第39話 ネイルサロンオープンと、新たな争い。
それから一週間後。
満を持して、道具店サルビアの二階のネイルサロンがオープンしましたわ。
それまで一階で対応していたロキシーお姉ちゃんは二階に移り、慣れない書類整理で苦労しないようにわたくしが寝る間を惜しんで作った、解かりやすい予約表や、売り上げを書き込める書類を駆使して頑張っておられますわ。
そのサポートにライトさんが入ってくれて、二階はスムーズに進んでおりますの。
朝から道具店サルビアには沢山の冒険者さんが訪れ、一階で使う魔法の予約表に名前を書き、それが二階の予約表に記載される仕組みになっておりますわ。
一人につき30分は掛かる為、余り人数は請け負うことが出来ないにせよ、目新しい物が好きな冒険者達は挙って予約表に名前を書き、午前中の予約表が一杯になった所で、次回お越しくださいと言うことになってますの。
そうなると、次の日からは朝早くから並ぶための争奪戦。
彼らのゲン担ぎを甘く見ていたかもしれませんわ……。
午後からの庶民の部では、お年を召した女性からカフェなどで働く女性陣まで幅広く来られて、各々好きな色合いの華やかな爪になって帰られていましたわ。
また、女性用のアイテムが二階に移った事で、二階の方では女性客や女性の冒険者達が行っては目新しい乾燥を防ぐリップに何時ものハンドクリーム、更に可愛らしいシュシュ等といったアクセサリーも購入なさっており、冒険者に一番の人気はコロンの様ですわ。
無論、庶民の女性にもコロンは人気ですが、あっという間に在庫が尽きる程。
完売御礼が並んだのは初めてじゃないかしら?
これはコロンの制作をもっと増やさねばなりませんわね……。
急ぎコロンを作っても直ぐに売り切れてしまう為、諦めて『完売御礼』になった際は、次の日また来て頂くことになりましたの。
嬉しい悲鳴が続く中、その一か月後には、新しい店舗である【ネイルサロン・サルビア】がオープンし、庶民の方々はそちらにも流れた為、アイテムの争奪戦は少なくなりましたわ。
【ネイルサロン・サルビア】では、午前中が庶民の方の時間ですから、欲しいアイテムはどんどん売れていきますし、一カ月で学んだわたくしは、人気のある商品を大量に夜中までかけて作る事で、在庫の確保に繋がり、滞りなくスムーズに進むようになりましたの。
その分、朝は少しお寝坊になりましたが、皆さんは「無理をしないように」と心配してくださって嬉しかったですわ。
では、貴族の方はどうなのかしらというと――。
「本日の予約は満席となっておりまして。明日でしたら予約が取れますが如何為さいますか?」
と、こちらも満員御礼の予約が入る程の賑わいですわ!
待合室を兼ねたお店の中ではメイドさんたちが紅茶を飲んで疲れを癒してますし、中にはお嬢様、もしくは奥様がネイルをしている間にと、欲しいものを購入為さる方も多いのだとか。
ネイルチップも若い層に売れるようになり、朝ネイルチップを付けて、午後終業時間間際に駆け込んでネイルチップを外すと言うお客様も沢山来られるようになりましたわ。
こうして――半年後には【道具店サルビア】及び【ネイルサロン・サルビア】の名前は貴族も平民も冒険者も含め、名を知らぬ者はいない程のお店に発展しましたの。
ですが、平和に終わる――と言う事は、存外難しいもので……。
ネイルサロンを名乗る店が複数店舗出てきましたわ。
最初こそ、ロストテクノロジー持ちの方がしているのかと思っていましたが、どうやら違う様で……。
爪に油絵具を塗ると言う暴挙とも呼べるやり方で、ネイルサロンを開き始めた、絵を売りにする工房が増えていきましたの。
無論、爪や肌へのダメージはとても大きく、名ばかりのネイルサロンを開いた工房では、運が悪い事に、貴族相手にソレをしてしまって多額の賠償請求をされてしまい、どうにもならない状況へと発展しているそうです。
そうなるとどうなるのか。
お解りかしら?
『テメーの店でやってるネイルサロンの絵具を寄こせ!!』
『女に仕事をさせるな!!』
と、連日両方のお店に乗り込んでくる有様。
駐屯所から警備兵が駆けつけてくることも多く、どうしたものかとハラハラしていると、今日も又、道具店サルビアに難癖を付けに懲りずにやってくる工房の方々にカイルも切れそうになっておりますわ。
けれど、彼らは言ってはならぬことを言ってしまったのです。
それは、わたくしでも許す事の出来ない暴言です。
池鏡でハラハラしながら見守るしかないわたくしですが――。
『女に仕事をやるくらいなら俺達男に仕事を回せ! 女は子飼いにして雑用でもやらせてりゃいいだろうが!』
『料金は割増しで俺達に回せよ! そんだけ儲かってる道具店なら幾らでも払えるだろ!』
『何だったら、この店自体を貰ってやってもいいんだぜ? 仕入れ先もな!』
静かに。
それは静かに、カイルの目に怒りの色が滲んだ瞬間でした。
まるで、水面に一滴の水が落ちるかのように広がったソレに、何と名を付ければいいでしょう。
ロキシーお姉ちゃんすら緊張で動けない様子で、わたくしはハラハラしました。
『……俺の大事な店と仕入れ先に、これ以上迷惑を掛けると言うのなら……解っているだろうな?』
『ああ? なんだって?』
『小さくて声が聞こえやしねーよ!!』
その瞬間でした。
『俺の店とネイルサロンで働く女性達を馬鹿にするのもいい加減にしろ! 男の方が偉いだ? 頑張って手に職を付けた女性を馬鹿にするお前たちこそ、情けなくはないのか!!』
それはまるで咆哮でした。
ビリビリと窓ガラスは揺れ、商品もガタガタと揺れる程の咆哮。
それをまともに受けた粗悪な工房の方々は腰を抜かして座り込み、店から怒りの覇気を出したまま雨の降りしきる外に出てきたカイルは、余りにも恐ろしかった。
けれど――。
『頑張って仕事をしている人間に、男だの女だの区別なんかいらない。シッカリとした知識と常識を持って、誠心誠意客に向き合っている彼女たちを侮辱することは、絶対に許さないからな!!!』
『ヒエェッ』
『知識も何もなしに、相手がどうなるかよりも金を優先した貴様らが、頑張ってる女性を馬鹿にすることも、俺の大事な店と仕入れ先を侮辱する権利もテメーらには無いんだよ!!』
シン……と静まり返る店内と外で、雨の音だけが聞こえています。
カイルの怒りは尤もで、堂々と雨に打たれながらも怯えている工房の方々を冷たい目で見つめている。
『自分たちのやらかした責任は、自分たちで取れ。俺達の店に今後一切関わるな』
『は……はいいいい!!』
雨の中、転がるように逃げていったどこかの工房の方々。
そして、大きく息を吐いたカイルに、パチパチと次第に拍手の音が聞こえ、それは大きくなっていきました。
二階の窓から様子を見ていたファルンさん達も目に涙を浮かべて拍手をしておられます。
するとカイルは、
『大声を出してしまい申し訳ありません。引き続き、道具店サルビア及び、ネイルサロンサルビアを御懇意にして頂けたら幸いです』
と頭を下げて挨拶をして下さいました。
その目は穏やかで、先程の目は嘘だったのかと言わんばかりに優しい。
何でしょう……興奮からかしら?
胸がキューッとしまってドキドキしますわ。
新手の病気かしら?
その後、カイルは着替えをするべく奥に引っ込まれましたけれど、わたくしは今すぐにでもカイルに抱き着いて感謝の言葉を言いたくて仕方ありません!
けれど、わたくしが箱庭から出るのを極端に嫌がるカイルの為、我慢です。我慢!
嗚呼、カイルありがとう。
頑張って手に職を付けてくださった女性達を守ってくださってありがとう!
あの言葉は、今も尚頑張ってくれている女性たちに、どれだけ勇気を与えた事か。
何て素晴らしい男性なのかしら……。
わたくしもスキルを得てから、誰にも褒められることなく一人で黙々と箱庭に篭り、今世での両親からも疎まれ、悲しい思いをしたことだって沢山ありましたわ。
その時の悲しい辛い気持ちさえも吹き飛ばす程の言葉でしたの。
ポロポロと涙を零しながらも、カイルに何度も感謝しましたわ。
――カイル、本当に有難うございます。
=========
一日三回更新です。
こちらは二話目になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます