第95話 勝ち戦にのる者、のらない者。

そんな時でしたわ。

酒屋のバグさんが小さな声をボソリと呟かれました。



「バグさん、お話をどうぞ」

「ああ、俺だって酒を売りたい。それも、良い酒をだ。だが道具屋からの圧力と酒場との圧力が強すぎて、酒を売ることも出来ねぇ。なぁ、ダンノージュ侯爵家のアンタ達は、俺に酒を売らせてくれるのか? もっともっといい酒を俺は知りたい」

「良い酒……? 無論此方にありましてよ――!」



そう言うとわたくしは鞄から昨夜作ったばかりの箱庭産のお酒を取り出しましたわ!

それには皆さんもビックリ。酒屋のバグさんもビックリしてますわね!



「バグさんが道具屋と手を切り、我が侯爵家の傘下に入ると仰るのでしたら、この限定品の箱庭産のお酒、お店に卸しますわ」

「限定品の箱庭産……」

「こちらにもあるでしょう? ウイスキーとウォッカ。聞いたことありませんこと?」

「そりゃ聞いたことあるに決まってるだろ! だがとても高くて手が出せねぇ……。限定品か? 美味いのか?」

「此れを飲んで、貴方がアチラと手を切る覚悟が出来るなら飲ませますわ」

「良い酒なんだな?」

「ええ、最高級と言っても過言ではなくてよ?」

「「「「最高級の酒」」」」」

「酒場で出す安酒とは違いますわ。バグさん、飲まれます?」



そう言うと、わたくしは鞄から透明の小さなコップを取り出し、中に丸い氷を入れると綺麗な音が響き、そこにライトさんがお酒を入れていきますわ。

量は少なめ、ロックで頂いて欲しいですものね。



「アルコールはキツメですけれど、どうぞこの二つをお飲みになって」

「お、おう!」



そう言うと皆さんが物欲しそうにしているのを無視してバグさんの様子を伺うと、バグさんはチビリ、チビリと酒を舌で、喉で味わい、暫く無言になったまま震えると――「美味い……っ」と口になさいましたわ。



「美味しいでしょう? 箱庭産のウイスキー。こちらはウォッカですわ。火がつくほどのアルコール度数ですから気を付けてくださいませ」



そう言うとウォッカの方も飲み、暫く震えた後「カ――!! うめぇええ!!」と叫ぶと、目を爛々とさせてわたくし達を見つめましたわ。



「最高級の酒だな!」

「もう少し畑が大きくなれば、違うお酒も出来るんですけれど、まずは二つ。これで酒場とやり合えるんじゃなくって?」

「出来る。こいつなら絶対に勝てる! 俺はアッチとは一抜けだ! こんな美味いもんがあるのに黙って圧力掛けられたままでいられるか!」

「「「「バグ!!」」」」

「あらあらまぁまぁ。これでは肉屋と酒屋の一人勝ちになってしまいますわねぇ。他のお店はやる気がありませんし、あ、寝具店と洋服店はアチラと手を切るのであれば、素晴らしい商品を売る権利が与えられますわ」

「「くっ」」

「あなた方、よくお考え為さい? 商売とは喰うか食われるかですわよ? あなた方は既に一度喰われておりますわ。それも不当に、不正に。あなた方が負けたことにより、ダンノージュ侯爵領は停滞して変化がない……。でも? あなた方が今度はアチラを喰う側になったら……どうなるかしら?」

「「「「「!」」」」」

「わたくし、負け戦はしませんの。ね? カイル」

「俺達は負け戦をするくらいならこの商店街を買わないな」

「そうですね、私もそう思います」

「アタシも以下同文。結局、負けなきゃいいんだよ、負けなきゃね。でも、既に心で負けちまってる奴は出て行って貰って結構さね。だろう?」

「ええ、その通りですわ。負けたままで良い、このままでいい方は是非お店を捨てて辞めて貰って結構ですわ」

「俺はこの街にいられなくなったりしたら困るからアンタ達とは手を組まねぇ。商店街は好きにしな」

「では飲食店はコチラで何とかしますわ。他のお店はどうですの?」

「俺もアイツらとはもうやり合いたくねぇ……店をやめる」

「八百屋もこちらで何とかしますわ。他の店はどうなんですの? 時間は有限ですのよ? 時は金成。早くお決め為さい」



そう言うと、寝具店と洋服店の二人は顔を見合わせ頷くと、こちらに付くことを決めましたわ。

他、酒屋のバグさんは無論アチラと手を切る事で合意。その日の内に商業ギルドで手を切る手続きが行われましたわ。

無論寝具店と洋服店のお二人も同時にアチラと手を切る手続きに入り、肉屋のジュダーノさんは腕を組んで目を閉じておられます。



「どうなさいましたの? ジュダーノさん」

「……勝てる戦か?」

「負けるとお思いで?」

「いや、ダンノージュ侯爵家の傘下ともなれば、向こうだって必死になるか手を引くかのどっちかだろう。ダンノージュ侯爵領が停滞したのは俺達の頑張りが足りなかったからだ。それに俺の店一つじゃ皆を纏めることは出来なかった」

「俺だって酒の仕入れ先を抑えられちゃ仕事ができねえ。だが次からは違う。俺の店はダンノージュ侯爵が出したい酒を出す。あんた達専属だ。それに美味い酒には冒険者は必ず飛びつくからな」

「寝具店も洋服店も、仕入れ先を抑えられるとどうしようもなく……」

「広い店内なのに売るものがない日々はもう嫌だ」

「安心してください。死ぬほど忙しくなると思うので、覚悟した方が良いですよ」

「属国となった方では、商業ギルドから各店舗5人程ヘルプで急ぎ雇いましたっけ」

「そうしないと店がパンクしそうだったからな。店員3人じゃ絶対過労死するぞ」

「「「「そんなに」」」」

「さ、ダンノージュ侯爵家の傘下に入る手続きも終わりました事ですし、色々話したいことがありますの。聞いてくださる?」



そう言って話を切ると、4人はゴクリと唾を呑み込んでわたくし達と向かい合いますわ。



「まず、アチラを油断させるために一週間店は閉めて頂いた方が良いですわね。あ、肉屋さんはそのまま経営しててくださる? 明日には各店舗にポスターを貼りたいからそちらを商店街のあちこちに入ってくださると嬉しいわ。それと、わたくし箱庭師なんですけれど、そちらとの入り口を各店舗に作りますわ。そして各店舗に二人ずつ、うちから店員を寄こしますけれど、その方々しか箱庭には入れませんわ。神殿契約で決まってますの」

「神殿契約なら仕方ねぇな」

「ああ」

「空き店舗についてはコチラで人を雇いますわ。神殿契約させましょう」

「そいつはいい。あっちは絶対何かしら仕込んできやがるだろうから、破ったら激痛なんていい気味だ」

「それで、空き店舗には何を入れるつもりなんですか? 道具店は分かったんですが」

「魚屋、料理屋は入れますわ。周辺もみましたけれど此方は庶民地域ですわよね?」

「ああ、鍛冶屋やらなんやらで働く奴らで一杯だ」

「料理店については案がわたくしの中で出ましたわ。では次にバグさん。貴方の店でやって欲しいことがありますの。お店は広いでしょう?」

「お、おう」

「角打ちっぽいもの、やりませんこと?」

「角打ち??」



聞き覚えのない言葉だったんでしょうね。

わたくしは笑顔で「ええ、角打ちっぽいもの」と言うと、説明を始めましたわ。



「お酒は用意しますわ。けれど、美味い酒って誰だって飲みたいですわよね? そこで、店の一角でお酒を少しだけ立ち飲みできるスペースを作るんですの。飲むのは一人に付き、決められたコップ2杯まで。仕事帰りの男性客やお酒が欲しい女性客をターゲットにしたらどうかしら」

「確かに職人は冒険者の多い酒場にはいかねーから、ありかもしれねぇ」

「でしょう? 角打ちっぽいので飲む分の代金は、一人銅貨10枚で回すの。お酒が丸ごと欲しい人には売ると良いわ。まずは味を知って貰わない事にはね」

「確かに……良い酒でも味が分からなきゃ売れないな」

「テーブルはわたくしが用意しますわ。座られては居座られてしまいますもの、回転が命でしてよ」

「なるほど」

「でも、ある程度の情報は聞き出してくださいませ。道具屋の動向やこの領の事をね」

「ははは、情報屋の真似事か? だが面白れぇ。やろうじゃないか」



本来角打ちは会話を楽しむものですけれど、今回はそう言うものはしませんわ。

あえて回転をよくすることで、スピーディーに情報を流さないと。



「まずは一週間、用意に一週間頂きますわ。勝つためには多少時間は必要ですもの」

「ダンノージュ侯爵家は怖いねぇ」

「いや、反対に頼もしいぞ」

「俺の婚約者の商売が頓挫したことは今まで一度もありませんよ」

「「「「でしょうね」」」」

「食い殺す気で行きますわよ。皆さん付いて来てくださいませ!」

「「「「おう!!」」」」



こうして、傘下に入った方々もこれ以上負けたくない気持ちが強かったらしく、ダンノージュ侯爵家の傘下に入ったという神殿契約を行いましたわ。

此方を信頼して頂いたという事でしょうね。

後はコチラでアレコレ決めることはありますけれど、何とでもなりますわ。

オープンまでの一週間の間に、全て出来るところはやりますわよ。

では続いて、皆さんがお帰りになった頃合いをみて入ってきたギルド職員との会話へと移りましょう。


どんな人材が来たのか見極めなくてはなりませんわね!

楽しみですわ!!




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お越しくださり有難うございます。

本日も一日三回更新です。

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