第15話 第二皇女は性悪クールポンコツぼっち

 夜、学院の奥。本来なら生徒全員がすでに寮で眠っているはずの時間。俺はスノウがいると思われる場所へ向かっていた。


 考えるのは、派閥のこと。特に今回関わる派閥として、三皇女派閥、というものがある。


 皇帝正妃三人の娘たち。その誰かに与することで、皇帝の座へと上り詰める手助けを主人公がする、というのが簡単なあらましだ。


 俺はその中でも、第二皇女スノウについて語りたい。


 第二皇女スノウは、名前の通り雪に関する能力を持った少女で、その姿はまるで処女雪の具現化。真っ白な髪、真っ白な肌、絶世の美貌を兼ね備えたクールビューティだ。


 人呼んで、氷鳥姫。氷のような冷たさ。鳥のようなしなやかさ。確かにピッタリなあだ名だと思ったものだ。


 で、このスノウ、実は主人公シュテファンが頑張っても帝位争いに勝利することは出来ない。


 何でかと言うと。


「……おいお前。何をしてるんだ、そんなことろで」


「ッ!? べっべべべべべ、別に!? 別に何もしていませんが!?」


 夜の真っ暗な学院の中。そこでスノウは、何故か宝物庫の鍵をこじ開けようとしていた。


「この時間に宝物庫の鍵を開けようとして『別に』は通らなくないか?」


「とっ、通ります! 私は第二皇女ですよ!? 多少の無理は通るんです!」


 ―――そう。この小物さ加減。これが、スノウが皇帝になれない第一の理由だった。


 何と言うか、もう本当にこすいキャラなのだ。神秘的な風貌に対して小賢しい性根を持ち、こすい作戦を考えては一人で失敗して主人公がその尻ぬぐいをする。


 主人公はその過程で割とおこぼれに預かって得をするが、スノウ本人は損するばかり。


 そんな役回りのキャラが、順当に帝位争いに勝利できるわけもなく。プレイヤー人気は高いが、『皇帝の器ではない』『大人しく嫁に落ち着いてくれて安心』『小物界の大物』と色んな意味で評判のキャラなのだ。


 ということで、俺はゲーム通り『自演のためのアーティファクトを盗みだすために宝物庫を訪れた』スノウを、夜中の学院の廊下で発見していた。


 ……改めて考えると、本当にひどいなこいつ。皇女の行動では間違いなくない。


 しかし、こんな窮地でもやり返すだけのずる賢さはあったらしい。


「と、というか! あなたこそ何故こんなところにいるのですか! 私は第二皇女ですから!? 宝物庫を漁ろうとしていたとしても盗人ではありませんが。あなたは何の言い訳もありませんよね!」


「つまり、宝物庫を漁ろうとしていたんだな」


「うぐっ、わ、私の話はしていません! あなたの話をしています!」


 論点ずらしを使う割に相手に論点ずらしさせないの、詭弁が得意と言う感じがして良い。小物感マシマシだ。


「まぁ俺は最近夜にこの辺で物音がして不気味、という頼みごとを受けて調査しているだけなんだけど」


「う、ぐ……ハッ! そうだ! 何故敬語を使わないのですか! 不敬ではありませんか!」


「俺は宝物庫を夜に漁る者を皇族とは認めない」


「う、うぅ、うぅぅう……!」


 様相は完全論破の形に落ち着きつつある。そこで、氷鳥姫は叫んだ。


「う、うう、うるさいです! 私にだって、私にだって事情はあるんですからねっ!」


 言うだけ言って、スノウはわーっと走り去っていった。ゲームではちゃんと見たイベントだが、目の当たりにするとこんなにも強引だとは。


 とはいえ、これで布石は打てた、というところだろう。俺は息を吐いて、「今日はもう寝るか」と寮に戻る。


 ちなみに俺に見回りを頼んだ人なんてものは居ない。ゲーム知識である。ふはは。











 さて翌日のこと。俺はスノウを探して庭園周辺をうろうろしていると、お付きのメイドのみを傍において、スノウはサンドイッチを頬張っていた。


 俺は、そこに近づいていき、スノウの隣に座る。目を丸くするメイドさんに軽く微笑んでいなし、そしてスノウを見た。


「―――何ですか、今になってやっぱり意見を翻したなどと―――」


「何の話かな?」


「ッ!? あ、あなたは昨日の!」


 何者かと間違えられていたらしく、スノウは俺だと認識すると目を剥いてのけぞった。その百面相に、俺は笑ってしまう。


「ハハハッ。やぁどうも、昨日ぶりだね」


「きっ、昨日ぶり、じゃありません! 何が目的ですか!」


「随分な物言いだね。その後はちゃんと寮に帰れたかなって言う臣下の心遣いだっていうのに」


「う、ぐ……」


 スノウはそれだけで完全に言葉を詰まらせてしまう。うーんあまりにザコい。


「そっ、そうですか! ならば安否確認は出来たでしょう!? 早々に立ち去りなさい!」


「そんな冷たいこと言わないでおくれよ。俺と殿下の仲じゃないか」


「何の関係もありませんよね!?」


 俺は主導権を握りつつ、気になったことを尋ねる。


「しかし、随分寂しく昼飯を食べてるんだね。噂では取り巻きに囲まれて食べてるって聞いてたけど」


 その言葉を皮切りに、スノウは言葉を失った。元気に言い返してくる今までの様子とは打って変わって、言葉を失って俯き加減にサンドイッチに口をつける。


「……アレ、なんか変なこと言ったかな?」


「いいえ、順当な質問かと思います。……あなたは、本当に何のために来たのですか? 私を笑いに来たのですか?」


「……」


 俺はその雰囲気に尋常ならざるものを感じ取る。


 本来、スノウは小物とはいえ帝位争いをするような皇族の一人だ。取り巻きも多く、昼食時は取り巻きたちと食事をとるのが普通。


 今日は偶々いないものかと思っていた。だが、そう言う雰囲気ではなかった。それは、ルーンブレイドというゲームが正史であると考えるならば、と判断せざるを得ない。


 となれば、ここで必要なのは真摯な態度だ。


「申し訳ない。茶化すようなことじゃなかったみたいだ。一つ弁明させてもらうなら、俺はスノウ殿下に何があったのか知らない。本当に、あの後が気になったから来ただけだ」


 俺は前置きをしつつ、前のめりで続ける。


「その上で、聞かせて欲しい。スノウ殿下、あなたの身に何があったんだ? これでも貴族だ。皇族たるあなたの臣下だ。もし困っているなら、あなたの手助けをさせて欲しい」


 俺が言うと、スノウはくしゃと顔をゆがめ、「急に真面目になるのは、ズルいです」と涙をこぼした。

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