8章 人知が越える、神秘が目覚める

第90話 学年一位

 不死鳥の羽の宝玉を起動すると、今まで受けてきたステータスアップ分の恩恵が失われ、一気に体が重くなった。


 なるほど、振り直しをすると一度ステータス分の上昇が無に帰すから、体感としてはこうなるのか、と納得する。筋力ってその分だけ日々を過ごしやすくなるんだな。快適だった。


 しかし俺の今回の目的は、あくまで知識量となる。なので泣く泣く、俺は筋力を手放すことにした。


―――――――――――――――――――


筋肉量:60

知識量:14


―――――――――――――――――――


 これを、


―――――――――――――――――――


筋肉量:14

知識量:60


―――――――――――――――――――


 こうだ。入れ替えただけともいう。


 すると、途端に世界の見え方が変わるものだから、ステータスとは偉大なのだなと気付く。具体的には、物事にまつわる諸情報が、パッの頭脳の中で関連付けられる感じ。


「すげぇな……。頭いい人ってこんな、前世のファンタジーラノベによく出てくる『鑑定』みたいな能力を素でもってるのか」


 手元の机一つをとっても、この木目はこの製法で、この木の種類。加工はこういう方法。という雑学がすんなり頭に浮かんでくる。知識量ってそうか。つまり世界の解像度なのか。


「おもろいなぁ……。筋肉量上げた時も大概面白かったけど、知識量もかなり面白い」


 この状態でテスト範囲を確認したらどうなってしまうのだろう、と思いながら確認して、俺は笑ってしまった。


「うわははははははは! 基礎も基礎レベルじゃんこんなの! そうか! 知識量50を超えると、テスト範囲がこの感覚になってくるのか! そりゃあ学年一位も軽いはずだ!」


 俺は念のためさらりとおさらいし、「あーこれ問題にならないな」と笑ってから、大人しく寝ることにした。試験前日のことだ。


 それからテスト期間は、非常に楽しかった。周りが唸っているのを横目に、俺は速攻で回答を埋めているのだ。前世の受験でそういう奴居たけど、これこんな快感だったんだなぁ。


 ということで数日にわたる中間試験を余裕で乗り越え、何なら泣きついてきたスノウの世話を少し見つつ、俺はその週を終えた。


 そして待ちに待った結果発表。俺は学院の広間に張り出された成績上位50名の名簿を確認して、肩を竦める。


「ま、取れることは分かってたしな」


 横に名簿が並べられる中の、最も右。全科目満点の成績トップとして、俺の名前が刻まれている。


「うわ……一位の欄、見ろよ」「カスナー腕も立てば頭もいいのかよ……」「あいつすげぇな。素行以外全部持ってんじゃん」「素行は悪いのにな」素行素行言うんじゃないよ。


 周囲に集まっている他の生徒たちも、俺を遠めに見ながらざわついている。ちなみに今の俺は勉強特化なので今までのビルドの武器の大半持てなくなってるから弱いぞ。


 そんな俺の横に、現れるものが居た。たっぷりの黒髪ツインテールを揺らし、強気な目でしたから俺を見上げてくる。


「ゴット、やるね。まさか招かれもせずに潜入して、宝玉を手に入れてくるとは」


「お前だって中々やるじゃないか、シュゼット。そういえばそっちも、知識量は50あったな」


 シュゼットが俺と同じ全科目満点で、学年一位に名を連ねていた。流石は10周目主人公と言ったところだろうか。この程度の軽いイベントは、簡単に結果を出してしまうらしい。


 それと、意外というか、ある意味知っていたというか。


 俺は二年の成績名簿の張り出しエリアに向かい、声をかける。


「やぁ、バカルディ。悪いな、お前の父上の顔をつぶしてしまって」


「お、出たな? この悪ガキめ。しかし、ちゃんと結果を出したな。オレの親父は残念だろうが、陛下の顔がつぶれない方が重要だ」


 言い合って、くつくつと笑い合う。バカルディ。俺に大図書学派のローブを貸してくれただけあって、元々頭がいいとは知っていたが、まさかちゃんと学年トップの成績だとは。


「んー?」


 首をかしげるのはシュゼットだ。


「二人は、知り合い? 友達? 知らない間にゴットの交友関係が広がってる」


「ああ、シュゼット。こいつはバカルディ。まぁ、そうだな。悪友ってことにしておいてくれ」


「どうもシュゼット嬢。お噂はかねがね」


 手を差し出すバカルディに、シュゼットはとりあえず握手を返す。それから顔をまじまじと観察してから、俺を見た。


「ねね、すでに毒気が抜けてるんだけど、何かした?」


「別に?」


「ふーん……? またゴットがたらしこんだのかと」


「男だぞ???」


 俺は困惑するが、シュゼットは「性別なんか関係ないやい!」とプン! とシュゼットは猛抗議だ。お前だけだよ関係ないのは。俺たちには関係あるよ。


 そこに、苦笑気味のバカルディが差し込んでくる。


「よく分からん話に巻き込まないでほしいところだが、ひとまず二人にはこれを渡しておく」


 バカルディは俺とシュゼットに、手紙を一通ずつ渡してきた。封蝋は魔導書をかたどっている。


「人目のない場所で読んでくれ。ま、中身は何となく察してるだろ? そういうことだ。次からは自分のローブで、堂々と来い」


 それだけ言って、バカルディは手を上げ去って行った。俺とシュゼットはちらと互いに視線を送ってから「大図書館にでも行くか?」「そうだね」と歩き出す。


 雑談を交わしながらシュゼットと並んで歩く。話題は最近のことだ。「フィーが愚痴ってたよ。『最近ゴットと遊べてない~』とか」と言われつつ、俺たちは大図書館へ赴く。


 それから人気のない席を選んで、並んで座った。目配せし合って、手紙を開く。そこには、こう書かれていた。


『貴殿の優秀なる成績に、入派の資格ありと判断いたしました。是非大図書館の最奥までお越しください。大図書学派の門は、常に貴殿に開かれています』


 文章はそれだけで、実に簡素なものだった。だが付属の地図が巨大かつ複雑に入り組んでいて、頭に入っている今でも「うおお」と気圧されてしまう。


 あとついでに、中から大図書学派のローブも出てきた。体積どうなってんだよおかしいだろ。ワクワクしちゃうぞ。


「へへ、やっぱりってとこ? 順番的にちょうどいいかもね! ヤンナっちの次は、アタシだから」


「なぁ、ことあるごとにみんな順番の話するんだけど、何だ? デートの順番って実は鉄の掟だったりする?」


 怖いんだけど。俺自身は何も気にしてないのに、皆が頑なに順番を守って行動されると、この認識じゃダメなのかな、俺も守った方がいいのかな、ってなって怖いんだけど。


「んー……別に鉄の掟とかではないけど、でも」


「でも?」


 シュゼットは視線を落とす。


「みんな別ベクトルで強いから、好き勝手出来ないんだよね……」


「……ん?」


「そう! 聞いてよゴット!」


「お、おう。何だよ」


 パン! とシュゼットは自分の膝を叩いて、主張する。


「まず! まずね!? 大前提として、アタシってメチャクチャ強いでしょ?」


「そりゃな?」


 レベル500越え十周目の歴戦だ。一度は勝ったが、もう一回勝つのは俺でも難しい。


「でもアタシってフィーには絶対勝てないからね?」


「あ~……」


 フィー、つまりフェリシーだ。シュゼットはフェリシーのことをフィーと呼ぶ。


「確かに、フェリシーの魔法って底知れないところあるよな」


「あの子の理性が強いだけで、フィーが本気出したら正直誰も止められないと思ってるよ」


「あ、そんなに?」


 実際、前回の大図書学派潜入で、フェリシーについてきな臭い情報を得たばかりでもある。今回はシュゼットとある程度まで調べておこうと考えていたが。


「次に姫様。あの子ポンコツっぽいけど、権力の使い方心得てるから、政争ではアタシは手も足も出ないよ」


「そうなんだよな……。スノウって得意なこと以外のポンコツさが目立つけど、得意なことはちゃんと得意というか」


 勇者の末裔本拠地での、末裔筆頭に対する物言いは生粋の皇族だった。俺たちが身内だから権威が効かないだけだ。外にはもちろん通じるし、通させる物言いが出来る。


「で、意外なのがヤンナっち。あの子呪術だけなら天才かも」


「そうなのか? って言おうとしたけど、確かに前回の潜入ではクソ強かったな」


 俺が同意を示すと「いや、多分想定してるレベル感が違うと思う」とシュゼットは言う。


「……というと」


「アタシがゴットの命を狙ってる時期があったじゃん」


「あったな」


 軽く言うような話じゃないけどな。


「あの時の呪具、全部壊れてた」


「……ん?」


「分かんないかな。アタシがゴットを呪うように使った呪具が、全部呪詛返しされて、しかもアタシ本体に危害が加わるほどじゃないように調節したってこと」


「……もう少しこう、分かりやすく」


「例えるなら」


 シュゼットは真剣な目で俺を見た。


「呪術っていうそこまで長じてない分野とはいえ、この時間軸十周目のアタシが、赤子の手をひねるようにってこと」


「……」


 その例えで、何となく理解した。つまり、シュゼットが言いたいのはこういうことだ。


 仮にも十周目のシュゼットとヤンナの間には、が、呪術という領域において存在している。


「マジ?」


 答えたのは、シュゼットではなかった。


「あ、うん。そうだよ~? フェリシーちゃんがヤンちゃんに掛けた魔法も、多分呪術で壊されちゃったし」


「超びっくりした」


 フェリシーが、いつの間にか俺とシュゼットの間に割り込むように現れていた。俺とシュゼットは肩を跳ねさせる。


 いつの間に。ホント神出鬼没だなフェリシー。


「びっくりしたぁ~……。え、っていうか何その話」


 フェリシーの話にシュゼットが掘り下げると、フェリシーは唇に指を当て、思い出すように話し始める。


「んっとね? ゴットがシューを倒した辺りで、ヤンちゃんがみんなに呪術を掛けようとしてた時があって、フェリシーちゃんがそれを魔法で『ダメ!』ってやったの」


「え? その話大丈夫? 信頼関係壊れない?」


「今のヤンちゃんはみんなのこと結構好きだから、そんなことはしないと思うよ?」


「あ、そう……」


 シュゼットは釈然としない声色で頷いた。俺は少し考え、聞かなかったことにする。人間間違いってあるからねうん。


「でもね? ヤンちゃんって目に見えないものの相手が得意みたいで、フェリシーちゃんの魔法壊されちゃった。多分もう同じ魔法効かないと思う……」


「……え、そんなこと可能なの? フィーってアタシ、マジの無敵だと思ってたんだけど」


「ヤンちゃんは実はフェリシーちゃんの天敵なのです!」


「とりあえずフェリシーが自信満々に言う事じゃないな」


 とはいえ、いくつか納得するところはあった。


 要するに、お互いに実力で拮抗する四竦みが出来ているから、何となくルールは守っている、というところなのだろう。鉄の掟ではないが、破ると怖い相手がいる、と。


 恐らくそれがシュゼットにとってはフェリシー。フェリシーにとってはヤンナ。ヤンナにとっては……誰だろうか。一応身分差を気遣っているから、スノウだろうか。スノウは全員。


「なるほどねぇ。簡単な関係性じゃないか」


 俺がそうひとりごちると「そだよ~」とフェリシーが猫のように頭を胸元にこすりつけてくる。するとハッとした。


「筋肉がなくなってる!」


「シュゼット、聞いてくれよ。最近フェリシーが筋肉フェチに目覚めてしまって」


「フィー? 一応今はアタシの順番なんだけどな~」


「だってだって~、ゴットに構ってもらえないの続いてて寂しい~!」


 牽制するシュゼットに、駄々をこねるフェリシー。傍から見ていると、まるで姉と妹だ。


 どちらも奔放で気が合う二人だからなぁ、と「くぁあ」と俺はあくびに目を瞑り、大口を開ける。


 それから目を開くと、二人が消えていた。


「は?」


 二人どころではない。大図書館のすべてから、音らしい音のすべてが消えている。無人。


 だが、それよりもはるかに大きな存在感を放つ人が、俺の真向かいの席に座っている。


「こんにちは、ゴットハルト・ミハエル・カスナーくん」


 虹色の長髪を地面に届くほど伸ばした、絶世の美女。見る角度で色味を変えるオッドアイ。超然としたその姿は、真っ白なワンピースに包まれている。


 その人を、俺は、知っていた。


「初めましてだね。私は、創造主。この世界を創った人だよ」


 きわめて穏やかに、彼女は自分の胸元に手を当てる。


「ずっと君と、お話をしたかったんだ」


 そう言って、彼女は静かに微笑んだ。

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