第60話 お互いに生きて戻る為に、ただいまを言う為に。

――雪の園side――


炎のダンジョンを紅蓮の華がため込んでいた聖水も使いながら鎮静化すること二日。

大量にため込んでいた彼らの聖水のお陰で、随分とダンジョンも鎮静化することが出来たが、油断が出来ない状況は今も続いている。

それまで聖水で鎮静化していたのは、あのサラマンダーの居る部屋の前までのエリアであって、暴れ狂うサラマンダーにはまだ、涙を返すことが出来ていないからだ。


そしてついに明日――私たちは朝の露のメンバーと共にサラマンダーの居る部屋へと入る。

今日は雪の園が使っているメンバー限定の家に、明日を前にして落ち着かない朝の露メンバーを誘い、決起集会と言うべきか……取り敢えず明日に備えて頑張ろうと言う気持ちを話し合う為に集まった。



「明日はついにサラマンダーの居る部屋だな」

「ああ、今日は酒は控えておこう。明日は万全な状態で挑まないと、申し訳が立たないからな」

「ははは、誰の事に対してだよ」

「そりゃ~私たちの帰りを待ってくれている、とある店の人たちの為だよ?」

「ナナノも」

「ハスノも」

「「帰りを待ってくれてる人たちの為に頑張ってくるっていった」」



朝の露のリーダーであるノイルは驚いたように目を見開き、弓士のハーレスは興味ありげに此方を見て、時魔術師であるジュノは、無言で私たちを見つめていた。



「なになに~? 俺達にもその店紹介してくれないの~?」

「生きて帰る気概がないなら知らない」

「でも、生きて帰るって思うなら紹介するのもやぶさかではない」

「だそうだよ、レイス」

「無論、生きて帰るさ。ここにいる皆でね」

「大きく出たなこりゃ!」



そう言って笑うノイルは、少々無理をして笑っているようにも見えた。

それもそうだろう、私でも死に行くのだと思っていたのだから、朝の露のメンバーだってあの時の私たちと同じだろう。

ここ二日、彼らの装備やアクセサリーを見ていたが、最低限の護符やアクセサリーは持っていたが、あのサラマンダーと戦うには心許ない。

頼りである時魔導師のジュノがやられれば、総崩れになるのは目に見えていた。


王国騎士団の奴らは、サラマンダーの居る部屋には入らない。

扉の前で、仮に私たちがやられた後、部屋からサラマンダーが出てきた時の為に待機だそうだ。


つまり……誰も私たちを助けることはしない。

国から出た依頼は、『死んで来い』だったのだから。

そうでなければ、依頼達成後に貰える報酬が、一生遊んで暮らせるだけの額が出る筈が無いのだ。

だからこそ、無駄死になんかしない。

生きて帰って、あの店に戻るんだと決めている。

そしてその時には――……。



「でも、最低限の装備やアクセサリーで、サラマンダーは倒せるもんかね。倒せないにしろ鎮静化できるものかねぇ」

「涙を台座に返すことが出来れば鎮静化はする」

「そうだけど……その間にお前たちだって無事じゃすまないだろう? 身代わりの華があったって、全部散るのが目に見えてる。助かったとしても五体満足で帰れるとは俺達は思えない」

「帰れる為に、あの人たちは俺達に託した」

「何をだよ」

「今から朝の露のメンバーに、あるアイテムを渡す。だが他言無用だ。生きて帰りたいだろう?」

「だから何をだよ!」



イラつくイルノに、アイテムボックスからカイルから受け取った『神々の護符』をジャラリと取り出して机に置くと、朝の露のメンバーはヒュッと息を呑み、震える手を伸ばそうとした。

そう――彼らにしてみれば、生き残れる確率が格段に上がるアイテムだ。

それは私たちにとっても同じこと……。



「レ……レイス……おま……コレ」

「この15枚の『神々の護符』は、私たちが懇意にしている道具店の店主からの心から【帰ってきて欲しい】と願う気持ちだ。そしてこの15枚は、朝の露のメンバーで5枚ずつ持っていて欲しい」

「レイス」

「レイス様」

「……宜しいのですか? 神々の護符はとても高いと聞いていますが」

「生きて帰ってきて欲しいと願い、用意してくれた店主の気持ちを、君たちだって無下にはしたくないだろう?」



そう言うと、朝の露のメンバーは強く頷きあい、一人5枚ずつ受け取ると私たちを見つめた。

言葉を待っているんだろう。だが、あのカイルの言葉を思い出すと、笑みと同時に涙が出てくる。



「ただの一介の冒険者だ。私たちは皆、その辺にいる冒険者と変わりはない。だが、道具店サルビアの店主は、得難い人達だと言ってくれたよ……。帰ってきて欲しいと、言ってくれたんだよ」

「「「………っ」」」

「私は死ぬつもりだった……。まさか王命で、遠回しに『死んで来い』なんて言われたら、生きる気力だって失ってしまう。だがそうじゃないんだ。そうじゃなかったんだ。あの店の皆は、私達を生かそうとしてくれた」



本当は、朝の露のメンバーにもエリクサーを渡したかったんだと思う。

本当は、朝の露のメンバーにも、奇跡のポーションを用意したかったんだと思う。

だが、知り合ってはいない。

知り合ってはいないが、もしバレたとしても、名前を出しても何とかごまかせる程度のアイテムを、冒険者の私たちでは今や手が出せないアイテムを用意してくれた。



「私たちは、生きていていいんだ。生きて帰ってきていいんだ。ただいまって言いに行っていいんだと思った時……私の中で色々潰されそうだった心が一気に軽くなったんだ……。サルビアの店主、カイルはこうも言っていたよ。『これからの未来を生きて欲しい』と……『また皆で笑い合いたいです』と。私にしてみれば、道具店サルビアこそが、あの店の皆こそが、得難い人だと思ったよ」

「なんか……スゲーな。その道具店サルビアってところはよ」

「ああ、凄いんだ。心がとても、温かくなる場所なんだ」

「ついでに言うと」

「秘密のアイテムが、あと二種類ある」

「私たちは絶対に死ななない」

「生きている限り死ぬことは無い」

「そいつはスゲーや!!」

「だが、本当に我々は死なずに済むのか?」

「「「それ程のアイテムを貰っているから安心して欲しい」」」

「どんなアイテムを頂いたんですか……そっちの方が怖いですよ」



心が軽くなったのか分からないが、朝の露のメンバーも瞳を潤ませながら、鼻を啜りながら軽口を叩けるまでには、胸の苦しさが取れたんだろう。

家に来た時は死相が出ていたのに、今やそんな影は一切無くなっている。

悲しみの涙が嬉しい涙に変わって、死ぬ事への絶望が、生きる事への希望に変わった。

それを成しえたのは――道具店サルビアのお陰だ。



「だが、くどい様だがもう一度言わせてくれ。絶対に道具店サルビアの名を出す事と、カイルの名を出す事だけはしないでくれ」

「分かった。わかってる。俺達を生かそうとしてくれる命の恩人を売る真似はしない。だが一つ約束しろ」

「何をだい?」

「――生きて帰ったら、俺達にもその道具店サルビアと店主を紹介しやがれ!」

「そうだそうだ!」

「ズルいですよ? そんな良い人と巡り合っていたのを黙っていたなんて」

「何を言うんだ? イルノは一度サルビアを訪れているだろう?」

「そうだっけ?」

「ほら、店に入ったら店主が冒険者に囲まれてただろう。付与アイテムを奪いに来た冒険者に」

「あ……ああああああああああ!!! あった、あったあったわ!!」

「「イルノ……」」

「いや、悪い、本当悪い! だから改めて紹介してくれ! 頼む!!」

「良いですよ。この依頼が終わったら、会いに行く約束もしてますしね」

「ナナノ、チョコレート用意して貰ってる」

「ハスノはバタークッキー。帰るのが楽しみ」

「もうなんだよその店主はよ――……優しすぎか!?」

「あのお店は全部」

「優しさと思いやりで出来てる」

「だそうだよ?」



そう言うと朝の露のメンバーは「何故早くに知り合っていなかったのか」と苦悩していたが、ソレはソレ。縁はそれでも私を通じて繋がったのだから良いじゃないか。



「この依頼が終わったら、一緒に行こう。朝の露の皆にも紹介したい」

「ありがたい! めっちゃありがたい!」

「俺も帰ったら……お帰りと言ってくれるだろうか」

「わたしも帰ってきたら、お帰りと言って下さるでしょうか」

「道具店サルビアの皆なら、心の底からお帰りなさいと言ってくれるだろうね」

「なら頑張らないとな」

「生きて帰って」

「お帰りなさいと言って貰いたい」

「ああ、頑張ろう。私たちは絶対に死なないし、多分死ねない」

「別の意味で怖い事を言うなよ」

「はははは!」



――こうして、通夜のような表情から一転、生きる事への気力が湧き出た朝の露のメンバーは、その後は私たちのメンバーとも楽しく会話をし、何より道具店サルビアの事を色々と聞いていた。


どんなアイテムを売っているのか。

どんな店員がいるのか。

雰囲気はどんな感じなのか。


話せば話す程、彼らは「絶対に生きて帰るぞ!」と言ってくれた。

言葉に出して言う事はとても大事だ。

言葉には言霊が宿る。

私たちの、未来へ向けての言霊だ。



「一日で終わらせるぞ」

「ああ、一日で終わらせよう。そして美味しい紅茶を頂きに行こう」

「俺達も飲むぞ。秘蔵なんだろ?」

「ああ、秘蔵の紅茶らしいよ」

「楽しみだ」

「ええ、とても」

「ナナノはチョコレートも楽しみ」

「ハスノはバタークッキーも楽しみ」

「「「「必ず生きて帰ろう」」」」



――ただいまを言う為に。そして……お帰りなさいを聞く為に。



◆◆◆



翌朝――。

雪の園のメンバーと朝の露のメンバーが、奴隷に堕ちた元紅蓮の華のメンバーを引き連れダンジョンへと降りて行ったと、冒険者の方から聞いた。

明日の朝、帰ってくるだろうか、いや、きっと帰ってくる。

だから、俺は俺に出来ることをしよう。

リディアの秘蔵の紅茶を用意し、チョコレートとバタークッキーを用意して待とう。

炎のダンジョンのある方角を向き、俺は深々と頭を下げてこういった。



「行ってらっしゃいませ! 御武運を!!」






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本日二度目の更新です。

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