第59話 追い詰められたリディアと、追い詰めたカイルの攻防戦。

雪の園の方々とカイルがお会いした時、初めてカイルの好きな人を知りましたの。

それがまさか、自分だとは夢にも思いませんでしたわ。


『――愛する彼女』


そう言って柔らかい笑顔を見せるカイルに、その日の夜はカイルを見るたびに「ひあああああ!!」と叫んで逃げまくりましたが、道具店サルビアが休日の現在。わたくしはカイルにガッツリと捕まっておりますわ。


何故かって?

それは――。



「リディア、いい加減俺をみたら逃げるのを止めてくれ!」

「ひあああああ!!」

「そんなに俺が嫌なのか? 悲鳴を上げる程嫌なのか!?」

「ひええええぇぇぇ!」

「だがもう遅い! お前が悲鳴を上げようが何をしようが、絶対に逃がさないからな……」

「お助けをぉぉぉおおお!!」



箱庭の誰かに助けを求めても、柔らかい笑顔で去って行くのみ。

わたくしはカイルに抱き上げられると逃げ場を更に無くしてしまいましたわ……。

ズンズン進むカイルにドナドナされてやってきたのは、箱庭でも美しい波の音のする砂浜でした。

顔を真っ赤に染めて生まれたての小鹿のように震えるわたくしに、カイルは逃がさないとばかりに膝の上に座らせて、ガッチリホールドされましたわ!



「どうしたんだ? 存分に面白がるんじゃなかったのか? ん?」

「カ……カイルの好きな相手がわたくしとは思いもしませんでしたもの!」

「周囲にはバレバレなくらい、俺はお前にガンガンいってたと思うが?」

「好きな相手への練習だとばかり!」

「へぇ……」



胡乱な目でジッと見つめられると、今度は目まで逃げられないっ!



「お前、俺からもう逃げられると思うなよ?」

「ヒィ!」

「まさか、俺が嫌いなんてことはないよな?」

「滅相もありませんわ!」



ここで返事を間違えれば、多分命が危ないと判断しましたわ!



「じゃあ……好き?」

「うう……」

「……どっち?」



耳元で囁かれると腰が砕けそうで、ヘナヘナとカイルの胸の中にスッポリ入ってしまいました……。嗚呼、逃げ場がない場所でこんなこと……!



「……リディア? どっち?」

「心臓が爆発しそうですわ……っ!」

「俺は返事を聞きたいんだけど?」



そう言って耳を触ってくるカイルが憎たらしい!!

プルプル震えるしかないわたくしではダメだわ! 反撃……そう、反撃しないと!



「カイルは何時からわたくしが好きでしたの!?」

「一目惚れって知ってる?」

「ヒトメボレ」

「そう、自分の身体を魔付きになったから身売りしにいこうとした俺に、怖がりもせず手を差し伸べた時から」

「~~~!!」

「その時から、俺の心臓はもうお前のモノだったんだよ?」



ウットリとした表情で、至近距離で顔を撫でながらそう言われると、目を反らして顔を真っ赤にするくらいしか出来ませんわ……。

生前は彼氏いない=年齢のまま亡くなり、こちらの世界でだって恋愛経験も全くないまま、本当に箱庭に引き籠って生活してきたわたくしにとって、まさに未知の領域!

世の女性達はどうやって恋愛してますの!?

皆さん恋愛と言うナニカと戦ってますの!?

どうやったらこの場を逃げることができますの!?

嗚呼……どこかに先輩がいるのなら教えて頂きたいですわっ!



――カイルから逃げるにはどうしたら宜しいんですの!?



「こんなに心からリディアの事を想ってるのに、リディアは俺の事を無視して考え事?」

「ひぁ!」

「随分と余裕があるんだな? 俺は何時も余裕が無くて、どれだけお前を箱庭に閉じ込めておけるか大変だったのに」

「と……閉じ込めておける?」

「そう、リディアが外の事なんか気にせず、俺の事だけを想って、ず――っと箱庭で過ごせるように、どうやったら出来るかなって、毎日毎晩考えてたのに……。リディアは随分と余裕なんだなぁ……。俺の事、本当に好き?」

「えっと……閉じ込め、」

「好き? 好きなの? どうなの?」

「カ……カイルはわたくしの事を閉じ込めておきたいくらいに好きなんですのよね?」



何とかそう問いかけると、カイルは一瞬キョトンとした表情をなさいましたけれど、直ぐに「そうだよ」と笑顔で答えられましたわ。

――なるほど。

カイルはわたくしを一生外の世界に出さず、箱庭で過ごして欲しい程に……引き籠っているわたくしの事が大好きですのね?



「それは、引き籠りであるわたくしが好きと言うこと?」

「ずっと引き籠っていていいんだよ。外に何て出なくていい。他の男にリディアをみられると、胸がモヤモヤして相手を殺したくなるんだ。それを理解したから二度と外に出なくていい。本当に仕方なく用事があるときだけなら許すけど、ずっと箱庭に引き籠って笑っていてくれればいいって思ってるよ」

「カイル……」



引き籠りのわたくしがそこまで好きだなんて……。

そうよ、お外に出たら何かと色々ありますものね。

箱庭の中は快適ですし、外の世界が見たくなったら池鏡でなんとでもなりますし、外に出る理由がありませんわね。

店の全てはカイルとロキシーお姉ちゃんがしてくれますし……あら? そう思ったら、カイルの言う引き籠りのわたくしが好きって……わたくしにとってもかなり良い話じゃなくって?

それなら――。



「今後も引き籠ってて宜しいのですわよね……?」

「そうだよ?」

「でしたらわたくし、カイルに好きになって貰って良かったですわ!」



思わぬ発言だったかしら?

カイルは目を見開いて驚いてますわ。



「お外は危険がいっぱいですものね!」

「ああ、とても危険がいっぱいだ。下手にリディアが他の男に微笑んだら、次の日にはその男は冷たくなっているかもしれない程に」

「命は大事ですわね。分かりましたわ……わたくしがカイルだけの存在になって、カイルがそれで満足して、誰の命を奪う事無く、今まで通り平和に纏まるのでしたら、わたくしはカイルのものになりますわ!」

「なんか、取引みたいじゃないか? それって本当に俺の事を好きだって言ってるつもり?」

「まだ好きとか嫌いとかはイマイチわかりませんの」

「え?」



もう、此処まで来たら本当のことを伝えた方が良いですわ。

逃げるから余計カイルが黒くなったのですわよね?

黒カイルより白カイル。

ブラックカイルよりホワイトカイル。

そう、白い清いままのカイルに戻さねばなりませんわ!!

ならばわたくしに出来ることは、本当の気持ちを伝えるだけ!!



「ですから、カイルがわたくしを女にしてくださいませ!」

「は!?」

「出来れば今すぐに! 早急に!!」

「ま……えっ!?」

「大人の女性に進化させてくださいませ! さぁ! さぁ!!」

「そう言うのはもう少し順序があって」

「順序なんて勿体ぶらないでくださいませ! カイルがわたくしを女にして下さるんでしょう? やり方は任せますわ!!」

「ヤリ方ってっ!」

「恋する女になるには、外でなれますの? 中でなれますの!?」

「ストップリディア、落ち着こう。ちょっとお互いに落ち着こう」

「わたくしは落ち着いてますわ! カイルの方が心臓なんか爆発しそうですわよ? どうしましたの?」

「あ、ああああ……!! ……うん、本当にもう俺の好きになった女は本当にもう!!」



何故かしら。

カイルが顔を背けて雄叫びを上げてますわ。

あら? でも元の普通の白カイルに戻ったんじゃん無くって??

これは大分黒い部分が落ちたんじゃないかしら!?



「リディア!!」

「はい!!」

「俺はお前が好きだ! 女にだってしたい!」

「はい! では今すぐに!」

「でも今すぐはダメだ! 何事も順序って言うものがある!」

「そうでしたのね!?」

「そうだとも! まずはお互いの事をもっと理解して抱きしめ合ったりキスし合ったり……もっとこう……スキンシップを増やそう! まだヤルのは早い!」

「まあ! わたくしったら……順序をすっ飛ばそうとしてましたのね!」



恋愛初心者ゆえに、ちょっと間違った話をしてしまったのね。

恋愛には色々複雑な問題がある事をスッカリ忘れてましたわ……。



「順序……まずは二人でデートする回数を増やそう。そこから始めよう、な?」

「そう……ですわね。順序があるのでしたら、カイルの指示に従いますわ」

「じゃあ決まり事その一。出来るだけ休みの日は二人で箱庭デートする事。外デートは禁止な」

「質問ですわ。お外にある有名なお菓子が食べたい時はどうしたらいいんですの?」

「俺が買ってくるから箱庭で待っててくれるよな?」

「お外は危険ですから、箱庭の中でちゃんと待ってますわ!」

「偉いぞリディア」

「うふふ!」

「そのニ、寝る前はキスをしよう」

「頬からのスタートでも宜しくて?」

「ああ、リディアが大人になる為にも順序良く、テンポよく、頬からキスを始めよう。じゃあ次、その三! いっぱい抱きしめあおう。沢山沢山抱きしめあって愛を深めよう」

「分かりましたわ。つまり三は何時も通りにと言うことですのね?」

「そう、何時も通りだ」

「カイルがそれで喜んでくださるのでしたら沢山しますわ!」

「理性が保たれる程度で頼むな?」

「あなたの理性の加減なんてわかりませんわよ?」

「あ、うん。俺がエスコートするから大丈夫だと思う、うん」

「分かりましたわ!」



良かった……何時ものホワイトカイルと言うべきか、白カイルと言うべきか。

本当に何時ものカイルに戻りましたわ!!

わたくしも分からない事は、逃げずに素直に聞けばよかったのね。

これからは黒いブラックカイルが出ない様に気を付けねばなりませんわね。



「ではカイル、恋愛初心者過ぎるわたくしですけれど、呆れながらでもいいので、末永く大事にして下さいませ」

「ああ、末永く、来世でも一緒にいような」



死んだ後の事まで約束事に入りましたわ。

これが普通の恋愛なのかしら?

世の男女は凄いんですのね。



「分かりましたわ。来世でも一緒にいましょうね」

「ああ!! リディア!! 本当に嬉しいよ!!」

「グエェッ!」



思いきり抱き締められ、潰れたカエルのような声が出てしまいましたけれど、丸く収まって良かったですわ。

でも、これでわたくしも彼氏持ちと言う事?

あら、あらあらあらあら?

それだけでも大人の階段のぼったんじゃなくって??



「今日は記念日ですわね!」

「ああ、記念日だ!」

「お祝いしましょう!」

「そうしよう!」



そう言うとわたくし達は立ち上がり、その後皆さんのいる居住エリアにてお付き合い始めました報告をすると、拍手で祝われましたわ!

今日は御馳走ね!

これからは、ブラックカイルが出てくる前に、対処しようと心に決めたそんな日でしたわ。




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本日も安定の一日三回更新です。

どうぞよろしくお願いします(`・ω・´)ゞ

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