


 俺はそう言えばそんなの居たな、なんてことを思い出す。勇者の末裔派閥と敵対すると、最後に現れる末裔の長。末裔筆頭、ブレイブ。


 学院ではなく、帝都レベルでの組織の長だ。学生ではなくおっさんである。


 俺は思い出して嫌な顔になる。そうだそうだ。思い出してきた。勇者候補も何も、普通に裏ボスじゃん。


 確か5、6周目で勇者の隠し工房攻めしてたら、流れで戦闘することになったのだ。ブレイドルーンは何周しても敵の強さは変わらないので余裕だと思っていたら、かなり苦戦させられた。


 確か、メチャクチャ手数が多かった覚えがある。連撃に続く連撃。連続する大技ぶっぱ。初見ではまず勝てない分からん殺し。それが末裔筆頭だ。ネットでも阿鼻叫喚。


 結局何回負けたんだったか。数えきれないくらい死んだ覚えがある。攻略サイト見てノーダメ動画も見てメチャクチャ練習してやっと勝った思い出。


 おい記憶じゃあの時の俺のレベル300は超えてたぞ。戦いたくねぇ~。と思うが、そうもいかない。


 何たって俺は、ここまでの話で、中々にムカついている。


「綺麗なお話だけを聞かせ、正義を押し付け、真実はひた隠す、ねぇ」


 ……だから嫌いなのだ、勇者の末裔が。まだ若い、世の中のことを知らない少年少女をスケープゴートにしているところが。そして、若い理想に狂う哀れさが。


 悪い奴は、敵ならば排除すればいい。悪は利害関係が侵されない限りは敵にならない。


 だが、正義は違う。正義は押し付ける。正義は振りかざす。正義は余計なところまで首を突っ込む。


 俺はそんな、痛々しいほど純粋無垢なこいつらを、悪くしてやりたくなったのだ。


「……この質問をして、貴様は何を知りたかったというんだ、カスナー」


 訝しげに、ユリアンを問いただしてくる。俺は笑みを作り直して、「さっき、手を出したら隠し工房の中を喧伝するって言ったな?」と確認する。


「ええ、聞いたわ」


「アレに追加で、一つ、お前らにお願いがあるんだ。聞いてもらってもいいか?」


「……下種め……!」


「……」


 ユリアンは如何にも正義面で、俺を睨みつけてくる。一方ミレイユは眉根を寄せて、静かに俺の言葉をどう解釈したものか考えている。


 そういう意味では、恐らく、ミレイユの方が冷静なのだろう。


「まず、その要求を聞かせてもらえるかしら。それが明らかにならないと、判断できないわ」


「そ、そうだな。ミレイユの言う通りだ。まずは貴様の要求を聞かせろ、カスナー」


 トップに立ち、積極的に物事を推し進めるユリアン。その脇の甘さを、冷静さで支えるミレイユ。


 俺は段々二人の人柄が見えてきて、少し興が乗ってくる。


 ゲームでは知れなかった情報だ。ゲームでの二人は、昨日の包囲網で強制戦闘イベントになって、主人公が勝利した瞬間に黒幕の手先に殺されてしまうキャラだったから。


 俺は「良く聞いてくれた!」と手を叩いて、要求を彼らに伝えた。


「ユリアン、ミレイユ。二人には、俺の『勇者の隠し工房』荒らしに付き合って欲しいんだ」


 二人は顔から色を失って唖然とする。それに俺は、笑うのだ。


 シュゼット、決めたよ。俺もお前に習って、速攻で『勇者の末裔』を潰すことにする。


 ……え? 本音? 欲しい武器があるだけだけど?

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