第75話 戦場の店内と、道具店サルビアが陰でやっていた支援。

――カイルside――


前日、布団を作っているところに業務提携を頼むと、即了承を貰えた。

『英雄を陰から守った守護の店』との業務提携は思いの外ありがたいらしい。

更に洋服店にも『ひんやり糸』を持って服を作って欲しいと頼むと、泣きながら喜ばれた。

此方も『英雄を陰から守った守護の店』との業務提携のお陰で店の売り上げがドンドン上がっているのだそうだ。


そして夜、出来上がったポスターを持って業務提携している店以外の店にもポスターを貼って貰えないかと聞いたところ『ご利益のあるポスター』として貼りだされることが決まった。


――此れで、全ては整ったと言えるだろう。

朝、箱庭で一日の業務連絡をしたのち、俺は皆に宣言した。



「良いか皆、今日は忙しくなるぞ、いつも以上に!!」

「何時も忙しいのに、それ以上に忙しくなるのかい?」

「そりゃそうだよ、リディアの作った新商品の発売日は決まって地獄さ」


ロキシーの言葉に朝の露のメンバーと雪の園のメンバーが震えあがった。

ロキシーの死んだ魚のような目が全てを物語っていたのだろう……。



「どれだけ早くお客様を捌けるかが勝負になる。袋に商品を詰める時は手洗いの小さめのポスターと洗い方を書いた紙を忘れず入れてくれ」

「そこまで徹底するのかい?」

「徹底しますわ。手洗いこそが基本でしてよ」

「そ、そうか」

「皆さま、頑張ってきてくださいませ!」



リディアの応援は何にも勝る!!

そう思っている俺とは反対に、どれだけ忙しくなるのか見当がつかないメンバー達は困惑気味だったが、店の開店と同時に『新商品』として並ぶ石鹸や泡石鹸、そしてリンスインシャンプーにボディーソープを見つけたお客様達は、猛獣のように新商品へと押しかける。



「店主! この石鹸や泡石鹸は同じ内容なのか!?」

「はい! どちらもお好きな方を。家で使い勝手が良いのは泡石鹸ですが、外で使い勝手が良いのは石鹸だと思います」

「手から病気になるなんて思いもよらなかったな」

「うちの子小さいから病気は気にしてたのよ。石鹸で手を洗う事を習慣付ければいいのね」

「あら、この石鹸いい香りがするわ!」

「髭剃りにも良いかもしれないな……」

「髭剃りの時間が短縮できるなら俺は泡石鹸だな!」



と、ポスターを見たお客様はどんどん押し寄せてくる。

急ぎリディアに追加をお願いすると、既に作ってくれていた様だが、ドンドン商品が消えていく。



「アタシたちみたいな女性は髪が長いから、お貴族様が使うようなリンスの入ったシャンプーに憧れてたんだよ~!」

「香りも良さそうだね」

「このボディーソープってのは、体の汚れを綺麗にとってくれるのかい?」

「うちの旦那は汗臭いから丁度いいわ!」



と、シャンプーにボディーソープも売れる売れる。

ドンドン売れて三回ほど補充したがまだ売れる。

石鹸は既に5回目の補充だ。

嬉しい悲鳴だが、朝の露のメンバーと雪の園のメンバーは目を回している状態だった。



「カイル! 私は5分休憩してくるよ!」

「はい!」

「レイスが休憩終わったら俺も5分休憩してくる……」

「了解しました!」

「わたしたちはまだやれる!」

「お客様を待たせることは許されない」

「ナナノさんにハスノさん頼もしい!!」

「補充です!」

「こちらは泡石鹸です!」

「ハーレスさんジュノさん有難うございます!」

「カイル! アタシはちょっとネイルサロンのヘルプに行ってくるよ!」

「いってらっしゃいませ!」



と、この様にリディアの新商品がでた日は数日忙しい日々が続くのだ。

新商品売り場を広げてもきりがない程に。

しかも、他のアイテムもついでに売れる。



「石鹸で手を洗った後、指先を保護するのにハンドクリームは欲しいねぇ」

「ハンドクリームは二階に売ってあったね。支払いが終わったら二階に行くよ!」

「店長! 『ひんやり肌着』の在庫はまだあるかい?」

「どいたどいた! 店長護符とポーション!! あと石鹸二種類な!」

「畏まりました!!」



レジを三つに増やして何とか対応するが、その戦いは閉店近くまで続き、終わる頃にはナナノとハスノは口から魂が出そうになっており、閉店すると雪の園と朝の露メンバーが床に倒れ込んでいた……。



「おやおや、近年のSランク冒険者はだらしがないねぇ」

「うう……ロキシー姉さん強すぎる」

「あの客の多さを舐めてた……」

「目が回るってこういう事なんだな……」

「は……早く箱庭に戻りたいっ」

「箱庭で秘蔵の紅茶……」

「箱庭の温泉……頑張ろうっ」



早くも箱庭の魅力に取りつかれたメンバー達はノソノソと立ち上がり店の閉店後の補充や掃除を始めてくれた。

それでも全員でやれば早く終わるもので、本日の売り上げは何時も以上に多かった。

最近はリディアと相談して、月に纏めて幾らか孤児院に寄付している。

また、孤児院にはポスターが貼っており『子供と一緒に逃げたい女性は是非このポスターをシスターに!』と言う暗号めいたやり取りをしており、二組の子連れの女性が箱庭に避難及び安全な生活を送っている。

無論、仕事はして貰ってはいるが、逃げられる場所くらいは用意できるだけの財力と箱庭の広さが出来たのも大きい。



「今月も纏まった額を孤児院に寄付できそうだ」

「店長たちは偉いねぇ……。そんな活動までしてるのかい?」

「子は宝ですから」

「ダンノージュ侯爵領は、カイルの時代でもっと住みやすい場所になりそうだねぇ」

「そう言って下さると嬉しいです」



心から笑顔でそう答えると、ナナノとハスノが「店長の笑顔が純粋過ぎて涙がでる」と口にしていた。

売り上げ用と言うより、最早お金専用のアイテムボックスに売り上げを布にくるんで日にちを書いた紐で縛り仕舞いこむと、やっと店の仕事は終わりだ。

皆で箱庭に戻り、今日の報告をすると、リディアは嬉しそうに「やはり手からですわよね!」と意気揚々と語った。



「ネイルサロンが指先だけではなく、手を綺麗にするってので、ネイルサロン・サルビアの方はとんでもない状況だったよ。客は長蛇の列だったし、貴族相手の今回の新商品は凄い売り上げだった。外は貴族の馬車が凄い並んでよ」

「それは、一度は見てみたい光景ですわね……」

「俺は絶対に遠慮したいね……。貴族がそれだけ押し寄せる店って恐怖だよ」

「イルノは貴族嫌いだねぇ。てか、アンタ達のメンバーは貴族嫌いが多いねぇ」

「良い貴族も中にはいるけれどね」

「やっぱり疲れます」

「少なくとも、この忙しさは5日は続くと思って下さいね」



俺がそう告げると、メンバーの顔に死相が出来たが、笑顔で「頑張ってください!」と応援すると「商売人の強さは計り知れねぇ」とイルノさんが呟いていた。



「しかし凄いね、冒険者で働いているのが馬鹿らしくなる売り上げだよ毎日が」

「それは言えてる。報酬が金貨10枚とかが普通なのに」

「道具店サルビアは一日の売り上げがそんな感じだろう?」

「ええ、そうですね」

「金銭感覚狂わないか?」

「狂いはしません。必要経費があれば遠慮せず出しますが、そうだ、必要経費で思い出した。リディア」

「はい?」

「新店舗の前にある小さな店を買おうと思うんだ。良いかな?」

「ええ、構いませんわよ」

「でも、何の店にしますの?」

「ああ、調理師のスキルを持った人たちが結構いるだろう? だからシフトを決めて、彼女たちの店を用意しようと思うんだ。調理師の皆を今度集めて、どんな店にしたいか話しを聞いててもらえるか?」

「ええ、忙しさが落ち着いたら聞きますわ」



そう、保護した女性達の中には調理師スキルを持った女性が多くいた。

彼女たちの姿が見えない厨房を用意して、軽食やかカフェ、その辺りを開いても良いだろう。

イルノからは「そうやって店をポンと買える時点で金銭感覚が……」と言われたが、ソレはソレ。必要経費だ。



「道具店にネイルサロンに洋服とガーゼ専門店、更に料理屋か……。サルビアはドンドン手広く、そして愛される店になりそうだね」

「そうなる事を目標に頑張ってますから。人に優しく、子供に優しくがモットーです」



そう言って笑うと、リディアが俺に抱き着いてくれた。

嬉しいサプライズで、明日も頑張ろうと思えた。幸せだ……。



「さ、俺達も明日に備えて!」

「男性陣は先に風呂だ! 疲れを癒すぞ!」

「ナナノとハスノたちはロキシー姉さんとリディア姉さんと話をする」

「お菓子のお店なら大変だから」



甘党のハスノとナナノを残し、男性陣はその後温泉でシッカリと疲れを癒し、入れ替わりに女性陣が温泉に入って眠った日から5日間。

毎日が戦争だった。

5日目は流石に倒れ込みそうだった。

戦争だったが、明日は休みだ……。



「明日はリディアとデートしながら色々話をするか」



そう思って眠ったのに――……忙しさのあまり忘れていたんだ。

思いがけない出来事ってのは突然来るんだなって思うことになろうとは、その時思いもしなかったよ……。




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本日二回目の更新です。

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