第233話 箱庭に居続けるための条件と、裏切者のクウカ。
――カイルside――
リディアの箱庭に居続けるには、幾つかの決まりごとがあることが結婚指輪に掛かっている祝福で分かっている。
一つは、箱庭の神様であるリディに祈る事。
これは必須条件であり、感謝を伝えるだけでも違うようなのだが、残念ながら先のクウカには、これが出来ていなかった。
更に二つ目は、人の役に立ちたいと言う願いや思いやりがある事。
これも残念ながら……クウカには無かったようだ。
三つめは、リディアに感謝する事。
これは若干あったように思えるが、箱庭の神様であるリディに祈っていない以上、その気持ちも殆ど無かったのだろう。
この三つを守っていれば、箱庭の神様であるリディは守護を与えたり祝福を与えるのだが、ファビーの箱庭の有用性と城の御用達と言う目先の欲に捕らわれて出来上がったクウカの箱庭には、リディは祝福も何も与えなかった。
リディは人の欲――それも悪い方の欲望が嫌いだ。
それがクウカには全て当てはまってしまってたようで、リディは常に夢の中でクウカの事が嫌いだと告げていたのだ。
だが、一度預かった以上、しっかりと面倒を見るのは大人の役目であり契約でもある為、リディアはリディを宥めながらクウカと向き合ってきた。
そして、目先の欲に眩んだクウカは、やはりその道を辿った。
反対に、弟であるナウカはリディの祝福を貰う事が出来たのは、彼が己の欲よりも、人の為に尽くしたいと思う気持ちが大きかったからだろう。
クウカの今後は俺達が知ることは殆ど無いだろうが、一応城との繋がりを作った為、今後のクウカは俺達の手から離れ、アカサギ商店より城に派遣されることに決まったのは、先日の事だ。
そして本日、王都にあるアカサギ商店に赴いた際、店主のナギサは、塞ぎ込んだクウカを心配していたが、俺から言えることは殆ど無かった。
ただ、一言。
「クウカは、リディアの箱庭に選ばれなかったんです」
そう伝えた。
リディアの箱庭の事を詳しくまでは知らないにしても、素晴らしい箱庭であることを知っているナギサはクウカに対し怒りが沸いたようだが、それでもナウカはとても幸せに暮らしていることを伝えると、少し寂しそうに、それ以上に誇らしそうに「そうですか」と口にした。
「しかし、クウカは何でもそつなくこなす子でしたが……何がダメだったのか」
「彼は悪い子ではありませんよ。ただ、己の欲に忠実過ぎただけです」
「欲ですか?」
「ええ、商売人としては最適でしょう。ですが、リディアの箱庭では『ただの商売人』は生きていくことは出来ません」
「……そうですか。あの子には期待したかったのですが、見込み違いの様です」
「これからのクウカ次第ではありますが、彼が願って導いた箱庭を、自分の選んだ生き方で進んでいって欲しいと願っています」
「有難うございますカイル様」
そう伝えてアカサギ商店を出ようとした時、クウカが走り込んできた。
そして俺の前で土下座すると、もう一度箱庭に連れて行って欲しいと懇願したが――。
「君は君の意志を貫いた。その結果が箱庭にいられなくなる事であっても、後悔せずに突き進むと良い。君はもう二度と、リディアの箱庭には入る事は出来ないのだから」
「何でもします、何でもやります! 俺も何とかしてファビーの様な温泉を作らないと、きっとこの先生き残れません! どうか慈悲をお願いします!」
「駄目だ」
「カイル様!!」
「君が選んだ箱庭だ。君が自分の目先の欲に捕らわれて、他の者の良い所しか聞かず、結果的に君は……君が先にリディアを裏切っただろう?」
「―――え」
「リディアが君に託した本は、なんだったか思い出すんだ」
「えっと……温泉の本で」
「それだけか?」
「……怪我人への効能だとか、身体が弱っている人の為の効能だとか、色々書いてはありましたが……でも、それって温泉に、ファビーの様な温泉に入ればどれでも同じでしょう?」
「……リディアが何を思ってその本を渡したかもわからない内は、君はこれ以上成長することも、箱庭が成長することもない」
「そんな」
「被害者面をするな!」
「父さん!」
「他人の箱庭をコピーしてどうする! 自分の力で出来上がった箱庭を、何故卑下する!」
「だって……あんな中途半端な温泉なんて飽きられて終わりだ!」
「商売はやりようだ。そのファビーと言う女性の温泉ならば私も効能を聞いたことがある。疲労回復効果の高い温泉だと。お前はその効果のない温泉が出来た事への不満をぶつけるだけで、自分の何が悪かったのか理解できていないのだ!」
「………」
「自慢するだけの温泉ならばお前の今の温泉でも十分だろう。だが、他人の為を想った温泉はお前には作れない……それを今、目の前で見せられた気分だよ」
「何を……」
「カイル様、リディア様に申し訳ありませんとお伝えください」
「分かりました」
そう伝えると俺は席を立ち歩き始めたが、クウカは「何で」「どうして」を繰り返していた。
確かに豪華絢爛な温泉だけで言えば、庶民からは人気の出る温泉にはなるだろう。
だがそれだけだ。
城のお抱えになる事は無理だろう。
クウカの箱庭は、ファビーのつなぎとして使われるだろうが、それは本人が『使う人の為に』と言う思いを蔑ろにして作られた温泉なのだから仕方がない。
商売人としては、一応は成功するだろう。
だが、それも一代限りだろうなと、俺は思いながら箱庭に戻った。
商売とは、相手があって初めて成り立つ事だ。
その事をリディアも教えていたはずだが、クウカは目先の欲だけを選ぶ性質があった様だ。
残念な事だが、それでは成長することは出来ないだろう。
使う側がどう思うか。
使う側が何を想って何を使うか。
そこを理解しなければ、商売人とは言えないんだ。
――そして夜。皆との報告会の後、クウカの事を話す機会があったが、レインさんもノイルさんも「まぁ、欲だらけの濁った眼だったかもな」と、やはり同じような意見だった。
「商売人としては申し分ないと思うぞ? 商売人としては。ただ、先に繋がる商売はできそうにないな」
「利用するだけ利用したら、後はポイってやり方は好きにはなれないね。彼はずっと箱庭が開かない事を焦っていたのだろう? 箱庭の開け方が分かった途端裏切る様な真似をしたのは……どうかと思うねぇ」
「それに、効能の書いてある温泉の本を貸して頂いていたのでしたら、疲労回復効果の高い温泉ではなくとも、効能のある温泉を作ればよかったのに……。そうじゃありませんでしたもんね。何故効能が現れなかったんでしょう?」
「多分、飛ばし読みしたんじゃないかしら?」
「「「飛ばし読み……」」」
「あの子が欲しかったのは、ファビーの温泉なのよ。形だけ弄って後はファビーの温泉を全て真似たかったの。でもそうはいかなかった事で焦ったのね。でも一度作ってしまった箱庭をもう一度作り替えるだけの力は無かったようだし、彼の限界はあそこまでだったわ」
「祝福の有無もあるんだろうな」
「ええ、それは間違いなくあると思うわ。それにしても毎日お祈りしに行っていたのに、彼は何を考えながら祈っていたのかしら」
そう言って溜息を吐くリディアに、ナウカはポツリと「目を閉じていただけかと……」と呟き、沈黙が続いた。
しかし、その沈黙を破ったのはマリシアだった。
「クウカの事は残念な出来事、不幸な出来事だったと言う事で、今後は己を律して前を向いて行きましょう。それに、私とナウカは自分の箱庭だってまだ開けていないわ。自分の目指す箱の輪の先を見つめて、その先にある誰かの笑顔の為に頑張りましょう。それが私とナウカに出来る最善の事であり、箱庭の神様への恩返しであり、リディア様への恩返しだわ」
「マリシア……」
「ナウカ、私たちは凹んだり嘆いている時間は無いの。私たちの目指すその先には、沢山の人たちの笑顔が待っているのよ? 此処で足止めされる訳にはいかないわ」
「うん……うん、そうだね」
「と言う事でリディア様! 今後も御指導をお願いしますわ!」
「ええ! こちらこそよろしくね!」
「はい!」
「とは言え、ナウカにとっては実の兄だ。凹むなと言うのも難しい話だろう」
「……いいえ、オレはあんな兄を持って恥ずかしいとさえ思っているくらいですので!」
「そ、そうか」
「はい! マリシアの言う通りです。箱庭が出来た時のその先の未来。沢山の笑顔の為に、立ち止まっている訳にはいかないんです!」
ハッキリとそう告げたナウカに、リディアも強く頷きマリシアもナウカの手を握り「それでこそでしてよ!」と言っていた。
クウカも元はそう悪くない子供だとは思うのだが……視野の狭さが仇になったとも言えるだろう。
「それなら、これ以上言うことは無いな。マリシアとナウカの箱庭の誕生を楽しみにしているぞ」
「ええ! ある程度形になってきたの、頑張るわ」
「オレもある程度形になりかけている所ですが、もう少し慌てず練り込みたいので頑張ります」
「慌てて作ることは無いわ。色々自分の思い描く姿の箱庭を作ってね!」
「「はい!」」
――こうして、クウカの事はこの先出ることは無くなったのだが、その後のクウカはファビーの温泉の代用品と言う形で働き続けることになるのは、言うまでもなかった。
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