第50話 獣の勇者の隠し工房

 籠の中で、謳い鳥が鳴いていた。


「―――ケダモノと呼ばれた勇者は、断崖に工房を隠す。飼うは魔獣、育てるは呪い。魔獣は呪いを食んで育まれ、そして最後に勇者を食らった―――」


「アタシ、謳い鳥嫌いなんだよね。外見が不気味でキモイから」


「それはそう」


 俺は籠の中でわびしく歌う人面鳥を一瞥しつつ、先へと進む。


 足を踏み出すたびに、石畳と氷の鎧が音を立てた。洞窟然とした隠し工房は、奥へ奥へと音を反響させる。


「ここで出てくる敵ってどんなだったっけ。全然覚えてない」


 シュゼットの問いに、俺は答える。


「謳い鳥がケダモノとか言ってたし、確か魔獣系の敵だったと思う。ちょうどほら、あの毛むくじゃらで、肋骨が飛び出てて、真っ赤な目の……」


 俺が言った通りの魔獣が、視界の先に居た。ただし、そのすべてが檻の中に囚われている。


 捕獲された魔獣たちは、俺たちを見つけるなり、一心不乱に吠えだした。わーうるせ。しかも動物園みたいな臭いするし。くちゃい。


「そうか。捕獲されてるから、今は出てないのか」


 俺が言うと、シュゼットはポンと手を打った。


「あー、思い出してきた! ボス前の扉が閉ざされてて、ボスへの道とは別に横道があって、横道の一番奥のレバーを引くと、ボスへの道が開くけどここの檻も全部開いちゃう奴だ!」


 言いながら、「安全な今の内にサクサク殺しちゃおーっと」とシュゼットはデウス・エクス・マキナを取り出して振りかぶる。


 その後ろから、俺は声をかけた。


「そうそう。それでアレだろ? 檻の中に居る内に殺すと、自由を奪われた状態で殺された恨みで数倍強くなって復活する」


「……やめとくね?」


「賢明だね」


 そっと矛を下ろすシュゼットだ。ちなみに俺はそれで結構痛い目を見た(1敗)。


「じゃあ、とりま横道に進む?」


「そうしようか。……アレだな。何があるか思い出せるかなって記憶探ってるんだけど、全然思い出せないね」


「そんなもんじゃない? アタシもあんまり覚えてないし」


「『成れ果て』とか『遺し謎』とかは割と覚えてるんだけど、隠し工房ってボスくらいしか覚えてないんだよなぁ」


 腕組み唸りながら進む。大扉。この先がボスの『獣の勇者の忌み獣』につながる道だ。忌み獣を倒すと、今回狙っている武器が手に入る。


 そして横の道を見ると、石畳の連なる先に闇があった。実に雰囲気がある。俺はシュゼットと目配せし合って、ひとまず進むことにした。


「流石に暗いな。明かり……あ、持ってくるの忘れた」


「アタシ携帯ランタン持ってきたからそれでいい?」


「お、助かる」


 シュゼットが腰の携帯ランタンを点す。ボォ……とぼやけた明かりが、曖昧に闇を照らした。


 俺たちは武器を担いで進む。石畳は神経質なまでに整理されて敷かれている。その途中で、横穴。俺は盾を構えながら横穴を覗き込む。


「グルァ、ギャイン!」


 案の定横から飛び出してきた魔獣は、氷の大盾に弾かれて怯む。そこに俺は隙を見出して、上から氷の槍で刺し潰した。


 魔獣が粒子となって消える。俺は魔獣を固定していた鎖の根元に落ちていたアイテムを拾った。


「お、装備品じゃん。『獣の勇者の忌み仮面』か」


 確か筋肉量上昇効果があったはず、と早速頭鎧を外してつけてみる。


 それは額から鼻先までを覆う、毛むくじゃらの仮面だった。基本灰色の狼といった雰囲気だが、赤い模様のように毛の色が変わっているところがあって、格好いい。


「どう? 似合う?」


「えーカッコいー! 似合う似合う! いいね、それで仮面舞踏会とか出よーよ」


「やったぜ。んじゃ全裸脳筋のときはこれだけ付けよ」


「そ、それはちょっと一考の余地があると思うなぁ~。変態臭がだいぶ増すというか」


 シュゼットは冷や汗を流して俺に言う。だがもう遅い。俺はもう心に決めてしまったのだ。これを着てお洒落さんになると。


 だが脳筋装備でもないのに全裸になるメリットはない。俺はファッションショー開幕を見送りつつ、先へと進む。


 扉があったので開くと、中にはゴロゴロと骸骨が転がっていた。やっぱ思わせぶりだなぁとワクワクしつつ、俺は椅子に拘束された骸骨からアイテムを拾う。『呪言の喉仏』。


「何拾ったの?」


「ん? 呪い系の武器を鍛えるときの消費アイテム」


「ふーん」


 俺はアイテムをポッケにしまいつつ、キョロキョロと周囲を探る。


「何か敵とかいないか?」


「んー、骸骨が起き上がってくるかな、と思ったけど、今のところその様子はないかな。……あ!」


 シュゼットは何か思いついた、というような声を上げてから、こちらに小走りで抱き着いてくる。


「あーん♡ シュゼット、ここ怖ーい♡ ゴット、守って~♡」


「え?」


「素で首傾げないでよ」


 ジト目で俺のことを見つめてくるシュゼット。俺は唇を尖らせて言い返す。


「いやだって、レベル500超えが何か言ってると思って……」


「んんんんん、言い返す言葉が見つからない!」


 その時、奥の方から影が現れ、一瞬の内に俺とシュゼットは臨戦態勢に入る。


 その影は、シュゼットの推測通り、骸骨のようだった。二足歩行で足に鎖をつけていて、人間のスケルトンかと思ったが、違う。


 魔獣の骨格。それが、人間のように二足歩行で立っていた。一瞬獣人を疑ったが、そう言う感じでもない。明らかに二足歩行の体勢に無理がある。


「そうだ、こんな感じの敵だったな」


「思い出したよ。当時は結構強かったんだよね」


 二足歩行の魔獣のスケルトンは、カクカクと顎を威嚇のように打ち鳴らす。姿勢を低くし、今にも襲い掛かって来そうだ。


 跳躍。


 スケルトンは小柄な少女であるシュゼットを与しやすしと見たのか、一息に距離を詰めて襲い掛かってきた。それに俺は「あーあ、ご愁傷様」と呟く。


 シュゼットは呟いた。


「走れ、デウス・エクス・マキナ」


 機構剣を構え、シュゼットは踏み込む。合わせは完璧だ。振りかぶった一撃はもう止まらない。歯車は回り、噛み合い、ルーンを形成する。


【光波】


 清浄な光を纏ったデウス・エクス・マキナが、スケルトンを薙ぎ払った。スケルトンは一撃で吹き飛ばされ、続いて放たれる光の波に多段ヒットを受けて壁まで追いやられる。


 そして最後には、爆散した。骨をまき散らし、硬質な音を立てて動かなくなる。


 そして粒子となって消えていく様子を見て、シュゼットは得意げに笑った。


「やー、やっぱレベル差がモノを言うんだよね。こういうのって」


 機構剣デウス・エクス・マキナを肩に担いでニヤリとするシュゼットは、何度見ても、主人公の風格を有していた。

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