第231話 クウカの本質と温泉②
――軍部大臣side――
ダンノージュ侯爵家のカイルより、新たな温泉はどうかと言う話が来た時は、私を含め、魔物討伐隊や王国騎士団長も歓声をあげた!
あのファビー殿の温泉は実に素晴らしかった。
程よい熱さの温泉に傷口は直ぐに塞がり、疲労回復効果はとてつもなく、余りにも気持ちが良くて出てこない兵士たちが多数出たほどだ。
何より温かい食事を食べられると言う事もあり、心穏やかになる川の音と笹の音を聴きながらの食事は大変美味かった。
配慮された温泉宿の畳は過ごしやすく、交代で寝るには最高だったのだ。
何と言っても折り畳み式のマットレス。それにダンノージュ侯爵家で販売している『ほっかりシリーズ』には驚きよりも感動を得た。
今後、城から大量発注を掛ける為に財務大臣とやり合っている最中だが、来年にはその分の金額は落ちるだろう。
ファビー殿の温泉宿を越えるだけの価値がある温泉かどうかは別にしても、温泉は素晴らしい物だ。
これに、疲労回復効果の高い温泉であれば即契約だが、果たしてどんな温泉か気になるところではあるが――。
やってきたカイル殿とその妻リディア殿に連れられてやってきたのは、一人の年若い少年。
どうやら彼が箱庭師であり、温泉を作ったようだが――私たちを前に少し緊張しているようで表情は硬い。
「カイル殿、リディア殿、お越しくださり有難う御座います」
「此方こそお時間を頂き有難うございます。この度、こちらにいるクウカが温泉を作りましたので、お城で使う分にはどうだろうかと言うご提案で参りました。
「そうか、ファビー殿の温泉同等のものなら考えよう。時にクウカとやら、その温泉には疲労回復効果の高いお湯が使われているだろうか」
「疲労回復効果は……正直分かりません。ですが、私の作れる最高の温泉は作れました」
「そうか……疲労回復効果があれば問題なかったのだが」
「軍部大臣殿。疲労効果の高い温泉等、早々作れる物ではなない。ファビー殿が特別なのだろう」
「そうやもしれませんな……。だが、あの温泉で慣れている騎士達からすれば、疲労回復効果のない温泉は余り意味がないのではないか?」
「ゆっくりと湯船に浸かるだけでも違うのかも知れませんよ?」
「ふむ……」
そう会話していると、クウカと言う者は顔色が真っ青になってきた。
やはり疲労効果の高い温泉ではなさそうだな。
「わ……私も頑張って疲労回復効果の高い温泉をと創造したのですが……何か特別なものが必要なのか作れなくて……申し訳ありません」
「いや、そもそもファビー殿の温泉が特別なのだろう。一度温泉の中を見ても宜しいか?」
「はい!」
こうして、クウカと呼ばれた少年に扉を作って貰い、我々三人及びカイル殿とリディア殿、そしてクウカ殿にも付いて来て貰ったのだが、温泉宿の見た目は豪華絢爛であった。
だが、求めているのは豪華絢爛ではない。
私たちが求めているのは――暖かみのある温泉だ。
ファビー殿の温泉にあったように靴を入れ中に入ると畳が無かった。
「畳が無いようだが?」
「はい、畳では鎧や武器で傷がつきやすいと思い、敢えて無くしております」
「それは残念だ」
「え?」
「我々はあの畳の匂いがまた好きだったのだ。何とも癒される香りでホッとしたものだ」
「そそそ……そうなのですね」
「休憩所もあまり広くはないな」
「はい、温泉に入った後は皆さん忙しいでしょうから直ぐに部屋に戻られると思いまして」
「貴殿も温泉に入った事があるなら分かるだろう。温泉のあとはゆっくりしたいのだ」
「も……申し訳ありません、そこまで思い至らず」
「ははは、若いからこそ前のめりになったのでしょうな。肝心の温泉の方はどうなのか気になるところです」
「そうだな」
そう言って我々は温泉の湯のある場所まで向かうと、引き戸を開け、中を見た。
充分な広さのある温泉に充分なまでの兵士が入れるだけの温泉ではあるが――肝心の湯にやはり疲労回復効果は無かった。
言うなれば――ただの広い湯船と言うだけになる。
「湯につかるだけでも確かに疲れは取れるが……城のご用達には出来ぬな」
「だが、半年のリースで決めてからでも遅くはないのでは?」
「半年もすれば夏の行軍が始まる。その際にファビー殿を借りれれば問題は無くなるだろう?」
「それもそうだが」
「魔物討伐隊隊長はどう思われる」
「確かに疲労回復効果が無いのは問題ではありますが、湯に浸かり緊張を解すと言う点では素晴らしい温泉だと思います。ただ、少々湯が熱い気がしますが」
「それは我も思った。ファビー殿の温泉は本当に丁度いい熱さだったからな」
「若い人には熱い湯の方が良いのでしょう」
「少年よ、温泉の湯は少し下げることは可能か?」
「はい!」
「では、出来ればファビー殿の温泉と同じ温度にして欲しい。それで半年のリース契約を結ぶと言うのでどうだ?」
「は……はい」
「貴殿が城御用達になりたいと願うのであれば、疲労回復効果の高い温泉を作る事だな。そうすれば城のお抱えにしてもよい」
「……頑張ります」
こうして、クウカと呼ばれた少年の温泉はシッカリとみることが出来たし、何よりファビー殿の温泉を堪能しきった者たちの暴走もある程度は押さえることは出来るだろう。
あの行軍の後は「温泉は入れないのですか!?」「ファビー殿を借りれないのですか!」とやかましかった奴らも少しは大人しくなると良いが。
「では、半年契約を結ぶとしよう。温泉への入り口となる場所にも案内する。備品などはこちらで用意するよりは、サルビアでリースした方が宜しいか?」
「ええ、そちら方が助かりますわ。ただ、ウォーターサーバーくらいしか置けませんが」
「それでよい。水の魔石は我々が補充しよう」
「有難うございます」
「後はシャンプーやボディーソープと言った、ファビー殿の温泉に備え付けていたものを付けて貰えると助かる。入れ替えは我々がしよう。その分の前倒しの金額も払おう」
「「有難うございます」」
「ではクウカよ、半年のリース契約だが、励めよ」
「はい!」
こうして温泉から出ると、クウカを案内して元々の共有の風呂場が丁度清掃中だった為、男女の入り口に扉を繋げてもらい、その後半年間のリース契約を結ぶことになった。
半年で金貨60枚ならば、申し分は無いだろう。
ファビー殿の温泉のように、疲労回復効果のある温泉になった暁には値段を吊り上げることを伝えると、クウカは強く頷いていた。
その後、一時間程の時間が欲しいと言う事でウォーターサーバーも持ってきて貰う事になり、全ての設置が終わってから契約サインをして、本日から半年間のリース契約が完了した。
これで煩い温泉好き達を黙らせることは可能だろう。
その後、三人が帰ったのを代わりきりに皆で会話をすることになったのだが――。
「やはりファビー殿の温泉には叶わなかったな……金の欲目で作った温泉なのが良く解る」
「ファビー殿の温泉は、全てにおいて使う者たちへの気遣いと言う物があったからな」
「あの少年……クウカと言ったか? 欲目で作った温泉では意味がないと言う事を理解して貰えればいいんだがな」
「だが温泉は温泉だ。喜ぶものも多いだろう」
「後は、必要な物が何かは分からないが、疲労回復効果の高い湯になる事を望むばかりだ」
こうして、温泉は手に入れたが納得はしていない。と言う面々ではあったが、背に腹は代えられない。
半年後のファビー殿の温泉を心待ちにしながら……と言うのも可笑しな話だが、やはり最高の温泉には入りたいと願うのは仕方のない事であった。
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