第33話 箱庭師はマニキュアの可能性に驚き、困惑する。

お店の二階に移動すると、既に二階には御三方が座っており、皆さんはわたくしに気が付くと、同時に立ち上がりズンズンわたくしの許へとやってこられましたわ。

一体何事ですの!?



「「「リディアさん!」」」

「はいいい!!」

「素晴らしいわ! このマニキュアは!」

「絵具や油絵具とは違い発色が凄く良いの!」

「爪への負担は絵具とは段違いよ!」

「え? ええ?? マニキュアを爪に塗るのと、絵具を爪に塗るので試したのですか?」

「「「はい!」」」



何という探求心でしょう!

確かにマニキュアも絵具も色を塗るもの……。

故にその違いを確認するなんてっ!



「普通の水彩絵の具でしたら爪への負担は殆ど無いんですが、色が薄くなるんです」

「油絵具ですと、落とすのが大変で、更に言えば肌や爪への負担は凄かったです!」

「けれどマニキュアは違いました! 爪への思いやり、肌への思いやりを痛いほど感じました! 本当に素晴らしいです!」

「ありがとうございます!!」



ご自分たちが使っていた絵具とマニキュアの違いを語られ、わたくしは唯々只管に感謝の言葉を口にしましたわ。

そして、三人がザッと音をたてて各々の爪をわたくしに見せると、美しい発色でムラなく塗られた爪が!!



「まぁ! 皆さん既にムラなく塗れるようになりましたの?」

「いいえ、まだムラが出来てしまいますが、今日一番に美しく塗れた爪先を見て頂きたく!」

「私はオレンジ系で攻めてみました!」

「私はブルーで!」

「わたしは赤を選びました! 赤は良いですね、妖艶な雰囲気を出すのに向いてます。それにこのマニキュアは革命を起こしますよ!」

「革命ですか?」

「「「オシャレへの革命です!!」」」



そう言うと、ファルンさんは鞄から紙を取り出し、今後このマニキュアが女性、ひいては男性の間に広まる場合の利点や不利な点を纏めた物を取り出されました。



「見てください」

「はい! えっと……マニキュアの普及による利点と不利な点について……」

「マニキュアは遠目で見ても色合いがハッキリしていれば目につきます。これは、貴族や歌劇に用いられれば、恐ろしく普及するものと思います!」

「歌劇ならば濃い色合いで、役者が演じるキャラクターのイメージカラーに!」

「貴族ならば、夜会やパーティーで美しい爪にあわせたドレス等ですね!」

「なるほど……」



確かに貴族女性は美しさに命を賭けると言って過言ではありません。

それが庶民や冒険者から広まるアイテムだとすれば、貴族も黙ってはいないでしょう。

また、貴族ならば奇抜な色よりも、品のある色合いを求めたり、ドレスにあわせた淡い色、もしくは濃い色を求める可能性も高いと……。



「貴族や劇団に派遣する人数も今後視野に入れた方が良いと思います!」

「民衆で広まると、あっという間でしょうから」

「娼館でも需要はあると思います」

「なるほどなるほど……」



確かにそこまで考えていませんでしたわ。

これまでの貴族は爪を美しく磨くことで美を保ってきましたし、劇団に至っても同じこと。

娼館はちょっと行ったことがありませんので分かりかねますが、きっと色気を出すのに大事なのでしょう。

これが利点と、三人で行う為の不利な点なのですね。



「また、冒険者や一般庶民へのマニキュアの普及ですが」

「冒険者ならば、やはりゲン担ぎをすると思います」

「それで、護符のような模様が、人気が出ると思うんです」

「危険なクエストならば、無事に戻れますようにとか、力を保持したい冒険者ならば派手な色合いに力を示す模様とか」

「男性冒険者はそこまでないにしても、女性冒険者ならばある程度お金のある人でしたら爪にゲン担ぎは為さると思います」

「オシャレと言うより、願いを爪に込める感じでしょうか」

「ふむふむ」



確かに冒険者の生活とは命がけの生活です。

護符が飛ぶように売れるように、爪にもゲン担ぎをする方は多くあらわれるでしょう。



「庶民ならば、職業に応じてマニキュアを付ける方が増えると思います」

「酒場で働く女性や、服を売る店の店員、カフェで働く店員等ですね。色合いは多種多様に増えると思います」

「後は爪から若返りたいと言う願望のお客様も増えるかと」

「ネイルパッチで毎日綺麗にするお客様の方が少ないと判断しました」

「寧ろネイルパッチは、若い女性層に受けそうです」

「なるほど……」



トータル的に見ても、三人ではとてもじゃないけれど回せそうにありませんね。

貴族や劇団に派遣するにしても、娼館に派遣するにしても、お店で冒険者や庶民を相手にするにしても、人数と場所が……。



「出来うる限り、早めに人数確保に動くべきだろうと言うのが、私達三人の意見です」

「分かりましたわ。ですが女性の手をとってのネイルですから、女性のお仲間の方が安心出来るとかありますか?」

「貴族相手なら、男爵家クラスの女性を雇うのもアリかと思います」

「劇団もそうですね」

「なるほど、では娼館ではどうです?」

「女性が行くには少し勇気がいります。出来れば男性が護衛にいた方が宜しいかと」

「なるほど」



これは、手広く募集した方が良さそうですね。



「手先が器用で絵心のありそうな方は、工房に貴族も関係なく集まられますよね」

「はい。ですが、お店の外に募集を早めに掛けることで引き抜きは可能かと」

「まずは宣伝の為に、道具店サルビアの店員全員が手にマニキュアを施すところからとなりますが」

「口伝えは本当に広がりますから」

「でもその前に私たちがムラなく綺麗に塗れなければ意味がないので、早めにオーナーへのご相談をお願いしたいんです」

「分かりましたわ。今日の夜にでもオーナーと話をしましょう」

「「「有難うございます」」」

「メモを貰っても宜しくて?」

「はい、どうぞ」



こうして、幅広く広がったマニキュアの普及率についての利点と不利な点を纏めたメモも貰い、午後の部は始まりましたわ。

でもその前に、皆さんには申し訳ないですけれど、どんなお客様に聞かれても、わたくしの名を出すことは禁止と言う事をお伝えしましたの。

驚いておられましたが、わたくし引き籠って居たい所存ですし……。



「マニキュアと言う物を世に出した女性、教えて頂いた女性として口にする事は構いませんが、名を出されるのは困るのです」

「確かにリディアさんは貴族女性っぽいですよね」

「確かにお貴族様なら……いらぬ争いの種になりそうですね。宜しければ神殿契約を結びましょうか?」

「それは後でカイルに伝えてください。わたくしの名は何があろうと徹底的に避けて頂きたいですわ」

「「「分かりました!」」」



こうして、頼まれていたパール系やトップコートのラメ入りを皆さんに渡し、後は黙々と各自がご自分の手や仲間同士でネイルし合ってムラなく塗れる練習をなさっています。

時折コツを教える程度で、後はわたくしがやる事は殆ど無い程でした。


そんな御三方に、暫く練習を重ねて頂くことにして、わたくしは受け取ったメモ用紙を見つめながら考えます。

――引き抜き、大いにアリでは?

けれど、マニキュアの良さを知れば、邪な考えを持ってやってくる人数も増えるでしょう。

裏切られるのが前提の店員募集なんてしたくありませんものね。

面接時に言っていることが、真実か真実ではないのかくらいは知りたいですわ。

となると――作るアイテムは、元日本で言う所の、ウソ発見器。

嘘を言えば音が鳴る仕組みの物を用意しましょう。

面接時にそれを使えば、多少の予防にはなりそうですものね。

こちらの情報を盗むつもりで来られるのなら、それを予防するのは大事ですわ。



悶々と考えていると、気が付けば夕方になっていた様で一日が終わり、三人は道具を片して帰っていかれました。

納得できるまでムラなく塗れるようになったら、わたくしを呼んで貰うようにして貰い、今日の出来事として皆さんに報告しなくてはと思いつつ、箱庭に先に帰ったのですけれど――。





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一日三回更新となっております。

こちらは二話目です。

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