第165話 カツの威力と、タレカツ丼。
調理台に並べた、アカサギ商店から手に入れた商品の数々は、ゴーンさんを含む調理師たちが見るのは初めてものばかり。
手に入れたくても手に入れることが難しい商品ですから、調理師の方々が一人立ちしても、味をまねることは不可能で、それを目的として用意しましたわ。
「此方にあるのは、サルビアと提携しているとある商店から買い付けている商品ですわ。業務用ですから量はとても多いんですの」
「業務用を箱庭で使っていらっしゃるんですか?」
「口調は崩して頂いて結構ですわ。ええ、箱庭では多くのお年寄りや子供達、そして、託児所の子供達のお腹を満たせるように業務用で購入してますわ」
「「「託児所」」」
「おう、俺の娘も今日の朝連れて行って貰ったぜ」
「託児所って、子供を集めてご飯あげるだけでしょう? お金の無駄じゃない」
「いいえ、それは違いますわ。子供には子供の社会が御座います。幼い内にしか学べぬ大事な事も多くありますわ。それを自然に覚えながら、ある程度の年齢の子供達には、読み書きや簡単な計算を覚えて貰う為に勉強もして頂きます。遊びを通して子供とはあらゆる事を学ぶのですから、無駄では御座いませんわ」
「「「「………」」」」
「それに、一人でお留守番するより、沢山のお友達と過ごした方が幸せですもの」
そう言うとわたくしは気を取り直して酒場の昼に出す料理の説明を行いましたわ。
鶏肉が余りがちな為、此処は一つ、タレ付きのカツも用意しようと思いましたの。
「まず、昼に出す料理は定番のカツ料理ですけれど、作り方は沢山の油をある程度の温度まで熱し、豚肉を衣に付けて揚げると言うものですわ。食べる時はお好みで秘密のソースを使いますけれど、まずは皆さん食べてみた方が宜しいわね。
ですがその前に、大事な一品の作り方を教えますわ。メモを取るなりしてシッカリと覚えてくださいませ。今回は移動用の土鍋を用意したのでそちらを使いますが、こちらには土鍋は無いのでしょう?」
「あるにはあるが……」
「ではそれを使いましょう。土鍋を綺麗に洗ってわたくしが風魔法で乾かしますから、作り方を覚えてくださいませ。ゴーンさんは御手すきの時に土鍋を少なくとも三つほど用意して頂けると助かりますわ」
「少なくて三つも……解った」
「では、一緒に作っていきましょう」
こうして、軽く埃をかぶっていた大きな土鍋をわたくしが持ってきた洗剤で綺麗に洗い、風魔法で完全に乾かしてから使う事にしましたわ。
お米を研ぐのはマームさんと酒場のゴーンさん。
力を入れすぎず、でもシッカリと水がほぼ透明になるまで洗い切ると、お米を土鍋にいれて水を入れ、ご飯を炊き始めましたわ。
その間にわたくしは豚の塊肉を鞄から取り出し、厚さ3センチに切って貰うように頼むと、綺麗に切って頂けたので次は小麦粉とパン粉を用意しましたの。
無論溶き卵もですわ。
「卵って、生で使うのは危ないんじゃ」
「ええ、危険ですわ」
「じゃあこの卵は?」
「レアなアイテムボックスって、時を止めることが出来ますの。その鞄に新鮮な採れたて卵を沢山入れて貰っていますわ」
「つまり、新鮮なままってことか」
「ええ、シッカリと卵は洗浄魔法を掛けて貰っているので汚くもありませんわ」
「徹底してるのね……」
「お年寄りや子供が口に入れるものでもありますわ。衛生管理は徹底しないと、台所を預かる身でしたら当たり前の事ですわよ」
「「「「はい!」」」」
こうして、熱した油の熱を測る為の温度計を入れ、丁度いい温度も教えると皆さんメモを取っていましたわ。
それに切って頂いた豚肉の繊維を簡単に切り、小麦粉と水で混ぜ合わせ、そこに溶き卵の中にいれ綺麗に交ざり合わせるとカツが全体に行き渡るようにした後パン粉をつけて、油で揚げ始めますわ。
綺麗に焼き色がつくように何度か菜箸でひっくり返し、出来上がったカツを網皿で取ると、紙を敷いた台に置き、油がある程度紙に吸われたら、出来立てのうちに食べて頂こうと包丁で人数分に切り分けましたの。
「熱いうちにこの特製ソースをかけて頂いてくださいな。ゴーンさんとマームさんも御手すきのうちにどうぞ」
「いただきます」
「此れがカツって奴か!」
「ゴーンさん、こちらの特性ソースをかけると美味しいですよ」
「頂くぜ!」
こうして皆さんでまずは実食。
熱々ですから気をつけて食べていると、猫舌ではない他の方々は「熱いけどうめぇ!」と叫んでいましたわ。
「此れがカツ定食のメインになるカツですわ。ただ、鶏肉も余り気味なので、豚のカツか、鳥カツかを選んで頂こうと思いますの」
「「「「鳥カツ」」」」
「ええ、別名【タレカツ】ですわ! この酒場限定の【タレカツ丼】と言うのはどうかしら?」
「いい案ですね! タレカツ丼は男性にもお子様たちにも大人気のご飯です!」
「そうなのかマーム」
「ええ! 食べ盛りの子供にはたまらない一品よ。小さい子供達が『今日の晩御飯なにー?』って聞きに来た時にタレカツよ~って言うと、皆喜んでくれるの!」
「そ、そうか」
「子供ってやっぱり可愛いわ……私は子供が出来る前に神殿契約で離婚して逃げてきたから、箱庭の子供たちを育てるのが生き甲斐なの」
「苦労したんだな、マーム」
「今ではいい経験だったと思うわ。でも、子供を育てるのも料理を作るのも大好きよ」
どうやら、わたくしの勘ですけれど……ゴーンさんはマームさんに気がある様子。
これは、ひと肌脱がねばなりませんわね。
「今日はわたくしの時間の都合で、タレカツまでは教えることが出来るんですけれど、酒場の新規オープンでバタバタもすると思いますし、マームさん、出来ればゴーンさんのお店の手伝いを暫くお願いできないかしら?」
「ええ、構いませんよ。帰りは箱庭ですよね?」
「ええ」
「ふふふ、皆さんがある程度、箱庭の味を取得するまでは此処で徹底的に指導しますわ。箱庭の味を滅茶苦茶にされてはたまりませんもの」
「だ、そうですけれど、皆さん宜しくて?」
「こんな美味い料理が沢山出てくるんだろ? 是非お願いしますマームさん!」
「俺からも頼む! 一日じゃ到底覚えきれねぇ!」
「分かりました。徹底的に日替わり定食をシッカリと教えます。後はお酒ですよね? 夜は酒場なのでしょう?」
「ああ、夜は酒場にする予定だ。だが料理は沢山作るが、出すときは少なめに出すつもりだ」
「カイルとの約束でしたわね。お酒を楽しむ為の場所にすると」
「では、大皿料理で直ぐにお出し出来る料理を教えた方が宜しいかしら?」
「そうして頂けると助かりますわ」
「分かりました。是非お任せくださいませ」
「でも、屋台とは被らない様にお願いしますね」
「畏まりましたわ」
こうして、ゴーンさんの酒場には、マームさんと言う強い味方が出来ましたわ。
タレカツも作りましたけれど、最高の味と言うお褒めの言葉を頂きました。
鶏肉は安く箱庭では余りがちですが、食欲旺盛な男性にはたまらない一品ですし、どちらもカツがついているからゲン担ぎには持って来いですわね。
「では、明日から徹底的に皆様に箱庭料理を教えますから、そのつもりで」
「「「「「はい!!」」」」」
「そして、美味しい料理で笑顔になって帰って頂きましょうね」
「「「「はい!」」」」
はい、この時点でゴーンさんはマームさんに落ちましたね。
はい、落ちました。
ゴーンさん頑張ってくださいませ!
お店のオープンは一週間後と言う事に決まりましたので、暫くは徹底的にマームさんにしごかれる事でしょう。
さてさて、わたくしは次の仕事に行かねば。
マームさんは道具店サルビア経由で帰ると言ってらっしゃったので、後はお任せしましたわ。
後は箱庭に帰って足りない備品を作り、夜に牛丼試食会に連れていける女性を一人選んで……そう言えばカイルはどうなったかしら?
主婦の方々と薬師が見つかっていればいいですけれど……。
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本日二回目の更新です。
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