第230話 クウカの本質と温泉①

『キッズハウス・サルビア』と言う新しいお店がそろそろ誕生しそうだと言う頃でしたわ。

冬の行軍が終わり、ファビーの箱庭が戻ってきて、それも二日後の昼。

ファビーは一週間のお休みの後、またダンノージュ侯爵領で温泉を一カ月、次に王太子領で一カ月と予定が決まっておりましたの。

それなのに――。



「ファビーを一年リースしたい? 城がですか?」

「そうらしい……一応断りの連絡は祖父がしてくれたようだが、軍部関係が温泉を気に入り過ぎて反発は激しいだろうと言う事だ」

「あらあら、まあまあ。ファビーの温泉は付加価値が高いんですのよ? お城に一年リースなんてする筈ないじゃありませんか。金貨500枚でも貸しませんわ」

「だろうな」



そう言う会話がカイルからきて、その話を聞いていた箱庭師の弟子――クウカとナウカは驚いた表情でわたくし達を見ていましたわ。



「ですが、ファビーさんを一年リースするのと、ダンノージュ侯爵領と王太子領で温泉を開くのとでは、随分と金銭面でも差が出ると思います。それなのに城には貸さないんですか?」

「ダンノージュ侯爵家では、民の為に尽くすべきであると言う考えが強いんですの。お金儲けだけがしたいのであれば、確かに軍部関係にファビーを貸した方が高いですわ。でも、それでは意味がありませんもの」

「では、俺が温泉を作れば、それを軍部に売り出す事は可能になるんでしょうか」

「温泉は最低ランクがファビーの温泉宿ですわ。それくらいの温泉を作れないのであれば売りに出すことは難しいですわね」

「最低ランクが……ファビーさんの温泉……」

「あなた方も一度はファビーの温泉に入ったことはあるでしょう? アレと同等のものを作り出すのは至難の業かも知れませんわ。それでも出来まして?」

「箱庭師の箱庭は、想像と創造だと教えられましたから。確かに金儲けの為と言うのでは箱庭は開かないかも知れませんが……折角目の前にある金貨を黙って見過ごすのは俺には出来ません! これでも商売人の息子なので!」

「では、改めてもう一度あなたは温泉を想像するしかありませんわね……。金貨500枚積みたくなるほどの温泉を想像し創造する。それがクウカの望む事なら本気を見せて頂きますわ」

「はい!!」



クウカの本気を嗅ぎ取ったわたくしは、一冊の本を手渡しましたわ。

そこは、温泉の効能が色々と書かれたものではありましたが、宿の紹介も加えて書いてある物でもありましたの。



「これを見て想像して創造してみなさいな。きっと道が開けますわ」

「有難うございます!!」

「ナウカはどんな箱庭にしたいか決まりまして?」



そう隣にいたナウカに話しかけると、ナウカは何度か首を横に振りましたわ。



「温泉宿は素敵だと思います。でも、オレの求めている箱庭とは違うみたいで……」

「そうなのね、どういう箱庭が良いのかしら……ナウカは余り自分の事を話したがらないから」

「そうですね……。確かにお金になる事は重要なんですが、色々見ていて思ったんです。ファビーさんは大衆向けの温泉を作っていて、マリシアは女性向けの温泉で、クウカ兄さんはお城向けの温泉で……。皆需要と供給を理解して作っています。一人で生活できるほどのお金を稼げていると思っています。でもオレは……お金にならない箱庭が作りたいんです」

「お金にならない」

「箱庭ですの?」

「はい! オレはミレーヌさんの箱庭を見ました! オレの理想とする形は、ミレーヌさんのような、託児所のような……人の役に立つ箱庭を作りたいんです。それに、お爺様やお婆様たちと過ごしていて思いました。ミレーヌさんが託児所を作っているのなら、オレはお年寄りが安心して住むことが出来る、終の棲家となるような施設を作りたいんです」



――終の棲家を作る。

それは確かに誰も考えてもいない一つの箱庭の形ですわ!



「お願いがあります。もしお年寄り達の終の棲家を作ることが出来たら、オレをダンノージュ侯爵家で雇ってくれませんか? オレには金になる様な仕事は向いていないんです。誰かの役に立ちたい……。でも、その為には後ろ盾や元手になるお金が必要になります! なので、雇って欲しいです!」

「ナウカ……貴方……素晴らしいですわ!!」



何という先見の明!!

クウカは城での一年リースと言う道を選びましたけれど、ナウカはお金よりも、安住の地、終の棲家を提供するという心優しい考えからの事ですわ! これを素晴らしいと言わずに何と言いましょう!!



「でも、お年寄りでも温泉は好きですから、温泉も少しは取り入れようとは思ってますけど……でも、お年寄りの終の棲家と言うと、長屋のイメージが強いですし」

「でしたら、こちらの本をお渡ししますわ」

「これは?」

「長屋とは違いますけれど、コテージと言われる一軒一軒小さな間取りの部屋をモチーフに作られている温泉宿の特集の本ですわ。此処からアイディアを出すのも一つの手かも知れませんわよ?」

「――有難うございます!」

「終の棲家ですもの、居心地が良くて住みやすい場所が良いわよね?」

「そうだな、俺達も終の棲家の時はナウカの箱庭に入るか?」

「それも名案ですわね!」

「――その為にもお年寄りが過ごしやすい素晴らしい箱庭を作ります!」

「ええ、頑張ってね」



こうして、ナウカも自分の求める形を決めたようで何よりですわ。

最後に残ったロニエルは、未だに箱庭については悩んでいる様子。

とは言え、ロニエルはまだまだ幼い6歳の男の子。

箱庭を開けるようになる10歳まではまだ時間がありますわ。



「ロニエルは、箱庭が開けるようになる10歳までまだ時間がありますわ。それまでに考えつく限りの案を出しておくのも良いですわよ?」

「はい! お金か、人の為か、需要と供給と言うのをシッカリと勉強したいと思います!」

「それが一番ですわね」

「でも、一番の憧れはやっぱり師匠の箱庭なんです! 沢山の人たちが笑顔で働いているこの箱庭が一番理想です!」

「ふふふ。そう言って貰えると嬉しいわ」

「僕は将来、師匠の跡を継げるような箱庭師になれるように頑張ります!」

「まぁ! 大きく出たわね、でも楽しみだわ!」

「はい!!」





そんな話が繰り広げられた一週間後――。

なんと、クウカは気合で温泉の箱庭を開くことに成功しましたわ!

案内されたクウカの温泉は、ファビー程広くはないけれど、城で使う分には申し分のない広さの温泉で、畳などはないけれど木目の美しい日本家屋のお屋敷と言った方が良いわね。

お風呂上りに座る椅子や机も完備されていて、中ではちょっとした軽食くらいは食べられる場所も用意されていましたわ。

とは言っても、ドリンク専用と言う感じですけれど。

外は川が流れ、温泉宿の裏手には今では見ることのできない――桜が満開で咲き誇っていますわ。


言うなれば、豪華絢爛。


靴置き場や脱衣所はファビーの温泉宿と同じですけれど、温泉はまた一味違った作りでしたわ。

寧ろ、温泉こそがメインと言う感じでとっても広く、大浴場が二つにジャグジー風呂が4つあり、サウナは大型サウナで50人は入れそうなほどでしたわ。

その隣には水風呂も完備されており、外では寝転がって入れる大型温泉に打たせ湯。湯は少し熱めで男性が好きそうな温泉でしたの。



「豪華絢爛ですわねぇ……」

「はい! 城に使って貰うならこれくらいは必要かと!」

「温泉自体は二つに分かれてるのか」

「はい! 男女で使えるようにと!」

「あの花は何時も満開なんですか?」

「はい! リディア様からお借りした本に載って居た、サクラとか言う木で、とても縁起がいいそうなのです! 散り行く様も美しかったので!」

「確かにこれならお城のお抱えにはなれると思いますわ」

「では、気に入って頂けたら使って頂けるでしょうか!」

「そうね、軍部大臣に掛け合ってみましょうか」

「――有難うございます!」

「でもその前にクウカがどうしたいかを決めなくてはね。箱庭も開いた事だから独り立ちするのかしら?」

「はい、もしお城のお抱えの箱庭師になれるのなら、そうなりたいと思います」

「分かりましたわ。軍部に掛け合ってみましょう。もしダメだった場合はどうしますの?」

「う……もしダメなら、リディア様の元でリースと言う形を取りたいです……」

「では、話し合いにはクウカも参加して頂戴ね。カイル、軍部に連絡はとれそうかしら?」

「ヒイラギとアカツキ、取れそうか?」

「直ぐにでも取ってきましょう。温泉は急ぎの問題だったようなので」

「じゃあ、直ぐ呼び出されるかも知れないわね。クウカ、直ぐ着替えて来て頂戴。わたくし達も着替えましょう」



こうして、わたくしとカイル、そしてクウカは急ぎ部屋に戻って服を着替えて戻ってくると、既にヒイラギさんが待っていらっしゃって、「今すぐにでもとのことです」と仰ってくださったので、その足でナカース城へと向かいましたわ。


クウカの温泉宿……さて、どうなりますかしら?







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お越しくださり有難う御座います。

本日も一日三回更新です。

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