第13話 妖精さんは秘密の女王
コボルトの大狼が死んだ直後、周囲に光が戻ってきた。
大狼が夜を背負ってやってきた、という事なのだろう。闇は日の光の中に照らされて、大狼を貫く棘ごと無に帰していく。
そうして大狼の骸が落ちてくると同時、俺の目の前に剣が突き刺さった。大狼の大曲剣だ。
「そうそう、これも欲しかったんだ」
俺は手に取って確認する。刻まれているルーンはあくまでステップのそれ。だが、こういう伝説の武器とされるものは、伝説を背負って、単なる汎用ルーンを独自スキルに変換する。
すなわち、最高水準の移動スキル『影狼』は、この大曲剣でなければ発動できないのだ。
とはいえ、この剣は残念ながら俺のステータスでは使えない。学生証をかざして確認すると、『必要能力値:筋肉量15、敏捷性20』と出た。
俺の筋肉量と敏捷は11と14だから。装備にはちょっと足りないのが惜しいところ。
仕方ないので俺は、大狼の大曲剣を背負うだけ背負って、木の上に呼びかけた。
「フェリシー、終わったぞ。もう下りてきていい」
「……」
フェリシーは無言で羽を生やして緩やかに滑空し、地上に降りてきた。それからのそのそと俺に近づいてきて、ぎゅっと俺の腹のあたりに抱き着いてくる。
「ん? えっと、フェリシー?」
「……心配、した。怖かった」
「ああ……ごめんな。怖がらせてしまった。何て言うかこう、男の子心って奴が」
言い訳をしていると、フェリシーがさらにぎゅっと抱き着いてくる。
「怖かった……! ゴットが、死んじゃうかと、思った……!」
「……ごめん。謝るよ」
俺もそっと抱きしめ返しながら、その頭を撫でた。本当に小さいな、と思いながら。
しばらくするとフェリシーは満足したのか、涙目の赤ら顔で「次から心配させないこと!」とびしっと指さして言ってくる。「頑張るよ」と俺は苦笑だ。
俺の答えに満足したのか、フェリシーは「ならよし」と腕を組んで後方彼氏面。小さな女の子の後方彼氏面、面白いな。可愛い。
「それで、ゴット?」
「ん? どうした?」
フェリシーは大きな瞳をクリクリとさせて、聞いてきた。
「げーむって、なに?」
「……おおっと」
油断したわ。結構言ってたもんな。
さて、どう言い訳したものかと考える。そこで思い至るのが、『嘘を吐く必要があるのか?』ということ。
「……」
目立つと大図書学派なんかに目をつけられて『秘密を知ったな! 処刑!』とかされかねない部分はあったが、身内の間では真実を通しておいた方が楽かもしれない。
そんな訳で、俺はフェリシーに「秘密に出来るか?」と問い返す。
「できるよ! フェリシーは秘密の妖精さんだから!」
「ハハハ、じゃあ秘密の妖精さんに、俺の秘密を教えよう」
俺は肩を竦めて、教えた。
「俺、転生者なんだよ。で、この世界をゲームっていう、何だろうな、再現する魔法みたいなので覗き見て知ってるんだ」
この世界は、俺の考えでは、ゲーム世界ではなく、ゲームの元になった世界のはずだ。ゲームで出来たバグ技は出来ないし(こっそり試していた)、ゲームで起こらないこの世界のシステムに則ったハプニングは起こりうる。
だからもう言ってしまおう、と思いフェリシーに言ったら、フェリシーは目を丸くした。
「……たいへん」
「え?」
「たいへんたいへんたいへん! それは一大事! 転生者! ひゃー!」
全身を使って思い切り慌てるフェリシーに、俺は目をパチクリさせる。
「え、何だ何だ。何を慌ててるんだ」
「だってだって! 転生者だよ! 転生者が覚醒したら、転生者が覚醒したら……!」
「覚醒したら?」
「……何だっけ……」
フェリシーは忘れてしまった様子。俺は肩を落として「まぁ、おいおい思い出せばいいよ」とフェリシーの頭をぽんぽんと撫でた。
……あ、またやったわ。
俺が気まずい気持ちで固まっていると、以外にもフェリシーはまんざらでもない顔で、顔を少し紅潮させて口元をもにょもにょしている。
「……フェリシー?」
「はっ! と、ともかく、秘密ね! フェリシーちゃん、ゴットの秘密、守るよ!」
「ああ、うん。頼んだぞ」
俺は苦笑気味に言い、フェリシーが力強く頷く。
そんな訳で、俺とフェリシーの伝説のルーン、武器を求める小さな大冒険は、幕を下ろしたのだった。
学院帰還後、フェリシーは上機嫌だった。
「ふんふふんふふーん♪」
薄いピンクと紫のグラデーションを描く髪をふわりと流して、学院の廊下を歩いている。その足取りは軽く、まるでそのまま飛び立ってしまいそうなほど。
なぜそんなにも上機嫌なのかと言えば、それはつい最近仲良くなったゴットの存在によるものだろう。
「今日はどこに居るのかな~」
小柄な体を精一杯動かして、フェリシーは歩く。そうやって彼女は、新しい友達であるゴットを探す。
フェリシーにとって、友人とは稀有な存在だ。まずもって、まだ未成熟なフェリシーは、その身に有り余るほどの魔法を使いこなせない。
だからフェリシーは、『あらかじめ自分を知っている人しか自分の友達になれない』という呪縛を負って、今までを生きてきた。
だから、ほとんどの相手から無視された。何が起こっても見向きもされなかったし、どんなときにも誰かが助けてくれることはなかった。
だが、ゴットだけは、事情無しに、何故かあらかじめフェリシーのことを知っていた。知っていて、相手をしてくれて、仲良くしてくれた。フェリシーはそれが、堪らなく嬉しかったのだ。
もちろん、フェリシーとて魔法を授かる前は普通の少女だった。だからそれ以前や、その前後で、何か考えのありそうな面々と接したことはある。
けれど、何の打算もなしに自分を懐に入れてくれたのは、ゴット一人だった。フェリシーは、そう信じていた。
だから。
「なあ、最近カスナーの奴、ムカつかないか? 授業出ない癖にレイブンズ先生に気に入られてるし、最近一人だけ課外授業に行ったんだろ?」
「そうだなぁ。伯爵家の子息だからって、調子乗ってるよな。そうだ! どうせ領地も遠いんだ。身分差なんか気にせず、ボコってやろうぜ」
「おお! アリだなぁ。このイライラは、本人の情けない顔で晴らさせてもらおうぜ」
ギャハハ、と笑い合う男子生徒二人が、フェリシーの隣を横切った。それに、フェリシーは振り返って背中を見る。
「……」
フェリシーは、彼らの抱いている感情を魔法で見透かすことが出来た。彼らが本心で、しかも面白がって言い合っていると。このままでは、彼らに大切なゴットが襲われてしまうと。
それが分かって、何もしないフェリシーではなかった。
だから静かに、こう唱える。
「フォゲット」
ささやかな呟きに、男子二人は何度かまばたきをした。それから、彼らは言葉を交わす。
「なぁ、今俺、何してたっけ?」
「ん……、何だったっけな。あ、っていうか次の授業、移動教室じゃなかったか?」
「そうだ。急がなきゃな」
二人は早足で廊下を歩き去っていく。その様子を振り返り際にそっと確認してから、フェリシーは歩き出した。
「フェリシーちゃんは、無敵なの」
クスクスと笑って、妖精はお友達探しに戻る。
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